謀略の幹
「……フン、まぁいい。認めたくねぇのはまぁ分かる。だがこの話が終わった時、嫌でも信じねぇといけなくなるぞ。まだネタはあんだ」
「そこで松明……ですか?」
問うたレイズにまたしてもアダムスは首を横に振る。
「いや、こいつだ」
今度はシャツの胸ポケットに手を突っ込んだアダムスは少し顔をにやけさせながら握った物を顔の横で見せつける。それは彼が身に覚えのある橙色の輝きを放つ石ころだった。
「そ、それ廃墟で見つけた宝石……! いったいどこから?」
「ニトロライトって宝石だ。お前のコートに入ってたよ。こっそり持って帰ってきやがったと思ったが違うのか?」
「そんなセコイことしませんよ! ……でもくれると言うなら断りませんが」
「バーカやらねぇよ。こいつは大事な証拠だからな」
少しだけ胸を躍らせた彼の望みは一瞬で却下されたが、疑問を感じ問いかける。
「証拠?」
「ああ、こいつも一つの人為的意図を孕んでやがる」
アダムスが指先で石を動かすとキラキラとした断面が美しい光を放った。
「そ、それは廃墟の空洞に落ちた先で見つけたんです! おかしなことなんて何も――」
「その空洞って何で出来たんだろうな? はじめからぽっかり空いてた訳じゃねぇだろ?」
だんだんと自信がなくなってきたのか、彼の声は徐々に小声になっていく。
「……地震の影響を受けた脆い建屋が崩壊して出来たんですよ」
「お前の落ちた先に廃墟の残骸があったのか?」
「!!」
アダムスの言う通りだった。たしかに彼の落ちた空洞の底には宝石と茶色の石や砂が溜まっていただけで、どこにも廃墟の残骸と思われるものは見当たらなかった。崩壊して出来た空洞ならそこにコンクリートや鉄骨が散乱しているはずだ。
「やっぱりな。お前の話聞いた時からおかしいと思ってたんだよ。間違いねぇ」
疑惑を確信へ変えたアダムスはこう言い切った。
「誰かが地震に紛れて乖離魔術を使ったんだ」
乖離魔術――術者の指定した範囲内のありとあらゆる万物の繋がりを断ち切る破壊魔術。通常、数人の魔術師の同時詠唱にて発動するいわゆる工業用の魔術で、トンネルや地下などの大型建造物を建築する際に用いられるが時に戦争にも使用されているという噂がある。その使用魔力量故の難易度と習得方法の難しさ、そして術の発動に必要なとある物質媒体が入手困難なものであることから滅多にお目に掛かれない高位魔術だ。
「……なぜ乖離魔術だと断言できるのです?」
「お前は知らねぇかもしれねぇが乖離魔術を使う時にコアパーツとして魔力を蓄えたニトロライトを使うんだ。宝石の大きさが範囲の広さに直結すると言っていい。それで魔術を発動させた後、溜めた魔力と一緒にそのニトロライトの塊が砕けて飛散する」
それで大量のニトロライトの出来上がりだ、とアダムスは溜息交じりに笑う。
つまり地下に散乱していた宝石は乖離魔術を使った後の残り香であったのだと。
「そんな魔術があるだなんて……知りもしませんでした……」
「無理もねぇ。滅多に使われた話なんて聞かねぇし、そもそも大型のニトロライトは超高額でな。山一つ買えるぐらいの金が必要なんだよ。誰もそんな金出してまで魔術使おうとは思わねぇだろ?」
「でも今回は使われた」
レイズは静かに呟いた。アダムスはその呟きに心情の変化を感じる。
「……そうだ。本来使われるはずもねぇ状況で使われるはずもねぇ術が使われた。それも恐らく相当な高位魔術師によってだ。それだけの価値と意味がその状況にあったと考えて普通だ」
おかしな夜に起きた、おかしないくつかの事柄が、噛み合わないパズルのようにバラバラと置かれているような感覚。一つ一つは大きな存在なのに奇妙なほどに噛み合わない。大きな影が動いているのにその正体がまったく見えてこないのだ。
レイズは情けなさと微かな怒りを噛み締める。
「続けるぞ。そんで次、いよいよお前の言っていた松明だが――」
「ちょっと待って下さい!」
「?」
話を進めようとしたアダムスをレイズが慌てて遮った。
「俺の落ちた空洞が何者かによって開かれた可能性があることはわかりました。でもそこへ落ちたのは俺のせいです! 背後からのベアウルフの襲撃に気付かなかった俺の油断が……!」
「地上に出た時に首元を咬み付かれて引き吊り落とされたことか?」
「そうです! いくら操られていたと言っても下半身を失ったベアウルフでは思い通りに動かせない。高度な魔術や魔術師を使った謀略にしてはあまりに無計画過ぎる……!」
そこまでの物を用意しておいて最後の詰めに死に掛けの魔物など使うはずがない、と彼は言っているのだ。
アダムスは彼の首元に目線を当てると、ゆっくりと呟いた。
「……お前首元見せてみろ」
「……え?」
「咬まれたとこ見せてみろって言ってんだ。早くしろ」
急かされた彼はシャツを緩ませ首に手を這わせてそして――止まった。
手には傷跡どころか包帯に触れる感触もなかった。振り返って見てもそこに傷を負った形跡は無い。
「え……そんな、どうして――」
「レイズ」
アダムスが乾いた眼で睨み付ける。
「それ、本当にベアウルフだったか?」
息を呑みただ黙ってアダムスに向く彼の目は、脅えているように見える。
「どういう……意味ですか?」
「お前の言う通り、こんだけ手の込んだ最後の詰めを死に損ないの魔物に任せるなんざイカレてる。魔術師本人が直接手を下すか、あるいは――」
「――あるいは?」
「魔術師が何かに化けてお前を引きずり落としたか」
彼の頬を一筋の汗が伝う。
自分とロゼが死にもの狂いで越えたあの鉄屑の嵐を、羽根も備えていないただの魔物が越えられるか?
咬まれた時、痛みや出血があったか?
もしあの大きさのベアウルフに首を咬み付かれていたならば、俺は生きていたか――?
彼は息をするのも忘れていた。
「……あの時、すぐ後ろに居たんだ……誰かが……!」
「執行官に顔を知られたくねぇ奴なら尚更そうするだろうな」
記憶の中のベアウルフが、段々と人の影に変わっていく。手が生え、脚が出て、そして顔が――。
掻き消すようにして首を横に振った。あくまでも憶測なんだと彼は自分に言い聞かせる。




