神槍の本懐
「神槍ってなんですか?」
ベッドに座りながらシェリアは尋ねた。視線の先にいるロゼはうーん、と少し困った表情を浮かべている。
彼女はレイズが神槍というワードを口にしてからというもの、妙にそのことが気に掛かっていたのだ。
「なにか……かぁ。いざ説明するとなると難いが、まぁ一言でいやぁ神託物ってやつだな。神様がまだそこら辺歩いてた大昔に創られた兵器。殺した奴を地獄にぶち込めるんだぜ?」
ベッドの脇に腰かけたベルルが重くため息を漏らす。
「あんたさぁ、もうちょっと言い方ないわけ? あたしたちの印象どうなるのよ」
「んなこと言ったって良く分かんねぇだろ!?」
ロゼは金髪を掻きながら困ったように苦笑いを浮かべた。
「はぁ、もういいわよ。 あのねシェリアちゃん! あたしたち執行官は悪いことした人を裁く仕事をしてるってさっき説明したよね! それに使うのが神槍っていう神様の創った特殊な武器! 全部で五百本くらいしかない超レア物で、そこの馬鹿が言ったように地獄に送っちゃうの!」
胸を張ったベルルは誇らしげに語った。
「俺と同じじゃねぇか」と愚痴るロゼに、シェリアは向く。
「つまり悪いことをした人をその……地獄に落とせる武器……ってことですか?」
「半分正解で半分間違いってとこだな。地獄に落とすってとこは合ってんだが、落とすのは大罪を犯した犯罪者だけじゃねぇえんだ」
「え?」
彼女は首を傾げると、少し不安そうな表情を浮かべる。
「こいつが地獄に落とすのは、゛罪人゛じゃなくて゛人間゛。大罪を犯してるのか、執行官に指示が出てるのかなんて関係なく、こいつを使って命を奪えば全員地獄に送っちまうんだ」
そう、執行官が用いる神槍という武器は単に命を奪った゛すべての人間゛を地獄に送る兵器。そこに罪の大小や意識の差など関係なく、例外なども一切ない。
「そ、それじゃ罪のない人も地獄に落としてしまうんじゃ……」
「嘘付いたこと無い人なんていないでしょ? 動物とか虫とか、一回も命を奪ったこと無い人もいないよね。そういう小さな罪が身体の中に溜まってるんだって。あと、こういう話はあたし辛気臭くて嫌いなんだけど、人には゛原罪゛っていうのがあるらしいの。゛この世に生まれてきた罪゛ってのだね」
人間に溜まった罪を穿ち地獄と繋ぎ合わせる神創兵器。それが彼らの持つ神槍の本懐である。
彼女は難しそうな顔でベルルに問いかけた。
「私やロゼさん、ベルルさん……それにレイズくんも?」
「そうだよ。街の子供達とか生まれたばかりの赤ちゃんも。年齢が若いほど少ないと思うけど、でも確実に罪は存在するの。そして゛罪゛があるってことは゛罰゛がある」
シェリアは言いようのない恐怖を感じた。何気なく生活する善良な人たちもその兵器に掛かれば地獄に落ちてしまう。それは恐ろしいことだった。
「なんでそんな危ないものを使ってまで執行官さんたちは……」
「単に罪人に罪を償わせるため、だな。人はそのまま死んでも地獄には落ちねぇ。この神槍ってのが唯一の手段なんだと」
逆に言えば神槍さえ逃れられればどんなことをしても地獄に落ちることは無い。レイズが執行したマルメの例もあるように神槍の前では゛通常の死゛すら逃亡となるのだ。
そんな彼女に追い打ちをかける様にしてロゼが言った。
「一番厄介なのはそんなあぶねぇ兵器にリミッターが一切無ぇってことなんだ」
「リミッター?」
「そう。神槍は俺たち執行官が持ってるモンだが、俺たちにしか使えねぇってわけじゃねぇ。早い話が――」
ロゼは右腕を顔の横に掲げ、そして。
「降りられよ《オーダー》」
呟いた瞬間、何もない空間から彼の神槍、引き金の前部に黄色い魔石が埋め込まれた散弾銃が黒い粒子を巻いて顕現したのだ。
黒式第二番【黒箱】を使用した神槍の顕現。政務執行官たちは皆このようにして自身の神槍を取り出し、収納している。
突然の出来事で驚くシェリアに差し出された神槍は、持ち手を彼女に、銃口はロゼに向いている。
反射で持ち手に手を掛けてしまったシェリア。ロゼは銃口を握り自分の眉間に向けた。
「今シェリアちゃんが引き金を引けば俺は地獄行きだ。誰が誰に使うかなんてことは神槍にとってどうでもいいらしい」
「ちょっとロゼ! シェリアちゃん怖がってるでしょ!? 今すぐしまって!」
立ち上がり本気で怒鳴ったベルルに「へいへい」とロゼが返事を返すと、二人が掴んでいた神槍が再び黒い粒子となって空間に溶けた。
ロゼは椅子の背に両腕を置き直し、唖然としているシェリアに向く。
「あまりに特殊なモンだってんで、決められた奴にしか使えないように後付けで制約を掛けたりするのができねぇらしい。神様が残したモンもいろいろとガバガバだろ?」
ベルルは呆れた様子で腰を下ろすと、諭すように言った。
「あたしたちが使うのはいいんだけどね。例えば神槍を奪い取られてそいつが街で暴れたり……あたしたち執行官の誰かが悪用したりしたら――どうなるか分かるよね?」
固唾を呑み込んだシェリアはゆっくりと口を開いた。
「地獄に落ちるべきじゃない人たちが地獄に落ちることに――?」
二人は無言で頷いた。
胸の鼓動が早くなるのを感じたシェリア。
見つめたベルルが言う。
「だから見つかった全ての神槍は天魔機関に登録されて厳重に管理されてるの。与えられた執行官たちは一時も肌身離さず、自分の命よりも優先して神槍を守り、扱ってる」
その時彼女の脳裏に、レイズの言葉が蘇る。
「そんな……。じゃ、じゃあさっきレイズくんが言ってた回収した神槍っていうのは――!」
「ええ……。まだ誰のものでもない、天魔機関に一度も登録さらたことのない未知の神槍――」
「執行官はそれをこう呼んでる。それは――――」




