暴魔戦②
暴魔の拳とレイズの暗器が交差する。
レイズは一瞬の隙も無く暗器を振るい体術と織り合わせ攻撃を、プギーマンは予測できない動きで彼の攻撃を躱しつつ撲殺の一撃を狙っている。
未だプギーマンの動きは俊敏であったが、少なからず身体にダメージが溜まっているのは確実だった。
明らかに動きが遅くなってきている。
倒れないとはいえ顔面がボロボロになるほどの弾丸を撃ち込んでいるのだ。多少のダメージが入っていない訳がない。
一瞬の油断も許されない戦いの中、目の前の個体についてレイズは考えていた。
普通の人間なら何回命を落としているか分からない程の攻撃を受けながらも立ち上がるこの化け物は何なんだ――と。
レイズの頭上を焦げた腕が高速で通過した。寸前で屈みこんでいなかったら今頃は一階の広間を転がっていただろう。
――焼いても意味がなかった――爆弾も、顔面をいくら潰しても死なない――。
まるで分からないことだらけの化け物だが、一つだけ確かなことがある。それは――。
レイズは片手で黒鎖を放出した。至近距離での放出であったがプギーマンはまるでそれを知っていたかのように避けて見せ、彼の胸元に入り込み脇腹に手刀をめり込ませた。
レイズは背中から長椅子に突っ込んだが、直ぐに立ち上がり二刀の暗器を構える。床に血を含んだ唾を吐き出すと、再びプギーマンに向く。
――それは、学習能力があることだ。それも短時間の戦闘で相手の攻撃を完璧に見切るほど高度な能力が。
先ほどのプギーマンが黒鎖を振るった一幕などまさにその表れだった。
プギーマンは黒鎖がレイズの身体に繋がっていて、なおかつ瞬間的に解除したり、手足のように操れない事を知った上であのような攻撃に出たのだ。そして今、ほんの少しの手の動きだけで黒鎖の放出を予測し完璧に回避した。銃撃も同じように、喰らったところで対したダメージにならないからあえて避けずに突っ込んできたのだろう。
――一度で見切って二度目に回避、か――同じ手は通じないな――。
「見かけによらず頭が良いんだな。見直したよ」
「プギャプギャ」
荒い息遣いのレイズの前で、プギーマンは照れたようにボロボロの頭を掻く。
人の言葉を理解できるほどか――と、レイズは苦笑いを浮かべ、嗤うプギーマンに再び切りかかった。
左右から繰り出された剣撃をひらりと躱したプギーマンは流れるように回し蹴りを放つ。鞭のようにしなる長い脚をバックステップでギリギリ避けたレイズは再び突進。身を低くして下方向から切り上げるようにして暗器を走らせるが、プギーマンの白い両手が彼の両手首を掴む。
ゴムのように重く、そして太い綱で締め付けられているような握力に骨がミシミシと軋んでいる。
「ぐっっ!! 放せ……!!」
レイズは右足に蹴りを一閃。
よろけたプギーマンはバランスを崩したが、彼の両腕を放すことはなくそのままゴミでも放るようにして投げ付けた。
柱に激突した彼は身体を震わせながら起き上がろうとするが両腕が麻痺していて思うように動かない。顔も上げることができず、ただ自分の血が滴り落ちる床を朦朧とする意識の中で見つめているだけである。
プギーマンの繰り出した蹴りはレイズを壁まで吹き飛ばし、レイズの放った蹴りはプギーマンのバランスを少しだけ崩す程度。
それが執行候補官レイズとにやけ面プギーマンの単純な実力の差だった。
「プギャハハハ!!!」
またあの嗤い声だ。
耳にした者を絶望のどん底まで叩き落とす暴魔の声。
結局ダメなのか――、俺ではこの化け物に勝てないのか――。
――なにかないか、なにか――。
その時、レイズの混濁した意識の中に一筋の光が差した。
――奴はさっき、俺の攻撃を《《躱した》》――、と。
銃による攻撃に大した防御もせず突っ込んできた化け物が、刃による攻撃は掠ることも無いように回避していたことに気が付いたのだ。攻撃の拳を防御に回してまで斬撃を嫌った。その理由は他でもない。
――奴は斬撃に弱いんだ――本当にそうか――?
震える頭を上げ、眼前のプギーマンを見つめる。すると――。
「!!!」
なぜ今まで気が付かなかったんだと、レイズは自分自身に呆れかえった。
彼が注目したのは血。
人間との唯一の共通点である「傷を負うと血が流れる」ことに疑問を覚えたのだ。
――頭をあれだけ撃っても死なない時点で、人間や他の生物とはなにもかも違う。
――見た目や動きから察するに骨や臓器も無いのだろう。
ただ、血液だけは体内に巡っている。
その共通点。
「臭うな、なんか……。腐った臭いがする」
そう、プギーマンは斬撃に弱いのではない。
血液を大量に出血する攻撃に弱いのだ――と。
その証拠に穴だらけになったプギーマンの顔面は血が止まりだしている。
顔面の綿を圧縮し。止血しているのだ。
「確かめてみるか――」
レイズは柱に背を擦りながら立ち上がった。
右手を突き出し、避けられると分かりきっている黒鎖を放出すると、案の定プギーマンは前方に跳び回避し、そのままレイズ目掛けて跳び蹴りを放つ。
寸前で横に跳んだ彼は柱を崩壊させるプギーマンに刃を走らせる。だがこの攻撃もプギーマンが背中を大きく背後に曲げたことにより空を切った。
背骨というものが有るならまず不可能な動きを見せたプギーマンは高速で迫る物体に感付いた。
レイズが高速で引きもどした黒鎖の先には木製の長椅子が掴まれていた。
柱と長椅子に挟まれる瞬間、プギーマンはバネのような脚力で空中に飛び跳ねる。
レイズはここだとばかりに両手の暗器を頭上のプギーマンに投げ付けた。一本は胸に、もう一本は腰に刺さる。
「プギャ!?」
プギーマンは動揺したように腰の暗器に手を掛け引き抜いた。そして胸の暗器にも手を掛けようとした瞬間――。
「そこだ!!」
目の前を眼下から放たれた黒鎖が通過。天井に繋がると巻き上がるようにしてレイズが現れる。そして高速で上昇する彼の手は胸に刺さった暗器の柄に触れ、それを握った。
「プギャアアアアアアアアア!!!!」
瞬くような一瞬の間にプギーマンの胸から右肩辺りまでが暗器により裂かれた。レイズの腕力だけでは力が足りずとも黒鎖の収縮力を利用すればその力は何倍にもなる。
血をまき散らすプギーマンの頭上で笑みを浮かべるレイズ。更なる追撃を試み天井を蹴ってプギーマンに接近するが大きな傷を負い怒り狂った暴魔はそうやすやすと攻撃を受け入れてくれない。
「プギャアアアァァ!!!!」
飛来したレイズの首を千切れかけた右手で掴むと、長い脚で腹を蹴り上げた。
彼は血を吐きだし、衝撃で暗器を手放してしまう。が、その時彼は確信した。
――先ほどまでの蹴りとは威力がまるで別物だ。この化け物の力は体内の血液量に依存している――と。
「があああああああああ!!!」
決死のレイズはブーツの中で右足の指先を動かした。するとブーツの横部分から銀色に光る刃が現れる。
隠しナイフ。
プギーマンが知る由もない、不意の一閃がプギーマンの右腕を付け根から両断した。
爆ぜるように溢れ出た血を前にレイズがニヤッと笑う。
その笑みがプギーマンの暴力性を爆発させた。
「プ……プ……プギャアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
大気を震わせる咆哮を放ったプギーマンは怒りに震え、全身を覆う生地は捻じれて破け綿が飛び出した。
そして眼にも止まらぬ光速の蹴りが砲撃音と共に放たれた。
空間ごと抉り取るようなその蹴りはレイズの脇腹に直撃。
例えようもない、圧倒的な破壊圧。
消えるようにして吹き飛ばされた彼は一階の広間を越え薔薇のステンドガラスを突き破り、奥の空間に消えた。




