血の海に沈む
レイズは折れた両腕に顔を埋めるようにして倒れていた。
ステッキの一撃により風穴を空けられた肺が限界を迎え、荒い呼吸を繰り返す。
「や……やったのか……? 本当に……あのプギーマンを……」
咳き込む彼の腕に、なにか生温かいモノが触れ、呑まれていく感覚があった。
顔を上げるとそこには真っ赤な鮮血が。
自分の血ではない。それは両断したプギーマンのシルクハットから溢れ出した大量の血の波であった。
まるで泉のように湧き出たそれは、レイズの全身を浸し広間全体を赤く染めていく。
「これほどの量が詰まってたのか……。本当に、何が何だか……」
彼は折れた両腕を力任せに動かし、這いながらドブ川の水のように流れる血を辿る。
身体を起こししゃがみ込むと、源泉に眼を落とした。
倒れたプギーマンのシルクハットから、ぼこぼこと音を立てて鮮血が湧き上がっている。
「……化け物が。ざまあみろ――」
その時、レイズの両腕に焼け焦げるような激痛が走った。中の血液が沸騰し、神経が焦げるような灼熱の痛みが。
「があああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
前屈みに倒れ、頬を血の川に沈め悶絶する。
「く……黒鎖の空中展開と同時行使……さすがに無茶をし過ぎたか……!」
それは神の力の異常行使からきた反動だった。
片腕にした使用を許可されていない候補官による空中展開。そして五本の黒鎖の同時行使。゛天才゛と呼ばれる執行官が行うような芸当を、プギーマンを欺くために致し方なく行使した。
明らかな力の逸脱、オーバーヒートなど可愛く思えるほどの馬鹿げた攻撃だった。
しかし――。
「こうでもしなきゃ俺が死んでた……。なあ、そうだろ? 化け物」
高度な戦闘能力で学習するプギーマンを仕留めるには知られている攻撃では駄目だった。意表をついた、意識外からの一撃で仕留める他なかったのだ。
諦めたと見せて油断させ、手元からしか放てないと《《知っていた》》攻撃で背後を取る。
ブラフが相手に隙を生ませ、不可能な攻撃が実を結んだ。
「臭い芝居打たせやがって……。お前が間抜けで、本当に助か――」
「フ……プギ」
「?」
右手の甲に、何か柔らかいモノが触れる感触があった。
綿毛のように柔らかく絹のようにスベスベとしている。
軽く感じるのに分厚くしっかりとした生地。
――まるでぬいぐるみの様――。
レイズは目を見開いた。
暴魔の掌に、握られていた。
血の泉に浸かったにやけ面が、こちらを向いていた。
「イギィィィィィィィイイイイ!!!!!」
咆哮が広間を揺らし、広がる血を波立たせていく。
――何故だ?
おかしいじゃないか――。
急所を、心臓部を破壊したんだぞ――。
生命の要を断たれれば、生きとし生ける者は必ず死を遂げる。
人間だろうが、生物だろうが、あるいは神だろうが。変わらない筈だ。
こいつはなんなんだ?
神の引いた一線を軽々と踏み越えるこいつは。
凌駕し、超越するこの化け物は何なんだ。
「あ……あああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
レイズの防衛本能が一瞬にして爆発した。
プギーマンは今、急所以外を再生したほぼ完全体。このまま暴れられればどうなるかなど、彼には分かりきっていたのだ。
「この……化け物があぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
レイズは倒れたプギーマンに馬乗りになり、ひたすらにやけた顔面を折れた両腕で殴った。
骨が軋み、再び灼熱の痛みが押し寄せてもやめない。感覚など疾うに失せていたが、それでも彼は吼え続け、力のままに拳を打ち続けた。
本来勝てるはずの無い相手。自分の無知を後悔しながら戦い続けた。自分に有利となるような事象も起き、結果的に致命傷を負わせることも出来た。
そこまで来て、こんな死に損ないの化け物に、やられてたまるか。
全てを糧に戦ったこの俺が。
「やられてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「レイズくん!!!」
声は確かにその男の名前を呼んだ。
先ほどまで轟々と響き渡っていた憎い咆哮とは全く違う、力強い声。
レイズは振りかざす両腕を止め、声の方を向く。
そこには戦いの前に逃がした少女シェリアと、黒衣を纏った二人がいた。視界がおぼつか無い中ではっきりと姿は見えなかったが、確かにそこに彼らは居た。
その瞬間、恐怖に震えていた全身が弛緩して力が解けていき、彼はすでに絶命していたプギーマンに被さる形で倒れこんだ。
安堵の中で意識が霞み、耳元に忙しない足音を感じる頃には深い眠りの海に落ちていたのだった。




