第21話
召喚の翌日から審問の日まで、私はヴェルクロード家の屋敷から出ることを禁じられた。
軟禁、というやつだ。門前には貴族院の監視官が立ち、文書院への出入りはもちろん、書簡すら検められる。殿下との連絡は、三日に一度の「弁護人接見」の名目でしか許されなかった。
父は貴族院に抗議を重ねてくれていたが、偽造容疑の被告に破格の温情、というのが表向きの扱いだった。牢でないだけ有難く思え、ということらしい。
敵の包囲は、完璧に見えた。
五日目の午後、その綻びは、思いもよらない方角から現れた。
「お嬢様。その……離宮より、お客様が」
応接室に通されていた人物を見て、私は扉口で足を止めた。
レオンハルト殿下だった。
「……謹慎中の身では、なかったかしら」
「ああ。だから父上に頭を下げて、一日だけの外出許可をもらった。生まれて初めて、あの人に土下座というものをしたよ」
元王太子は、以前より少しだけ日に焼けて、少しだけ痩せて、そして別人のように静かな目をしていた。
「君が審問にかけられると聞いた。罪状も読んだ。……あれは、俺があの夜にやったことと、同じ臭いがする」
「殿下」
「話を聞いてくれ。長居はしない」
彼は懐から、一冊の粗末な帳面を取り出した。
「謹慎中、暇だけはあってな。考え続けた。ミレーヌは何者だったのか。誰が、何のために、俺をあそこまで転がせたのか。……それで離宮の古い人脈を頼って、一つずつ洗った。俺にも、それくらいの伝手は残っていた」
帳面を開く。素人くさい、けれど執念深い筆致で、調べ上げた事実が並んでいた。
「アルバレス侯爵家の出入り商人に、グラウザー商会という店がある。表向きは葡萄酒の輸入商だ。だがこの十年、ザルツェンとの国境を年に四十回以上往復している。葡萄酒の仕入れにしては多すぎる。しかも帰りの荷は、いつも記録より軽い」
「……密使、ですのね。荷ではなく、書簡を運んでいる」
「ああ。そして商会の金庫番だった男を見つけた。三年前に商会を追われて、今は場末で飲んだくれている。そいつが言うには──侯爵と商会の間には、表の帳簿とは別の『裏帳簿』がある。ザルツェンからの金の流れが、全部そこに記されていると」
心臓が、大きく跳ねた。
「在処は」
「商会の本店、地下の酒蔵。三番樽の底が二重になっている。……ここまでが、俺に調べられた全部だ」
レオンハルト殿下は帳面を卓に置き、私の前に押し出した。
「これの裏を取る力は、もう俺にはない。だが君となら──いや、君にしか、これを『証拠』にできない」
「なぜ、ここまで」
問うと、彼は少しだけ黙り、それから不器用に笑った。あの夜会の壇上では一度も見せなかった、飾りのない顔で。日に焼けた頬に、以前の傲慢さの影は、もうどこにも残っていなかった。
「償いだよ。……俺は君の隣に立つ資格を、自分で捨てた。それはもう、取り返しがつかない。だがせめて、君の正しさの証人にはなれる。証人くらいには、なりたいんだ」
私は帳面を手に取り、深く、頭を下げた。
「──確かに、お預かりいたします。この記録、必ず生かしますわ」
彼が去った後、私は窓辺で帳面を開き直した。頁の隅に染みた汗の跡と、几帳面とは言い難い訂正の重なりが、この帳面に費やされた日々を物語っていた。
裏帳簿。侯爵とザルツェンを直接結ぶ、物的証拠。私の魔法が封じられた今、審問の場でものを言うのは、魔法の要らない「紙の記録」だ。
盤面の駒が、一つ増えた。
あとは──この軟禁の檻から、どうやってあの酒蔵の樽まで、手を伸ばすか。




