ショートシルクハット
替えのコートを羽織り部屋を出たレイズは、赤絨毯の通路を進むと一つのドアの前で立ち止まった。黒塗りの扉には趣味の悪い髑髏のドアボードが飾られている。
ベルルの部屋だ。
「静かにだったな……。入りますよぉ」
ロゼの忠告通り、小声で呟きドアをゆっくり開けるとそこには――。
「――――は?」
まさかの状況に思わず声が出てしまった。
救出した少女シェリアが上半身裸でうつ伏せになり、その上にキャミソール姿のベルルが馬乗りになっている状況など一切予測できていなかったのだ。シェリアの豊満な胸が上に乗られた重さでシーツに押し付けられ、横に大きくはみ出てしまっている。
二人のあっけにとられた目線が彼の瞳に刺さり、彼の目線もまた二人に向いている。
「きゃ…きゃああああああああぁぁぁぁ!!!」
「お前もかこのドエロこらぁぁぁぁああ!!!」
一瞬にして顔を真っ赤にしたシェリアは恥辱の叫びを上げ、ベルルはどこから取り出したのか数本のダガーを罵声と共に投げ付けた。
ベルルの言葉から自分以外にも運の悪い人間がいるのか、と思ったが一瞬でとある人物のへらへらしたニヤけ顔が脳裏に浮かび上がり、自分とは違う意図した確信犯である事を察した。
「ごめんなさい! そんなつもりじゃなくて!」
手前に置かれていたクローゼットの影に隠れた彼は、響く震動に耐えながら必死に弁解する。そこで一つハッと気が付いた。脳裏に浮かんだ確信犯の男は、自分に静かに入れと念を押していた、と。
「くっそぉロゼさんに嵌められたかぁ……!」
頭の中でけらけらと笑うロゼに歯を食いしばりながら怨念を送っていると、当のロゼがドアを勢いよく開け放ち登場した。
「かあああああレイズやっちまったなぁ!! お前はそういうとこ脇が甘ぇんだよ!! ほんと騙されやす――」
「お前もなにちゃっかり入って来てんだ死ねボケがぁああああああああ!!!!!!」
横で笑ったロゼが一瞬にして奥に引きずり込まれ、数回の打撃音と嗚咽する声が聞こえた後ガラスが勢いよく割れる音が部屋に響いた。
不気味な静寂が訪れる。
「……あのぉ~」
「せい!」
確認せずに顔を出したのが間違いだった。飛来した白い円盤状の飛び道具、一般的にお皿と呼ばれる物は見事彼の額を捕らえ、病み上がりの身体は皮肉にも治療した本人の手によって再び怪我人に戻されたのであった。
「ノックぐらいしてよね! あと変な勘違いもやめて!」
額に白い包帯を巻いたレイズがベルルにお説教を喰らっている。
彼女はすでにいつもの執行服姿に戻っていたが室内が暖かいため黒いコートだけは脱いでいた。ロゼから静かに入れと指示された経緯は、いろいろと話がややこしくなりそうだったので伝えないことにしておいた。
「ごめんなさい……。まさか二人があんなことしてるなんて……」
数分前の出来事を思い出して再び顔を赤くしてしまう彼の頭に軽いチョップが飛んできた。
「妄想も禁止!!」
ぐぬぬ、と申し訳なさそうにしている彼を横目に、薄手のローブを着た赤面のままのシェリアが両手を胸元に押し付けてボソッと意味深に呟いた。
「また見られちゃった……」
「ご、ごめん! ほんとにわざとじゃな――」
「またぁ?」
背後から響いた殺気を孕んだ声に、彼はビクリと身体を震わせながらゆっくりと振り返る。そこには右手でダガーをくるくると弄ぶ、澄んだ目の悪魔が今にも飛び掛かってきそうな様子で身体をふらふらさせていた。
「お、落ち着いて! お願いですからダガーを置いて! そのふらふらも収めてください!」
「……はぁ。別にレイズがどっかのクソ変態クソノッポと同じなんて思ってないよ。でも次からは気を付けてよね!」
クソって二回も言った、と心の中で呟いた彼は、割れた窓の先へ消えていったロゼを本気で心配しだしている。
「ロゼさんは…………ここ三階だったと思うんですけど?」
「シェリアちゃん脈見るから手首出して! マッサージの続きも後でするからね!」
もう済んだ事については無駄な掘り下げをしない主義なのか、完全無視の彼女はベットに座るシェリアに寄り添い脈をとりだした。
レイズは恐る恐る日と風が差し込む窓の外を見下ろしてみると、十数メートル下の芝生の庭に金髪ヘッドバンドの男がピクピクと痙攣しながら伸びている、なんとも情けない光景が目に映った。
そしてそこにはもう一人、ロゼの傍らでしゃがみ込み木の枝で彼の頭部をつんつんと突いているショートシルクハットを被った小柄な少女が目に留まった。
獣毛の付いた黒いコートに身を包んでいる。執行官の風体だ。
その少女は頭上のレイズに気が付くと、頭を突くのを止めこちらに向かって木の枝を持った腕をぶんぶん振り始めた。癖の強い白髪のツインテールが風に揺れ今にもショートシルクハットが飛んでしまいそうだが少女は気にも留めず、ひたすら腕を振っている。
彼がぎこちない表情で手を振り返すと、それを確認した少女は再び伸びたロゼの頭を枝で突きだした。
「どうかしたの? しっかり死んでた?」
平静な様子でとんでもないことを問うベルル。
「あぁっと、ロゼさんの容体はわかりませんが下にぺスさんがいたので……」
「ぺッスン帰ってきてたんだ! 本部の人と出て行ったまま帰ってこないって聞いてたから心配してたんだぁ!」
「本部の人……?」
首を傾げる彼を横目に明るい表情を咲かせたベルルは窓辺に駆け寄った。
眼下の少女に手を振ろうとしたその時、突如ベルルの前に姿を現したのはぺスと呼ばれた執行官ではなく先程まで下でのびていたロゼだった。
「ベルルこらぁぁぁぁぁぁ!!!!! てめぇ殺す気――」
「お前じゃない!! 失せろクソ野郎!!」
頭部から血を撒きちらしながら飛来したロゼの怒鳴りも聞き終わらないまま、ベルルは腹に回し蹴りを御見舞いした。
何かが軋んだ嫌な音と共に再び落ちていくロゼは、落下点に居たぺスと呼ばれた執行官に受け止めるよう助けを求めたのだが、ギリギリのところでぴょん、と横に躱され芝生に打ち付けられてしまった。
少女は再び落下したロゼの隣で無意味にぴょんぴょんと跳ねている。
その先輩執行官三人が織りなす壮絶な惨劇を目の当たりにした二人は唾を飲み、シェリアはこの場所で何かおかしなことをしないようにと、そしてレイズは二度と同じ過ちを繰り返さないようにと心に誓ったのであった。




