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ダリアの花冠

 食材を手に取って選ぶシェリアの横で、レイズは大きな茶色の袋みを抱えている。トマト、じゃがいも、人参など色とりどりの食材が隙間なく詰められておりすでに袋は溢れる寸前である。


 「こちらで支部までお届け致しましょうか?」


 店主である中年の女性は笑顔で彼に向いた。


 「ありがとうございます。助かります」


 レイズが応えると店主は裏から彼の抱えている袋と同じサイズのモノを取り出しシェリアに手渡した。


 「これに欲しいモノ全部詰め込んでいいよ! お嬢ちゃん!」


 「ありがとうございますおばさん。じゃあこれとこれと……」


 シェリアは次々と並ぶ野菜に手を掛けては袋の中に入れていく。それも適当に選んでいるのではなく同じ野菜がいくつも並ぶ中で目利きをして選び取っているのだ。


 「へぇ、お嬢ちゃん凄いねぇ! お嬢ちゃんが選んだもの全部この店で一番新鮮なものばかりだよ! 料理人か何かなのかい?」


 「いえ、こういうの得意なだけですよ。良い物が多くて迷っちゃう」


 唇に手を添えて笑う彼女はすでに店主のおばさんと仲が良さそうだ。彼はそんなシェリアを少し羨ましそうな目で見つめている。

 その店での買い物を済ませた二人は代金を支払い、店主のおばさんに満帆になった二袋を手渡して再び市場に沿って歩き出した。

 上機嫌に歩くシェリアに彼が問いかける。


 「シェリアさん目利きとか得意なんだね。驚いたよ」


 「なんとなくこれかなって思って。私も少し不思議な感じ。なんでかな?」


 「あのおばさんが言ってた通りどこかのレストランの料理人だったりしてね」


 純粋な笑顔を浮かべるシェリア。もしかしたら今、彼女は消えている自分の記憶に少しの期待を膨らませているのかもしれない。

 彼女の期待通りになってしまえばいいと思う彼だったが、心の中でまた自分の言い放った一言が蘇る。


 ――普通の人間ではないと思われます――。


 料理人だ、なんて言葉は心にも思っていない嘘だった。アダムスの話を聞く前だったのならその可能性も否定できなかったかもしれないが、今となってはそれはただの冗談に他ならない。


 ――シェリアにはなにか思い出されちゃマズイ記憶があるってことになる――。


 アダムスの言葉が脳裏を走り抜ける。

 この子の隠された記憶の内側は漆黒に染まっているのだろう。レイズは彼女の横顔を見てそう思ってしまった。

 その時、笑顔のシェリアが何かを見つけて声を上げた。


 「わぁ! 綺麗! お花畑!」


 彼女が視線を向ける方向を眺めると、少し離れたところに赤い花が咲き誇った丘が目に入った。


 「凄く綺麗に咲いてるね。行ってみたい?」


 「うん!!」


 よほど花が好きだったのか、シェリアは彼をおいてトコトコと丘の方に向かって行ってしまった。無邪気な子供を見ているような感覚を覚えた彼は、小さく溜息をつくと急ぎ足で追いかける。




 「わぁぁぁ。綺麗……」


 差し込んだ太い光の筋の中で、シェリアは感嘆の声を上げていた。

 彼女の眼前には数えきれないほどの赤い大輪の華が、うねりの様に咲き誇っていた。冬の風に華たちは揺れ、まるで日差しに喜び踊っているようにも見える。


 二人は丘の上に設けられた花壇に立っていた。煉瓦の小道と木製のベンチ、そして花畑を囲う腰の高さまで崩れた石の壁に、中央に立つ翼の生えた女神の石像。

 丘の上の広場と言った風体のその場所は、騒がしい街から切り離されたような空間だった。


 「凄い数のダリアの花だね。こんなに咲いてるなんて、俺も知らなかったよ」


 「ダリア? この赤い花はダリアっていう名前なの?」


 フードを脱いだレイズに駈け寄って問う彼女は、とても興味があるようだ。


 「う、うん。寒い季節に咲く花でね、真っ赤で綺麗だからなかなか手に入りにくい薔薇の《《代用品》》として飾られたりするんだよ」


 「ダリアかぁ……! もっと真ん中の方で見てみたい!」


 そう言ってシェリアは細い煉瓦の道を小走りで駈けて行き、左右をダリアの花に挟まれた小階段を登って行ってしまった。


 彼は女の子らしい後ろ姿に微笑み、シェリアに続く。

 登った先は、一面ダリアに覆われていた。


 女神像の元で赤色に囲まれたシェリアが踊るようにして両手を広げ、スキップを踏んでいた。

 黒いカーディガンとスカートを花びらに擦らせ満面の笑みを浮かべる彼女は、まるで花々に愛されているようだった。


 「シェリアさんはこの花が好きなんだね」


 「うん! 大好き! すっごくいい匂いで、綺麗――」


 屈み込み、大輪に顔を近づけるシェリア。艶のある黒髪が花弁に触り、真紅の瞳は見惚れるようにして花の中心へ沈んでいる。

彼は女神像の台座に腰かけ、夢中のシェリアに声を掛けた。


 「そんなに気に入ったなら、良いモノ作ってあげるよ」


 「いいもの?」


 表情に好奇心を滲ませたシェリアはレイズの隣に座り、ダリアの花に伸びる彼の手を見つめる。


 「ちょっと待ってね……」


 数本のダリアを摘んだ彼は一本一本を器用な手つきで結っていく。花弁が潰れないように伸ばし、曲げ、巻きつけて輪っかを形作り、整える様に茎の部分で縛る。

 そして――。


 「はい、出来たよ」


 彼は出来上がった物をシェリアの頭に乗せてあげた。


 「わあぁぁ……!」


 それは花冠。

 真っ赤なダリアの花で結われた花冠だった。


 「この街に来てから少し練習しててさ。ちょっとした特技なんだ。……どうかな?」


 頭に乗った花冠を見上げるシェリアは頬を薄ら赤くしながら溜息を漏らし、彼に向いた。


 「嬉しい……! 私、すっごく嬉しいよレイズくん! ありがとう――」


 彼女は胸に両手を押し付け、溢れる感情を抑え込む様に眼を瞑った。

 そんなシェリアを見つめる彼は薄らと笑みを浮かべる。彼女の記憶に潜む影など忘れてしまったかのように穏やかな表情で――。


 その時だった。


 レイズは自分の顔、首から上の部分に違和感を覚えた。筋肉が震え、神経に微弱の電流が流れたような感覚。眼玉が自分の思い通りに動かず魔物の様にぎょろりと回り、首が勝手に角度を変えていき、口が誰かに持ち上げられるようにして開いていく。


 そして彼はシェリアに一言、言葉を告げていた。


 「君のような女の子にぴったりだよ」


 それだけ言い終わると一瞬で彼は解放された。唐突に起こった不可解な現象に一人困惑する彼は片方の手で顔を触る。


 口にする気もない、何の変哲もない言葉を《《なにか》》に言わされた――?

額にべっとりと汗を滲ませる。

 挙動不審な様子の彼にシェリアは不思議そうな表情で首を傾げた。


 「レイズくん――?」


 次の瞬間、シェリアの言葉を掻き消すようにして、大きな音が轟々と響いた。

 どこからともなく響いた音――重々しい鐘の音が、刺す様な音色を街中の隅から隅まで轟々と、轟々と、響かせ届ける。


 何度も何度も響くその音は荒波のように街を呑み込み、花畑の二人を包み込んで固まらせた。


 その時、波のうねりの中で一人、赤いダリアの花々を背に黒いコートの男が立っていた。

 フードの獣毛が青色に染まった執行服を纏り、空色の髪を掻き分けた男は、口を少しだけ緩ませる。


 昨日の彼らを襲った一連の事件に関わった者、そしてこれから知ることとなるすべての人間は思いもしないだろう。


――かの事件が、たった一人の元執行官の手によって引き起こされたという事実を。


 真紅の花が鐘の音に舞う。


 埋め込まれた二つの藍色の瞳が、危なげに光り出す。

 鐘の音の中、道を往く男は手を胸に押し当てて、音色の波に一滴の毒を垂らすように、ゆっくりとこう呟いた。


 「唯一無二の一輪は彼女の手に渡った。錆び付いた鐘の音は再び鳴り始めたぞ」


 「執行官ども」


 ダリアの花冠 第一部 完

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