真紅の瞳
「キミ大丈夫か!? 返事をしてくれ!!」
レイズの腕の中で横たわる少女は眉一つ動かす様子がない。肩を揺すっても気が付かず、髪や真紅の布がゆらゆらと揺れるだけである。
布が緩み胸元がはだけそうになるのを見たレイズは、慌てて身体を離すと少女の全身に眼を移した。
セミロングの癖のある黒髪に透き通る様な白い素肌。頬骨から顎に続くラインがくっきりとした輪郭を作り上げており、目を閉じていても整った容姿であることが見て取れる。身体には真紅の布が雑に巻かれその上から体を裂くように黒い鎖が走っており、肉付きの良い肌が布の隙間からはだけてしまっている。布の上からでも胸部と臀部の膨らみが大きなものであると見て取れ、肉付きの良い身体と相まって魅力的な女性のシルエットを前に、レイズは少しだけ頬を赤らめてしまった。
反射的に少女の身体から目を背けてしまった彼だったが右手で自らの右頬をぺちぺちと二回叩き、少女の左手を掴み、手首に指先を添える。目を瞑ると直ぐに当てた指先から一定の震動が波打って伝わるのが感じられた。
「脈がある……! この子、生きてる!」
少女の存命を知ったレイズは表情を緩ませ、安堵のため息を吐いた。
なぜこんな地の底に吊るさせていたのか、そもそもどこから来たのか、わからないことだらけだがとにかくこの少女は生きている。その事実が暗闇の中で一人ぼっちだった彼の心を少しだけ癒し、和らげていった。
「君! おい君! 大丈夫か!? 声、聞こえるか!?」
彼は再び眠る少女の両肩を揺らしながら大声で呼びかける。静寂の広間に声が数回響き渡った時、少女の口から微かに、だが確かに声が漏れた。
「……ん……ん、」
「!! おい君! 大丈夫か!? 眼を開けてくれ!」
レイズの呼びかけに答えるように、少女の瞼がゆっくりと上がっていく。
紅い。
真紅と言っていいほどに紅い、宝石の様な瞳が二つ、顔に埋め込まれていた。
「ん……ここ……は……? わたし……は……?」
「気付いた? 目、見える? 自分の名前わかるかな?」
真紅の瞳に一瞬だけ見惚れてしまったレイズはまだ意識の虚ろな少女に問いかける。
「な……まえ……。なまえは……」
「シェリ……ア……」
虚ろな声でそう呟いた少女は薄目でレイズに向いた。
「シェリア? それが君の名前?」
「う……ん……。あなた……は……? だれ……」
自らをシェリアと名乗った少女は問う。少しずつ意識と臚列がはっきりとしていっているのが感じられた。
「俺はレイズ。レイズ=エルトリアス。執行官だよ」
「レイ……ズ……。執行……官……? きゃっ!」
そこまで言うと少女――シェリアは自分が裸に布を巻いただけの無防備な格好で男の膝の上に収まっている事に気が付き、顔を真っ赤にしながら飛び上がるようにしてレイズから離れた。
「ああ! これはちがっ! 君が傷付かないようにする為に仕方なく!」
両掌を振りながら慌てて弁解をするレイズだったが、シェリアの疑惑と嫌悪感で満ちた目線を受けて「ごめん」と素直に謝ることにした。
真紅の瞳に薄らと涙を浮かべ座り込む彼女は、ムムムと攻撃的な目付きで観察しているが、両腕は大きく膨らんだ胸を布越しに抱きしめるようにして抑えつけている。
かなり警戒されているらしい。まあ当然なのだが。
眠っている時にも感じたようにシェリアの顔立ちは整っており、瞳はくっきりとした垂れ目の中に納まっている。乱れた癖のある黒髪が顔や肩に掛かり、よりレイズは艶めかしさを感じてしまった。人が行き交う町で彼女が歩いていたら誰もが振り返ってしまうほどの端麗な美少女であるだろう。
「……あなたが私を脱がせた……の?」
「ち、違う! 断じて違うって! 君がその格好で天井に吊るされてたから、俺がおろして介抱してたんだよ!」
大慌てのレイズは先ほどまでシェリアが吊るされていた黒い鎖の垂れた天井を指差す。
「……吊るされてた……? ……私が?」
「……覚えてないの? 君はさっきまで――」
そこまで言うと、シェリアは突然頭を押さえ顔を伏せて苦しみだした。
「!! 君――シェ、シェリアさん!? 頭が痛むの!?」
レイズは詰め寄ると、声は上げずとも苦しむシェリアに呼びかけ、頭部に外傷が無いか確認する。
「……大きな傷は無いみたいだけど、まだ動くとまずいよ。ほら、これ」
そう言って彼は自分の着ていた黒い執行官のコートをシェリアの肩から被せてあげる。今のままでは薄着過ぎて身体に負担をかけてしまうし、なにより目のやり場に困ってしまうのだ。
「うぅ……、ありがとう。……あったかい」
痛みが引いたのか、段々と表情が穏やかになっていくシェリアは肩に掛けられたコートの両袖を両手で掴み、胸元に寄せコートに包まれ丸くなる。まるで小動物の様である。
「とにかく、今は安静にしないと。どこか痛むところ無い?」
「うん、頭はまだ少し変な感じだけど……大丈夫だと思う」
内に来ていた白いシャツに肩までしか生地のない黒い薄手のジャケット姿となったレイズは問いかけた。
「良かった。……シェリアさんは、どこから来たの? なんでこんな場所に?」
いくつもある聞きたいことの中から最も答えやすいであろう二つを選ぶ。
「……どこから……なんで……だろう……」
考える素振りを見せたシェリアだったがしばらくしても顔がはっとすることはなかった。
「……わからない……。私、私は――」
彼女の言葉はそこで止まってしまった。
「……思い出せない?」
「……ごめんなさい」
彼女の今にも泣きだしそうな表情を見つめレイズも問いかけを中断した。彼女を今質問攻めにするのはやめた方がよさそうだ。
「いいよ、大丈夫。まだ起きたばかりだから記憶が混乱してるんだよ。しばらくすれば直ぐに良くなると思うから」
一時的な錯乱状態だ、とシェリアを励ますと彼女から目線を外し今一度辺りを見回した。
さて、どうしたものかな――。
当初の目的通り薔薇のステンドガラスの裏側を探りたいところだが今はなるべく彼女の傍を離れたくない。幸い魔物の類も見当たらないこの広間では問題ないとも思えるが万が一ということもある。
そう思考を巡らせたレイズが最終的に目線を落したのは前方で輝くステンドガラスでもなく、ましてや目障りなほど大きな天秤でもない。
「一か八か、賭けてみるか」
そう呟きながら頬に取り付けた無線機に手を掛けるのであった。




