木に実った餌
「――白昼の神槍だ」
アダムスは廃墟でレイズの回収したモノの名を呼んだ。
未だ黒に染まったことのない神槍として名付けられたそれは、宴の席で酒に酔った執行官が口にするような冗談の一つの筈だったが今この状況に置いてそれは通らない。
「……白昼の神槍になにか関係がありますか?」
「関係が有るとか無いとか、もうそういうレベルの問題じゃねぇよ」
アダムスは彼の前を横切り机に戻ると例の物が入ったトランクを机に乗せ、錠前を開け放った。
彼の眼にあの暗い一室で見た美しすぎる神槍が映った。真紅の魔石が妖艶に揺れ、回転式の弾倉と漆黒の銃身に眩い黄金色の装飾が施されたそれは、形容しがたい存在感を放っている。
「こいつが出てきちまったんだ。昨日あの場所で起こった全てに無視できるものはねぇ。天魔機関三十万、執行官三百、その全ての眼があと数日と経たねぇ内にこの一連の騒動に向けられるぞ。筋や理屈なんてどうでもいい、もう俺たちは逃げられねぇんだ」
自分たちの組織にとって白昼の神槍の発見がどれほど重要であるのか、当然レイズも心得ている。しかしそこに彼女、シェリアを巻き込むことはどうしても避けたかった。
「彼女は……シェリアさんは、関係ありません……」
彼女が無関係である事を必死で訴えるレイズに、アダムスは憐れむような口調で続ける。
「シェリアが吊るされてたっていう地下の広間な、錆聖堂って場所で間違ねぇ。数百年も昔、職に就けない民衆やギルドの人間なんかの下民たちが教会で神に祈りを捧げることすらも許されていなかった時代、そいつらは秘密裏に自分たちだけが祈るための聖堂を地面の下に拵えた。華のステンドガラスに、秩序の女神ヘスティアと平等を表す天秤が置かれてたのがその証拠だ」
謎が次々と明らかになる。不気味に思えたあの場所はすでに解明させていた場所の、その一つだったのだ。
「当時の上流階級である貴族や執行官たちはその下民たちが通う聖堂の事を嫌忌の意を込めてそう呼んでいたらしい」
錆聖堂――今よりも更に差別意識が高かった時代を生きた人間が名付けそうな名前であった。
レイズは不快感を覚える。その下民が通う忌み名の聖堂に吊し上げられるということはどういう事なのか、考えただけで怒りが湧き上がってきそうだ。
アダムスがそれを言葉にしてしまう。
「錆聖堂ですら辱めを受けるほどの醜悪な存在である表れか、はたまた下民達の女神であることを示してんのか、シェリアを吊るした連中の真意はわからねぇが、そこに数百年の時を経て吊るされたシェリア。そしてそのシェリアをあたかも゛守る゛ようにして置かれたプギーマン。無関係とは思えんなぁ」
彼は両手を握りしめ歯を食いしばる。アダムスに怒っているのではない。アダムスの言っている事に共感しそうになっている自分自身に怒っているのだ。
「……すこぶる気にいらねぇって顔だな。なら認めたくねぇお前のために今回の一連の事件、全部繋げてやる」
アダムスは何としても当事者の彼を認めさせたいらしい。一度深呼吸したアダムスは語り始めた。
「まず事の始まりはお前が【白昼の神槍】を見つけたところから始まる。何者かに操られた【ベアウルフの群れ】に襲われた後、意図的に起こされた【人工地震】に見舞われる。直径十キロほどを揺らす地震だったが間違いなくお前らを狙っての犯行だ。そして地震の喧騒に紛れて【乖離魔術】により地下への道が開けられる。お前をそこへ落としたのは恐らく術の発動者だろう。地下へ落ちたお前を待っていたのは天魔機関に精通した人間、それも相当な有力者しか知りえもしない【禁番黒域】と導くように置かれた【松明】。進んだ先の【錆聖堂】にはここまで辿り着いたお前への贈り物のように吊るされた少女【シェリア】と番人の【プギーマン】。それも当の少女は記憶が無いときた」
そしてアダムスは力強くこう言い切った。
「お前らに照準を合わせた組織的犯行だ。それも金と時間をかけて綿密に計画されてる」
アダムスの放った一言が、彼の心に重く圧し掛かる。
全てが彼の推測ではなく、事実に基づいた知識から現場の現象を鑑みた結果、証拠であると判断されているのだ。
レイズは返す言葉が見つからなかった。認めればシェリアとの出会いが何者かに仕組まれていたという事実を受け入れなければならなくなる。
そしてなにより、今彼女がレイズ達の元に有るということはつまり、《《企てた組織の思い通りになってしまった》》という紛れもない証明だった。
「――どう見るよ、レイズ。当人であるお前の意見を聞かせてくれ」
アダムスは問う。獲物を狙う鷲の様な目を向ける。
シェリアの事を思うなら否定したい。ただそれはアダムスやその他の執行官たちを裏切る事になるだろう。
二人の間に沈黙が流れる。
そして最終的に彼の心を決定付けたのは、自分が執行官となった唯一の理由が元だった。
「――何者かにより意図的に仕組まれた犯行だと思われます。以下のことが偶然に連続することはまず考えられません」
曲げられない意思を見たアダムスは少しホッとしたように顔を緩め、全身から力を抜いた。
「そうだな。今回の案件は――」
「それだけではありません」
言葉を被せた彼は続ける。一度決めた以上、中途半端な真似はできないと覚悟を決めた顔付きを向ける。
「かの状況で発見された少女、シェリアは普通の人間ではないと考えられます。記憶が無いこと以外にもまだなにか秘密があるかと」
アダムスは眼を見張って驚いた。それは新たな気付きがあった訳ではない。彼がそのことに触れ、発言したことに驚いているのだ。事実、レイズの口にしたことは冷酷極まりない一言だった。
口を歪ませたアダムスは、髭を弄りながらゆっくりと告げた。
「……これはまだはっきりとした話じゃねぇんだが、ベルルの奴にシェリアの頭を軽く診させた時に、脳から魔力の反応があった」
「魔力……?」
「ああ。本人も気が付けないほど微々たるモンだったらしいが、確かに魔術の痕跡を脳の中心部辺りから感知したらしい」
脳の中心部。そこにはたしか記憶を司る場所があった筈だ。たしか――。
「――海馬……!」
「そうだ。シェリアの記憶が無いのは誰かから蓋をされたからかもしれない。なにも疚しいことがない記憶にそんなことしても意味がないことを考えると、シェリアにはなにか思い出されちゃマズイ記憶があるってことになる。゛連中゛にとって、な」
綿密に準備されていたのは魔術士やプギーマンだけではなかった。シェリアでさえもその例外ではなかったのだ。そしてそれを企てたのはいったい誰だ――?
「支部長のおっしゃられる゛連中゛とは、どのような存在だと思われますか? ご意見をお聞かせ下さい」
呟くように問いかけた彼は覚悟の宿った眼を向けた。その覚悟に、アダムスが答える。
「……お前が執行官を続ける理由は一年前と変わってねぇか?」
「もちろんです」
「……そうか。ならお前――」
二人は大きく息を吸い、そして視線を合わせた。
「シェリアちゃんを【餌】にしろ。そうすりゃ゛連中゛に辿り着くかもしれねぇえ」
全てが繋がった瞬間だった。餌という最低最悪の言葉と共に彼の成すべきことが示されたのだ。
ただそれにしては決定づける根拠があまりにも不足している。
「……禁番黒域に手を出せる人間は少なからずいます。まだ兄さんだと決まった訳ではありませんから――」
「……まぁまだ正確なところは分からねぇよ。シェリアの記憶も含めて、本部に行って詳しく調べてみる必要がる。あとは全部俺に任せとけ。寝起きのところ悪かったな、もう下がっていいぞ」
若干の早足で部屋の扉に向かうレイズにアダムスが再び声を掛ける。
「数日後の機関新聞楽しみにしにとけ! お前は有名人だぜ!」
「ここに来た時から有名人ですよ」
失礼します、と一礼してレイズは扉の向こうに消えていった。
「悪ぃ方のじゃねぇよ――」
アダムスの呟いた言葉は届かない。
執務室で一人になったアダムスは机にもたれて腕を組み天井を見上げた。
暗さと静寂。その中で彼は独り言を呟いた。
「成長したねぇレイズ。だが、まだまだ甘ぇ」
アダムスは机に置かれた数枚の紙の束を手に取った。それは秘密文書や執行状などではなく、将校学校の論文、レポートだった。
アダムスはその紙面を睨み付け、先ほどよりも小さくこう呟いた。
「――兄貴の得意分野ぐれぇ覚えとけよ――」
アダムスの目線の先にはこう書かれていた。
――ハリア=エルトリアス
禁番黒域の使用とその応用戦術について――




