謀略の葉
「……話を続けてください」
ああ、とアダムスは松明の話へ戻る。
「お前は降りた階段の先で燃え上がる松明を見つけた。その時も足元にはニトロライトの欠片が転がってた。それは間違いねぇな?」
「そうです。ちょうどその、ニトロライトの光が消えかかっていたので、一応は助かりましたけど」
アダムスは思い詰める様に天井を見上げ、呟いた。
「そこがどぉもおかしいんだよなぁ……」
「……おかしいとは?」
「さっきニトロライトは乖離魔術を行使するコアパーツだと言ったが、それはあくまで特殊な使い方だ。本来は鉄道やら兵器やらの大型設備を回す魔導エネルギー源として使用される。ニトロライトが超高密度の魔力媒体が故にだ」
アダムスはもう一度ニトロライトの欠片を取り出した。
「そんな早く光が失せるのは妙だ。現にここにある欠片は今も光があるだろ?」
「確かに……。奥に進むほど光が弱まっていきましたが……何か関係が?」
問いかける彼を見つめたアダムスの横顔は、どこか悲しんでいるようにも見える。
「レイズ。これは俺の憶測なんだが……黒式第九番【黒域】が使われたのかもしれねぇ」
アダムズの言葉に彼は息を詰まらせ、少し混乱したように言った。
「第九番……? 黒式は確か全八番から成る僚外不出の特殊技だと教わりましたが……」
「執行僚千年の歴史の中で使用が禁止になった禁番が存在すんだよ。あまりにも強力過ぎて外界に影響を及ぼしたり、行使の反動で術者が何人も死んだりして封印された黒式がな。その一つが黒域。その効果は――」
アダムスは一呼吸置き、告げた。
「展開した領域内部での魔力消滅。魔術だろうが魔石だろうが、魔力を帯びた万物全ての力を消滅させる力だ」
眼を見開いた彼の意識はズボンの右ポケットに集中していた。そこには先程ロゼから返された棒状の物が収まっている。自身の魔力を光に還元する魔導炉を搭載した懐中灯が。
壊れていたんじゃない――あれは掻き消されていたんだ――、と今更気付かされた。
疑念が確信に変わり始め、確信は恐怖と共に肥大する。
「心当たりがあるみてぇだな。禁番黒域と見て間違いなさそう――」
「おかしいですよ」
彼は返す刀で呟いた。
「おかしいです! 貴方は何を言っているのか分かっているのですか!? もしあれが黒式の力だと言うなら、アダムス支部長! 術者は――」
「執行官ってことになるな。本部の禁書庫に忍び込めんのは僚内の人間だけ。もしくは――」
「――――?」
「元、執行官か」
アダムスの言葉は、一瞬で彼を凍り付かせた。バラバラになったピースが一つ、また一つと組み合わさっていく中で浮かび上がった横顔は、最悪のそれだった。
「だから……リゼアさんを追い払ったのですか……?」
「あの女のことよりも、今考えなきゃいけない女がいるだろ」
心臓を突かれたように全身を震えさせる。
「地下に吊るされてた女、シェリアって言ったか」
「!!」
遂に彼が最も恐れていたことが起きてしまった。アダムスが口にしてきた数々の出来事が彼女に繋がってしまったのだ。いやそれだけではない。自分の肉親にもその糸は繋がっているのかもしれない。
「……何故そこで彼女の名前が出てくるんです……!? 彼女は――」
「なにも関係ない、か?」
認めたくない、と歯を食いしばる彼をアダムスは覗き込むようにして見つめている。
「本来なら完璧に地上から遮断されてた場所に、怪我も無く生きた状態で吊るされてた女がなにも関係ないって? そこまでお前は馬鹿じゃなかった筈だよな?」
「……確かに様々な謀略が練られている可能性があることは認めます。ただその全てが繋がっている理由にはならないでしょう? そもそも、仮に俺を落としたのがベアウルフに化けた何者かで、黒域を使ったのが執行僚に関わりのある人間だとしても、なぜ俺をわざわざ生かしておく必要があるんです!? そんな回りくどいことをしなくてもすぐに殺せた筈だ……!」
自分が狙いなら仕留める機会はいくらでもあった筈だと、彼は焦りを隠さずに問う。
「……お前を生かしてシェリアに引き合わせるため……だろうな」
「なぜそんなことを!? それに俺はあの場所でにやけ面のプギーマンと相対したんですよ!? 生かせておく気なんて……とてもあるとは思えません!」
「なぜシェリアとお前を引き合わせたかったのかはわからねぇ。ただ。プギーマンを置いた理由は分かる。きっと連中はお前の力を試したかったんだろ。黒域に入った人間はその領域から出ても暫くの間は行使する魔術の力が低下する。影響を受けないのは同じ黒式だけ、つまり真の執行官としての実力が問われる訳だ」
プギーマン相手に神槍や魔力を帯びた爆弾の効き目が極端に薄かった理由が、半信半疑の彼に追い打ちをかける。
困惑した表情を浮かべた彼はもう考えが追い付かないといった様子で首を傾げた。
「プギーマンを置いた? あのにやけ面さえも意図的だと言うんですか?」
「ああ。人工地震、乖離魔術、そして禁番黒域。そのすべてを駆使して連中はお前をあの場所まで導いた。そんな戦争に使うような魔術をいくつも駆使できる組織だ。執行僚が知らねぇ方法の一つや二つ知っててもおかしくねぇと、俺はお前の話聞いてて思っちまったよ」
「……評議会直下天魔機関最高位僚ですよ?」
ああ、と眼を閉じながら頷いたアダムスに、彼は呼吸を整えて伝えた。
「……支部長。俺はただの候補官です。執行官とは名ばかりの学生です。俺にそんなことをする価値なんてありませんよ……。筋が全く通っていない、滅茶苦茶です」
レイズは首を左右に振りながら蹲ってしまった。アダムスの話はもう彼の理解が届くキャパシティを遥かに逸脱していたのだ。
「そうだな、たしかに筋は通ってねぇよ。お前が何故狙われたのか、何故シェリアは吊るされたのか、一つ一つの事象の説明は出来たとしても繋がることはねぇ。だがなレイズ。ここにはその滅茶苦茶に破断した鎖を無理矢理繋ぎ止められるモンがあんだ」
顔を上げた彼の目線がアダムスの憂うような瞳に突き刺さった。
「それは――――」




