第一章第二話『出会い』
内堀綾人という人間を、周囲はたぶん“陽キャ”と呼ぶのだと思う。
友達は少なくなかった。クラスの中心にいるようなやつとも話せたし、静かな人間とも普通に笑い合えた。空気を読むのも得意で、相手に合わせることもできる。だから嫌われることは少なかった。
ただ――少しだけ疲れてしまった。家に帰っても両親は仕事で忙しく、一人っ子の綾人は静かな家でひとり過ごす時間が多かった。
別に不幸だったわけじゃない。けれど、気づけば息が詰まっていた。
だから逃げた。
学校から。家から。人間関係から。全部から。
――その結果がこれだ。
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「……は?」
目を覚ましたアヤトは、呆然とした声を漏らした。
見覚えのない裏路地。石畳の地面に、古びたレンガの壁。鼻を抜ける知らない匂い。頭の理解が追いつくより先に、アヤトはふらつきながら立ち上がっていた。
路地を抜け、大通りへ出た瞬間――息を呑む。
巨大な生き物が空を飛んでいた。耳の長い人間。獣耳を持つ少女。杖から火を出している人間。普通では絶対にありえない光景が、そこでは当たり前みたいに広がっている。
「……マジかよ」
現実感のない呟きが漏れる。
しばらく街を歩き回って、アヤトはようやく理解し始めていた。ここは、自分がいた世界じゃない。建物も、服装も、歩いている人間も何もかもが違う。この世界は笑い声が飛び交いまるでお祭りみたいだった。
「……眩しいな」
羨ましい、と。そう思ってしまうくらいには。そんなことを考えながら歩いていたアヤトは、不意に店の窓ガラスへ目を向ける。そこに映っていた自分の姿に、思わず顔をしかめた。
ボロボロの服。雨で濡れた髪。汚れた肌。痩せ細った身体。
これじゃまるで……「浮浪者だ。」客観的に見れば完全に不審者だった。道行く人間がちらちらとこちらを見る理由も納得できる。
「服を買わないとな……」
まぁせっかく異世界に来たんだここは今までの常識が全く通用しない世界だし、楽しまないとな、アヤトは昔からアニメやゲームが大好きだ。異世界に来たからにはやっぱり……
「俺も魔法つかえんじゃね…?」
アヤトは試しに裏路地へ戻り、思い当たる限りのそれっぽいことをやってみた。
「炎よ出ろ」
「氷よ顕現せよ」
「風よ吹け」
さらには手を噛んでみたり、地面に拳をつけて“ギアセカンド”とか叫んでみたり。できることはやってみたが不発だった、少々期待が高かったぶんかなりテンションは下がった…
と、その時だった。
「あの……」
不意に、小さな声。
アヤトはビクッと振り返ると、そこには金髪の少女が立っていた。
「さっきの、何してたの?」
「……え?」
「こう、バーン!ってやつ!」
「…………」
アヤトは思わず顔を覆った。
「見てたの……?」
「うん 炎よ出ろ!あたりから?」
「それ全部じゃん……」
少女はそんなアヤトを見て、くすくすと楽しそうに笑っている。馬鹿にしているというより、純粋に面白がっている感じだ。
「お兄ちゃん、旅人?」
「んーまぁそんなところかな」
本当は“異世界転移者”だが、説明して伝わる気がしない。
少女はアヤトの隣へちょこんと並ぶと、きょろきょろ辺りを見回した。
「お母さん、どこ行っちゃったんだろ……」
「迷子か?」
「うん…」
なるほど、とアヤトは頷く。放っておいても誰かが助けるだろう。そう思ったが、子どもをしかもこんなに可愛い少女を放っておくのは些か心が痛むと言うものだ。
「俺でよければ……一緒に探そうか?」
「ほんと!?」
「俺の名前は“アヤト” 君の名前は?」
「セリカ!!」
ぱっと表情を明るくするセリカ。セリカと並んで歩きながら、アヤトは周囲を観察する。街は広い。露店が並び、聞いたこともない果物や料理が売られている。しばらく歩き回ったところで、鎧姿の男たちがこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
騎士――そんな単語が自然と頭に浮かぶ。
その後ろには、泣きながら口元を押さえる女性の姿もあった。
「あっ!」
セリカがアヤトの手を振りほどき、一目散に駆け出す。
「お母さんっ!!」
勢いよく抱きつくセリカを見て、女性は涙を流しながら何度も娘を抱きしめていた。アヤトはそれを見届けると、小さく息を吐いて振り返りセリカ親子から離れようとした…
「――よかった。」
そう思った瞬間だった。
「おい、そこのお前」
「……っ」
背筋が凍った。騎士の一人が綾人を呼び止めている。心臓が嫌な音を立てた。振り返ろうとした瞬間、近くの窓ガラスに映った自分の姿が目に入る。
ボロボロの服。痩せた身体。汚れた顔。
どう見ても怪しい。というか、ほぼ犯罪者予備軍みたいな見た目だった。
「いやこれ職質されても文句言えねぇだろ……」
アヤトの額に汗が滲む。終わった。異世界初日で牢屋ルートかもしれない。
そんな最悪の想像をした直後――、
「この人、助けてくれたの!」
セリカの声が響いた。母親も深く頭を下げる。
「娘を探してくださって、本当にありがとうございます……!」
騎士はアヤトを見たあと、鼻を鳴らした。
「……なんだ。そういうことか」
どこか疑いの残る目だったが、それ以上は何も言わず去っていく。アヤトはようやく肺の空気を吐き出した。
「寿命縮んだ……」
セリカの母親は何度も礼を言ったあと、小さな袋をアヤトへ差し出した。
「本当にありがとうございました! これ少しですが、お礼です」
「え、いや……」
「ほんと少しだけですが、受け取ってください」
「あ、ありがとうございます」
「お兄ちゃんまたね!!」
「おう! またな! もうはぐれるなよ!」
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そうしてセリカとはお別れした、袋の中を確認してみると、この世界の貨幣らしき硬貨が数枚入っていた。本当に優しい方に出会えて良かったな。さらに服屋の場所まで教えてもらいったので服を買い替えた。アヤトは、ようやく周囲から浮かない格好になった。
「……風呂入りてぇ」
切実だった。贅沢を言えばベッドで寝たいし、できればラーメンも食べたい。そんなことを考えられる程度には、アヤトはこの世界を少し楽しみ始めていた。
――今はまだ。
人通りの多い大通りを離れ、再び路地裏へ入る。これからどうするべきか。まず必要なのはお金だ。生きるには働かなければならない。誰かに声をかけるしかないか、とアヤトは覚悟を決める。もう逃げるだけの自分じゃない。そう思い、一歩を踏み出した瞬間だった。
ドンッ!!
「うわっ!?」
何かが凄まじい勢いでアヤトへぶつかってきた。
小柄な身体。
こげ茶色のフード。
その奥から覗いた顔を見て、アヤトは息を呑む。
――綺麗だ。
そう思った次の瞬間。
ーーー 世界が、また止まった ーーー
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