暴魔戦⑤
口に入った土を吐き出すように咳き込みながら、レイズは広間に這い出た。
流血した頭を上げると広間の中心で全身血まみれのプギーマンがステッキを突いて立っているのが見える。這い出た彼の姿を見つめるプギーマンはどこか嬉しそうだ。
「なんだ、待っていてくれたのか? 紳士なやつだ」
プギーマンは嗤う。自分はまだ余裕だと言わんばかりに例のシルクハットを右に左に振っている。
そのシルクハットを注視したレイズは確信した。
――やっぱりだ、あのシルクハットには被弾の跡や切り傷どころか、生地の破れ一つない――!!
全身が傷だらけなのに対し、シルクハットには一切の外傷がない。
偶然ではない。これは間違いなく――。
荒い呼吸を繰り返すレイズは伏した身体を起こし、立ち上がる。
――意図的だ。奴は故意にあそこを守りながら戦ってる――、と。
「ステッキを自在に操れるなんて知らなかったよ。もしかして、まだなにか隠し玉があったりするのか?」
「プギャハハハ!!!」
「……どうしてお前は笑っていられる? そんなボロボロの身体で、なんで余裕でいられるんだ? 理由があるなら教えてくれよプギーマン」
迷ったようにステッキで地面をトントンと突くプギーマンは、出し惜しみしている子供の様だ。
「興味本位で言っているだけだよ。なにもしないからさ」
折れた右腕をアピールするように両手を軽く広げて見せる。
喜んだ様子のプギーマンは一鳴きすると、その穴だらけの顔面をカクンと上に向けた。
次の瞬間、ボロボロになったにやけた口元にぽっかりと穴が開いたかと思えば、空気を吸い込み出した。吸引は段々と強くなっていき、まるで竜巻のように風の螺旋を生み出していく。
風の渦が広間全体に広がり、瓦礫を転がし土煙を立たせていく中、プギーマンの穴に吸い込まれていくのはそんなガラクタではなかった。
それは血。
床に溢れた、壁にこびり付いた、身体に付着した自分の血を吸い込んでいるのだ。
赤い粒子が風に乗って穴に吸い込まれていく。
目の前で起こる意味不明な現象を、風に髪を靡かせたレイズはただ放心したように見つめていた。
そして穴が閉じ、吸引が終わった。すると――。
「プギャ!!!」
レイズは息を呑み驚愕した。
右腕が、彼が切り落とした筈の右腕が付け根から飛び出すように復活したのだ。腕だけではない。穴だらけの顔面が、千切れた首元が、ボロボロの身体が仕立て直されるように大きな縫傷を残しながら再生していく。
「プーギャプギャ!」
復活した右腕をグルグルと回しながら、プギーマンは眼を丸くしたレイズに向く。
その出鱈目な顔は戦いが始まる前と全く同じだった。
ものの数秒の間に全ての傷が、レイズが死にもの狂いで与えた攻撃が無かったことになっていた。
「……はは。はははは」
目の前で起きた現象に彼は苦笑いを浮かべる。
「……すご……いな。そんなこともできるのか……。それは、笑っていられるよな……」
心此処に有らずといった感じで落胆しきった彼は、ベルトにぶら下がったフォルスターに震えた手を伸ばす。
「――俺はもう」
戦いを予感しステッキを構えたプギーマンであったが、その先端は直ぐに降りることとなった。
なんとレイズは、二丁の神槍を広間の床に放ったのだ。
「なにもできない。俺の負けだ、プギーマン」
全てを諦め切った表情を向け、彼は少しだけ笑みを浮かべていた。
「俺じゃお前に敵わなかったんだ。最初から分かってはいたけど、やっぱり無理だった」
レイズは床に両膝を付き、ぐったりと頭を垂らす。
「もう銃は握らない。諦めるよ、だから――」
目を瞑る彼の左腕に、衝撃が走った。
鞭のように振るわれたその正体はプギーマンの持つ黒いステッキ。十数メートルに伸びたそれが広間の中央に立つプギーマンから振るわれたのだった。
今まで繰り出されることのなかった隠し玉がまた露わになる。
それは゛手加減゛をやめた証拠。敵を遊び殺す暴魔の習性が遂に――。
「プギャアアアアアアアアアアアアアアハハハハハハハッッッ!!!!!」
局面に至った瞬間であった。
またも広間の床を転がった彼は暴魔の絶叫の中で痛みに悶絶し震えていた。
左腕の上腕部が赤く腫れ上がり、本来曲がる筈のない方向へ曲がっている。
彼の両腕はへし折られた。
すでに武器を握ることはおろか、拳を握ることすらも叶わない。
プギーマンの嗤い声と足音が近付いて来る。
次は何をされるのだろうか――、恐怖に震えた彼は伏した顔を上げ、叫んだ。
「た……助けてくれ!!! もういいだろ!!!」
プギーマンは足を止め、首を傾げる。
「俺の負けだ!! もうお前を傷つけないから! 見逃してくれ!!」
折れた両腕を震わせながら身体を起こし懇願する。
今にも泣きだしそうな顔を向けられたプギーマンは構わず嗤い続けた。
煽るように、ゆっくりと彼に近付いていく。
「く……来るなっ! 近寄るな!! 人の言葉が分かるんだろ!?」
両手を付き、叫ぶレイズはプギーマンを見た。
にやけた口元に皺が寄り邪悪に震え、吊り上がっていた。
この瞬間を心待ちにしていたように、落書きの顔面が震動している。
「謝ってほしいなら謝るから……! だから、だから……!!」
一歩。
また一歩。
彼の思いなど無視して近付き、遂に。
「お願いだ……。助けて――」
レイズを眼下に収めた暴魔は撲殺のステッキを振りかぶり――。
「プギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
そして――止まった。
何が起きたのか分からない様子のプギーマンは、首を振りながらその出鱈目な眼を左右に向ける。
プギーマンの四肢には黒い鎖。
背後に展開された四つの魔術陣から伸びたそれは、絶頂する暴魔の身体を拘束し、放さない。
「――遂に捕らえたぞ、プギーマン。いくら強くてもやっぱりお前は間抜けだ。最初に言ったこと、もう忘れたのか?」
地面に付く彼の両手にも魔術陣。薄らと笑みを浮かべた顔を上げる。
「この広間はお前の処刑場。お前は見事、死の十三階段を登り切った。間抜けなお前に、この神聖な場所の名を教えてやるよ。そう、ここは――」
「――プギャ?」
罪人を看取るように、告げた。
「ギロチン台だよ」
次の瞬間、プギーマンの頭上に展開されていたもう一つの魔術陣から黒鎖が振るわれ、先端に掴まれていた有明月の暗器がシルクハットを刈り取るように両断した。




