表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、その場で証拠を上映します〜記録魔法は嘘をつきません〜  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/30

第17話

 禁書庫の中は、時が止まったような静けさだった。


 王家の系譜、歴代の遺言状、外交の密約。国の背骨にあたる文書が、燭台の灯りの中に沈黙して並んでいる。その最奥、玉座の間の真下に据えられた巨大な礎石が、ヴェスパーの手紙が示した場所だった。


「『あの男が消し忘れた、たった一つの場所』……確かに、ここなら頷けます」


 殿下が礎石に触れ、低く言った。


「王宮の増改築の記録を調べました。この礎石は建国以来、一度も動かされていない。そして二十年前、禁書庫は改修工事で三月ほど閉鎖されています。──書記官長の発議による、改修工事で」


「証拠の残る場所を、封じたのですね。消す魔法は当時の侯爵にはない。ならば、人を近づけなければいい」


「ええ。ですが石は、覚えている」


 私は礎石の前に膝をつき、両の手袋を外した。二十年前の残留記憶。しかも石材は記憶の沈み方が深い。指先ではなく、両の掌で読む必要がある。魔力の消耗も、並の鑑定の比ではないだろう。それでも、やるしかなかった。


「時間がかかります。見張りをお願いできますか」


「あなたの背は、私が」


 短い答えに頷いて、私は掌を石に押し当てた。


「──《レコルダ》」


 銀の光が、礎石の年輪を遡っていく。十年、十五年、十九年。降り積もった歳月を一枚ずつ剥がすたび、額に汗が滲んだ。そして、二十年前のあの季節。先代陛下の崩御の、七日後の夜に、指先が触れた。


 像が、結ばれた。


 深夜の禁書庫。燭台を手に忍び込む、壮年の男。撫でつけた銀髪はまだ黒く、けれどあの笑っていない目は、今と寸分違わない。


 若き日の、ギデオン・フォン・アルバレス。


 男は系譜の棚から一冊の台帳を抜き出した。王位継承簿──王族の生誕と継承順位を記す、王国で最も重い帳面。男は迷いのない手つきで数葉を切り離し、懐から取り出した別の紙葉と綴じ替えていく。準備された偽の頁。インクの色まで揃えた、完璧な複製を。


「……これは」


 背後で殿下が息を呑んだ。私は震える声で、像の中の帳面を読み上げる。


「切り離された頁に、記載があります。『第一王子ラファエル、妃エリアーヌとの間に一子。王位継承権第一位を、その子へ』──殿下。ラファエル様とは」


「……父の、兄です。即位の一年前に、流行り病で亡くなったと」


 殿下の声が、掠れていた。灯りの中で、その横顔から血の気が引いていくのが分かった。


「子など、いなかったはずだ。ラファエル伯父上は独身のまま亡くなったと、王家の記録には」


「その『記録』を、今まさに彼が作っておりますのよ」


 像の中で、ギデオンは切り離した頁を燭台の火にかざし──ふと、手を止めた。灰は痕跡になると思い直したのか、頁を懐へ仕舞い込む。それから何食わぬ顔で帳面を棚へ戻し、闇に消えた。


 光が、途切れた。


 私は石の前に座り込んだまま、しばらく動けなかった。


 二十年前、この国の王位は書き換えられた。正統な継承権は、亡き第一王子の遺児にあった。現陛下の即位は──アルディス殿下の継承権は、その改竄の上に立っている。


 読まなければよかった、とは思わない。記録係がそれを思ったら終わりだ。けれど、この記録の重さを背負って明日から生きるのだという実感が、遅れて肩にのしかかってきた。


「殿下……」


「読み取った記録は、確かですか」


「……ええ。鑑定人として、寸分の疑いもなく」


 長い、長い沈黙の後。殿下は礎石に手を置き、絞り出すように言った。


「では、我々は今夜──この国の、玉座の真下にある嘘に、触れてしまったわけだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ