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婚約破棄されたので、その場で証拠を上映します〜記録魔法は嘘をつきません〜  作者: 小林翼


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第15話

 舞踏会から屋敷に戻ったのは、日付が変わる頃だった。


 侯爵の言葉は、帰りの馬車の中でも耳に残り続けていた。あれは警告というより、宣告に近い。こちらの動きは、すべて把握されている。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 出迎えた侍女から燭台を受け取り、私は自室の扉を開けた。


 そして、立ち止まった。


 書き物机の上。出かける前には何もなかったその場所に、一輪の白菫と、一通の手紙が置かれていた。


「──誰か、この部屋に?」


「いいえ、お嬢様。お留守の間、どなたも」


 侍女の顔に嘘はない。それに、公爵家の警備を破って侵入し、痕跡ひとつ残さず去れる人間など、そうはいない。


 いや。一人だけ、心当たりがある。


 私は侍女を下がらせ、手袋を外して床に触れた。


「《レコルダ》」


 予想通りだった。今日の昼下がり、この部屋の記録だけが、綺麗な白に塗り潰されている。牢で見たものと寸分違わぬ、あの白に。


「……ご丁寧なこと。署名まで添えて」


 白菫を検め、罠の気配がないことを確かめてから、私は手紙の封を切った。封蝋はなく、上質だが紋のない紙。足のつくものは、何ひとつ使っていない。


 現れた筆跡に、息を呑む。流麗で、どこか几帳面な文字。文書院の古い研究記録で見た、あの筆跡と同じものだった。


『王宮記録魔導士、セラフィーナ・ヴェルクロード嬢へ


 あの夜会での仕事ぶり、陰ながら拝見した。残留記憶の解像、時系列の再構成、いずれも見事。我が理論が正しく継がれたことを、まず喜びたい。


 さて、貴女は今、二十年前の調書を読んでいるはずだ。そして疑問を持ったはずだ。ならば言葉を尽くすより、貴女の流儀に委ねる方が早かろう。


 二十年前の真実を知りたくば──王家の禁書庫、玉座の間の礎石の記録を再生せよ。


 すべては、そこに残っている。あの男が消し忘れた、たった一つの場所に。


                     ──V』


 手紙を持つ指先が、冷えていた。


 翌朝、文書院でこの手紙を検めたアルディス殿下は、長い沈黙の後に口を開いた。


「筆跡は、ヴェスパー本人のものと見て間違いないでしょう。……問題は、この要求です」


「王家の禁書庫」


「ええ。王族の私文書と、王家の歴史そのものを納める場所です。あそこの記録の再生には、王国法により国王の勅許が要る。それも書面での正式な勅許が」


「陛下に直接お願いすれば」


「勅許状の発行手続きは、宰相府の副署を経なければ効力を持ちません。──つまり」


 殿下は手紙の上に、静かに指を置いた。


「禁書庫の扉を正規に開けようとすれば、その瞬間、ギデオン侯爵に知られます。我々が『どこ』を調べようとしているかまで、正確に」


 完璧な袋小路だった。


 真実は禁書庫にある。だが禁書庫への正規の道は、真実を隠したい男の机の上を通っている。二十年前に書記官長だった男は、今や勅許の副署権を握る宰相府の重鎮。彼は二十年かけて、自分の過去へ通じる扉の前に、自分自身を門番として据えたのだ。


「罠かもしれませんわ。ヴェスパーが我々を禁書庫へ誘い込み、不敬罪でも着せるつもりなら」


「その可能性は残ります。ですが、罠にしては妙だ。彼は既に二度、我々の目の前を素通りしてみせた。陥れたいだけなら、こんな回りくどい招待状は要らない」


 殿下は窓の外、王宮の尖塔を見上げた。玉座の間を戴く、あの塔を。


「いずれにせよ、確かめる方法は一つしかない。……少し、考えさせてください。誰も失脚せずに、あの扉を開ける方法を」


 その横顔が既に何かを決めかけていることに、この時の私は、まだ気づいていなかった。


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