黒が似合う
「おじさんに唆されていっぱい買っちゃったね」
隣に並ぶシェリアにそう声を掛けたのは茶色の小包を抱えたベルルである。小包の中身はもちろん露店で購入した魔導具などの武具類であり、メイドから渡されたリストに書かれたものは一つも入っていない。
「すごく口の上手い店主さんでしたね」
少しあたふたとしながらシェリアが返した。彼女の言う通りあの後執行官三人は露店店主の饒舌な話術に乗せられまくり、次々と商品を購入。持ち金の半分以上を持っていかれる事態となった。その証拠に少し前を並んで歩くロゼとレイズの両手はすでに塞がっており、肩の下がり具合からかなりの重量があることが見受けられる。
「二人とも重そう……。私もお手伝いした方が……」
「あぁいいのいいの。二人ともあのぐらい余裕だし、買い物に来た時の男の役割なんて荷物持ちぐらいしかないんだから」
ベルルは左手をパタパタと振り、前方から向けられる憎しみの目線を完全に無視している。
シェリアは微笑すると二人の背中を見つめ、気になっていた事を聞いてみることにした。
「そういえばレイズくん、街に出てからずっとフードを被ってますけどなにか理由があるんでしょうか?」
肩を落とし溜息をついたべルルは少し間を空けて話し出した。
「あぁ、あれね。レイズ、街へ出る時は絶対そうするんだ。周りに迷惑かけないようにって」
「……迷惑……ですか?」
先程のレイズの様子を思い出してシェリアが顔を歪める。
「そ。レイズってちょうど一年前くらいにこの街に来たんだけど、その前からちょっと色々ある子でね。名前とか見た目とかいろんな人に知られてて、来た当時は街でも問題になってたんだ。街の役人とか位の高い人たちが支部に抗議しに来たり、街でちょっとした騒ぎになったりとかね」
シェリアは心当たりがあった。゛色々゛とはレイズの話していた自身の兄の事に繋がっているのではないかと内心察する。
「そういうことが何件かあってようやく落ち着いた頃に、外に出る時はなるべく顔を隠すようにするって言いだして。見た目で分かるから一緒だよって言ったんだけど顔が見えるかどうかで大分違うだろうからって聞かなくてね」
彼女はじっとレイズの後ろ姿を見つめる。
彼女の言う通り執行官の数が圧倒的に少ないことから黒い執行服を着ているだけでそれなりに目立ってしまい、同じ街に住む人間ならば顔など見えなくともその風体から誰であるのか判別することは容易である。先程の武具露店の店主が良い例だがそれでもあえて顔を隠すということはよほど騒動の事を気にしているのか、はたまた別の理由があるのか。
少し考えたシェリアがゆっくりと口を開いた。
「……怖いんだと思います」
「え?」
「自分が見られるのがじゃなくて、自分が見てしまうのが。自分から人に目線を送るとまた怖がられるんじゃないかって。相手の脅えた顔が怖いんだと思います」
まるで自分のことのように顔をしかめる彼女にベルルが問う。
「……なんでそう思うの?」
「さっきまでのレイズくん、いろんな人が集まって来てからもあまり口数が多くありませんでしたから。話しかけられた人にしか目線を合わさず、薦められた商品しか手に取りませんでした。まるでその人以外の人の事を信じていないみたいに」
「!!」
ベルルは驚きに立ち止まってしまった。昨日、いや厳密にいえば今日レイズとまともに話しただけの彼女は、すでにベルルやロゼも感付かなかった彼の習性に気が付いていたのだ。その慣性、感覚はただの゛気配りができる女の子゛の域を完全に超えた一種の能力のようにも感じられる。
「……ベルルさん? あ、ごめんなさい! レイズ君の事を悪く言ってるんじゃなくて……!」
「や、違うの! えーっと、レイズのことよく見てるんだなぁって思って!」
頬に一筋の汗を流しながら弁解するベルルは心情を隠すのに必死だった。執行官の私がただの女の子相手に何を慌てているんだ、と。
「レ、レイズくん街へ来てから少し元気がなさそうに見えたから心配で……。足取りも重そうに見えましたし、大丈夫でしょうか……?」
「大丈夫大丈夫! たしかにレイズは少し疑い深いとこあるし、なんかあったら結構引きずるタイプだけどしっかりしてるから! そのぐらいじゃ負けたりしないよ!」
口ではレイズのことを話すベルルだったが、内心彼女の興味は完全に目の前のシェリアに傾いている。元々彼女の心の中にあった疑心暗鬼の影がゆっくりと動き出す。
――この子は普通の女の子じゃないかもしれない――。
賑わった露店街で見つめ合う二人の間に、どこか異様な空気が流れる。きょとんとしたシェリアを見つめるベルルの眼が少しづつ変わっていく。そして――。
「シェリアちゃんってさ――」
「おいぃ! 二人とも何やってんだぁ!?」
問いかけは前方から飛んできた声に掻き消された。そして同時にベルルは現実に引き戻される。
「ぼーっとおしゃべりしてっとおいてくぞぉ!!」
「わ、わかってるわよ! 急かさないでよね!!」
ベルルは数瞬前に口に出そうとしていたことがいかに馬鹿らしいことであるのか反省し、そして後悔した。
「ごめんなさい! ベルルさん行きましょう! ……ベルルさん?」
「ん、ああ! ごめんねシェリアちゃん! 行こ!」
レイズとロゼの跡を駆け足で追う二人は、立場は違えどなぜか異なる存在には見えなかった。同じような黒衣を纏っているからだろうか、はたまた別の何かがあるのか。
追いついてきた二人を尻目にレイズとロゼは辺りを見渡しながら歩を進める。
「ベルルさん少し様子が変でしたね。どうかしたんでしょうか?」
「そうかぁ? 別にあいつはいつもそんなもんだろ」
とぼけるような口振りのロゼは道の先に食料品を売る市場を見つけた。
彼は三人に振り返る。
「市場が見えてきたぞ! 俺が全部荷物持っててやるから三人で行ってきてくれやぁ」
ロゼはすでにいくつもの袋が引っかかった両腕を差し出し、武具店で買った物を全て受け取った。
「ロゼさんは行かなくていいんですか?」
「悪ぃ。俺は食いモンの目利きとか全然ダメなんだよ。半端なモン買ってくとメイド達がうるせぇんだ。レイズ! シェリアちゃん頼んだぜ!」
笑顔のロゼは、レイズとシェリアに買いに行ってくるよう促した。
二人の後ろ姿を眺めるロゼの隣でキャスケットをかぶり直したベルルは、私も行ってくるね、と一言言い残して去ろうとするがロゼの言葉に足を止められた。
「さっきお前、何言おうとしてた?」
笑うでも怒鳴るでもない、真剣そのものの声色でロゼが問う。その目線は市場へ向かうシェリアの背中を見つめたままだ。
「……なにって別になんでもないわよ」
誰が見ても何かを隠してるとわかる様子のベルル。
「隠すなって。俺も同じこと思ってんだからよ」
「――――え?」
「普通の女の子のわけねぇよな」
「!!」
あまりにもあっさりとその言葉を口にしたロゼにベルルは驚いた。彼女の一瞬なりかけた眼を見て自分と同じことを考えていると確信していたのだ。
「シェリアちゃんと話してっとさ、ホントにただの女の子なんじゃねぇかって思えちまうけどそれは違ぇよな。見つかった状況やれ記憶やれもそうだがまず身体の゛動き゛が他とは違ぇ。鍛えられて、身体に染みついてやがる。そんでもって――」
「――殺し慣れてる――」
二人の間には凍てつく空気が流れる。
ロゼはすでに気が付いていたのだ。シェリアが無意識に行っている仕草に隠された癖、微かな特異性に。
ロゼの顔から笑みが失せ、ベルルの頬にはまたしても汗が滴る。支部にある色とりどりの服の中から黒のカーディガンとスカートを選んで着せてしまった彼女は後悔した。そんなつもりじゃなかった、と。
そして遂にロゼの口から先ほど自分が言いかけた言葉の先が出てしまった。
「――俺たちと同じ穴の貉なのかも知んねぇな――」
風に揺れる二人の執行官は、市場で店主と仲良く話すシェリアの後ろ姿を茫然と見続ける。その眼差しからは疑念と憐れみが滲み出していた。




