ブチ切れたメイド
「こらレイズ! ペッスン泣かせちゃダメでしょ!?」
「な、慰めようとしただけですよ! 絶対気にしてるから!」
慌てふためきながら弁解する彼を腕の隙間から確認したジト眼は、手のひらを彼に突きつけ曇った声でこう告げる。
「お使い代わって……」
「え?」
「アンデットロードが壺割っちゃった罰で命令されたお使い代わってくれっっ!!」
「嫌です!!」
必死の攻防を続ける二人の間で虎猫のアンデットロードが再び暴れ出し、隙間を抜けてシェリアの元へ寄って行ってしまった。すりすりと彼女の足に寄り添う。
シェリアは長めの黒いスカートを押さえながらしゃがみ込み、笑顔を向けた。
「アンデットロードくんって言うの? かっこいい名前だね」
その言葉を耳にしたペスはピタッとレイズを襲う手を止めると、土煙を上げた瞬足で彼女の元へ寄り、当のアンデットロードを抱えたかと思えば両足を開かせて見せつけた。
「くんっ? ノンノンッ。ちゃん、であるっ!」
゛くん゛である場合付いているべき゛ナニ゛が付いていないだろう、と言いたげなペスを目の前に彼女は頬を真っ赤にして俯いてしまった。動物とはいえこんなことをされれば恥ずかしいのは当然だった。
「ア、アンデットロードちゃんね。かわいい名前……だ……ね……」
消えかかりそうな声を上げるシェリアの表情は首が飛ぶ寸前の罪人の様だった。
「ふむっ。それで良き良きっ」
「お前にはデリカシーってもんが内蔵されてねぇのか!」
満足げに頷いたペスの頭にロゼのチョップが入る。こればかりはベルルも完全に同意だった。
「くっ、お子ちゃま共がっ! ワワシはオーグリスだぞっ! 敬えっ!」
「「敬うか!!」」
揃って否定した二人の横でシェリアが首を傾げる。
「おーぐりす?」
「俺たちの階級のことだよ、シェリアさん」
乱れたコートを整えながらレイズが歩み寄った。
「部屋でナイトメア級のこと話したよね。俺たち執行官はみんな階級分けされてて――」
彼は攻防を繰り広げる三人を紹介するように手で指す。
「ぺスさんがナイトメア級より一つ下のオーグリス級執行官」
「そうだぞっ!! 上官だぞっ!! お使い代われっっ!!」
「ロゼさんんとベルルさんがもう一つ下のイヴィル級」
「変わらねぇよ! ペットの責任は飼い主の責任だろうが!!」
「そうよそうよ! メイドさんブチ切れてたんだから! あと頭突きやめて!! めっちゃ痛い!!」
ドタバタとじゃれ合う三人を尻目に、なるほどと頷いたシェリアが彼に向く。
「レイズ君はなに級さんなの?」
「俺はただの学生兼候補官。イヴィルの下のヴィランだよ」
それだけ言うと彼は慌てて三人を止めに入った。
まるでコントの様な光景をシェリアがぼーっと眺めていると、背後から声が届いた。
「あら執行官様方。今日も仲睦まじくてよろしいですわね」
四人が穏やかな声の元に振り返ると、そこにはメイドが立っていた。ベルルの言っていた゛ブチ切れた゛メイドが、目と口を引き吊らせ、理性も爆発寸前といった様子で笑顔を向けていたのだ。
「なにか、お忘れではありませんこと?」
顔を青くした四人が硬直する中、ぺスが我先にと行動に出る。
「リゼリゼーーッ!! 書類が残ってるって言ってたなっっ!!」
コートの胸ポケットに雑に突っ込まれた金刺繍のクラバットを揺らしながら、ぺスはテラスの奥で花の世話をしていたリゼアへ猛ダッシュして行った。
舞い上がった土煙に四人が咳き込む。
残されたシェリア以外の三人はペスの走っていった方向を睨み付けながらまったく同じことを思った。
あいつ逃げやがった、と。
「それでは、よろしくお願い致します」
「おいちょっと待てってぇ! まだやるとは言ってねぇぞぉ! そもそも買い出しはメイドの仕事――!」
「お願い致します。おほほ」
「く……、しょ、しょうがねぇなぁ……!」
彼らはおほほの一言に負けたのだ。メイドとは時に怪物より恐ろしいモノである。
「こちらが買い出しのリストですので、では」
笑ったメイドはそれだけ伝え、つかつかと奥に消えていってしまった。
「はぁ、まぁしょうがないわね。私達で行きましょうか」
溜息をついたべルルはシェリアに向き直り腕に抱きつくようにして寄り添った。
「シェリアちゃんも一緒に行こ! 街、紹介するよ!」
「おいおい大丈夫なのかよ、外連れ出しちまって。付いてるように支部長から言われてんだろ?」
「あたしがずっと傍に居てあげるから大丈夫! ね、いいでしょシェリアちゃん!」
ベルルの誘いに笑顔を向けたシェリアは嬉しそうに返す。
「はい。 私も行ってみたいです」
「きーまり! じゃさっそく行こっか! 二人ともちゃんとついてきてよね! レイズもリハビリがてら身体動かしてみて!」
へいへい、とダルそうに返したロゼは両手を頭の後ろで組みながら二人の後を追う。
レイズはテラスの奥でぺスと楽しそうに話すリゼアの笑顔を一瞥したあと、コートに付いたフードを被り三人の後に続いて歩き出した。




