第13話
ヴェスパーの追放に関する記録は、文書院の保管庫の最も深い棚に眠っていた。
二十年前の審問調書。埃を払い、変色した紙をめくっていく。アルディス殿下が隣で、当時の官報を繰っている。
「罪状──王家継承記録の改竄未遂。現行犯に準ずる証拠により、宮廷魔導士ヴェスパーの官位を剥奪、国外へ永久追放。……随分と、あっさりした調書ですのね」
「二十年前といえば、先代陛下の崩御と現陛下の即位が重なった時期です。王宮は混乱の只中だった。審理を急いだのでしょう」
「それにしても、です」
私は調書を明かりにかざした。紙の焼け具合、綴じ穴の摩耗、インクの沈み方。記録魔導士として数千の裁判記録を読んできた目に、この調書は奇妙に映る。
「証拠の列挙が粗すぎますわ。改竄『未遂』というからには、現場か痕跡を押さえたはず。なのに、何をどう改竄しようとしたのか、肝心の手口が一行も書かれていない。私が鑑定人なら、突き返す水準です」
「……確かに」
「それに、これを」
調書に添えられた一枚の鑑定書。ヴェスパーの罪を裏付けたという、当時の筆跡鑑定だった。私はその紙面を指でなぞる。
「妙ですの。この鑑定書、結論から書かれています」
「結論から?」
「鑑定書というものは、所見を積み上げた先に結論を置くのです。ですがこれは逆。先に『被疑者の筆跡と一致』という結論があり、所見が後から結論に合わせて並べられている。──書き慣れた人間が、答えを決めてから書いた文章ですわ」
殿下の顔つきが変わった。
「鑑定人の署名は」
紙の末尾に、私は目を落とした。流麗な、力のある筆致でこう記されていた。
──鑑定人、ギデオン・フォン・アルバレス。
「アルバレス……ギデオン侯爵、ですか。現宰相府の」
「二十年前は王室書記官長でした。王家の文書をすべて預かる立場です。ヴェスパーを告発したのも、確か」
殿下は官報を繰り、一つの記事で手を止めた。
『宮廷魔導士の凶行、書記官長の機転により未然に防がる』
告発者と、鑑定人が、同一人物。
私たちはしばらく、無言でその紙面を見つめていた。
「……殿下。仮の話をいたします」
「どうぞ」
「もし改竄しようとしたのがヴェスパーではなく、告発した側だったら? ヴェスパーは改竄を『企てた』のではなく、『見つけてしまった』のだとしたら。記録魔法の創始者ほど、改竄を見抜ける人間は他にいませんもの」
口に出してみると、それは恐ろしいほど筋が通った。
邪魔な目撃者に罪を着せ、自らの手で鑑定書を書き、審理を急がせて国外へ放り出す。証拠はすべて告発者の手の内。誰も検証できない。当時はまだ記録魔法の制度もなく、ヴェスパー自身が被疑者である以上、その魔法は証拠として扱われなかったはずだ。読む術の生みの親が、読む術を封じられて裁かれる。皮肉としても、出来すぎている。
──衆人の前で、身に覚えのない罪を並べ立てられる。あの感覚を、私は知っている。
誰も耳を貸さない中で、用意された筋書きだけが進んでいく。あの夜の私には《レコルダ》があった。二十年前のヴェスパーには、何もなかったのだとしたら。
「冤罪の可能性がある以上、放置はできませんわ。それが二十年前のものでも」
「同感です。ただし、セラフィーナ嬢」
殿下の声が、一段低くなった。
「この仮説が正しいなら、我々の敵は隣国の工作員だけではない。──この王宮の中枢に、二十年前から座り続けていることになります」
保管庫の燭台が、音もなく揺れた。古い紙の匂いの中で、二十年前の冤罪が、静かに目を覚まそうとしていた。




