表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、その場で証拠を上映します〜記録魔法は嘘をつきません〜  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/30

第14話

 アルバレス侯爵家の舞踏会の招待状が文書院に届いたのは、その三日後だった。


「宰相府主催の、春の恒例行事です。私は毎年欠席していますが──今年は、出る価値がありそうだ」


「侯爵の懐に、正面から入るおつもりですか」


「敵かどうかも分からぬ相手を、遠くから疑い続けるよりは。それに」


 殿下は招待状を卓に置き、少しだけ視線を外した。


「同伴者の欄が、空いています。……お願いできますか」


 静養中の傷心令嬢の再デビューが、第二王子の隣とは。社交界が沸き立つ音が、今から聞こえるようだった。



 果たして、侯爵家の大広間は私たちの入場とともにざわめいた。


「まあ……ヴェルクロード家の」「アルディス殿下がエスコートを? あの書庫の亡霊が?」「兄宮の捨てた令嬢を弟宮が、ということ?」


 扇の陰の囁きは、あの夜会と同じ温度をしていた。違うのは、隣に立つ人だけ。


「……申し訳ありません。予想はしていましたが、想像以上に品がない」


「お気になさらず。噂話というものは、記録に残らないと思えばこそ威勢がよいのです」


「なるほど。では、記録に残る事実を作りましょう」


 殿下は事もなげにそう言うと、広間の中央へ私の手を引いた。楽団に目配せひとつ。始まったのは、その夜最初のワルツだった。


 第二王子が公爵令嬢の手を取り、衆目の中で堂々と踊る。逃げも隠れもしない、この上なく雄弁な「事実」を。


「殿下、ダンスはお嫌いだと伺っておりましたが」


「嫌いです。ただ、必要な記録だと判断しました」


「まあ。では私は書類と同じですのね」


「──そういう意地の悪い切り返しは、兄の前でも?」


「あら。婚約者の前では、一度も」


「では、光栄なことだ」


 あまりに自然に返されて、次の一歩を踏み間違えそうになった。この方は時折、こういうことをなさる。しかも本人は書類を決裁するのと同じ顔のままなのだから、性質が悪い。


 ほんの一瞬、回る視界の中で殿下が笑った。それだけで、周囲の囁きの質が変わるのが分かった。悪意の噂は、当人たちが幸福そうにしていることに一番弱い。


 曲が終わりに近づいた、その時だった。


「これはこれは。今宵は星が二つも降りてこられた」


 拍手とともに歩み寄ってきた老紳士に、広間がさっと道を開けた。


 銀髪を撫でつけた、恰幅のよい老人。柔和な笑みと、笑っていない目。


 ギデオン・フォン・アルバレス侯爵、その人だった。


「アルディス殿下のご来臨とは、当家の誉れ。それに──ヴェルクロード公爵令嬢。此度は大変な災難でしたな。あの夜の見事な『上映会』の話は、この老骨の耳にも届いておりますぞ」


「恐れ入ります、侯爵様」


「いやはや、記録魔法とは怖いものです。人の隠し事をすべて白日の下に晒す。……時に、令嬢」


 侯爵は一歩、距離を詰めた。声量は変えぬまま、その声だけが、私にだけ届く重さになった。


「近頃、文書院で古い書類を熱心にお読みとか。感心なことだが、老婆心ながらご忠告申し上げよう。過去というものはな──掘り返さぬが、花ですぞ」


 柔和な笑みは、一分も崩れていなかった。


 崩れていないことが、何よりの答えだった。文書院の閲覧記録は非公開のはず。それを知っているとこの場で明かすこと自体が、脅しなのだ。私の隣で、殿下の腕がわずかに強張るのが伝わった。


「ご忠告、痛み入りますわ」


 私は扇を開き、完璧な淑女の微笑で応じた。心臓は正直に速く打っていたけれど、それを記録できる魔導士は、この場には私しかいない。


「ですが侯爵様。花と申しますのは、掘り返した土にこそ、よく咲くものでしてよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ