月明かりへ
左右を石壁で挟まれた幅二メートルもない程の通路を、脇腹を押さえながらレイズは歩く。
石の通路は一室と同じく苔や蔦が這っていたりしていたが、足元にも同じ様に細かな宝石の欠片が散らばっており道を照らす光源となってくれていた。
「……どこに続いているんだ?」
今になって考えてみればこの空間はいろいろとおかしなところがある。
彼はここに落ちる前、廃墟となった蒸気圧供給施設にいて不本意の転落により最下層であるこの石造りの空間まで落ちてきた次第だが、ここはどう考えても【蒸気圧供給施設】ではない。
地上にあったような設備や配管が設置されてもいないしそのような目的で使用された痕跡は皆無だ。それでいて左右の石壁には松明を灯していたと思われる黒く焦げた跡が残っている。
これではまるで。
なにかの遺跡みたいだ――、とレイズは感じていた。
通路は完全な一方通行だった。あまり考えたくはないが行く道が土砂かなにかで崩れ塞がっていた場合、それは死に直結する。
しばらく進むと更に下層へと続く階段に差し掛かかった。階段が右側にカーブしているところを見ると、どうやら螺旋状を描いているらしい。
先の暗闇に一瞬臆していたもののすぐに歩を進める。
今はそのような事でいちいち臆している場合ではないし足元に散らばる橙色の宝石が贅沢すぎる明かりを提供してくれている。が、その贅沢はいつまでも続かなかった。
階段を下るにつれて段々と明かりが乏しくなってきていることに気が付いた。
始めはいよいよ宝石の数が少なくなってきたかと思ったがそうではない。小石ほどの小さな橙色の宝石は先ほどまでと同じくらい足元に散らばっている。ではなにが原因なのか、足元の宝石の欠片を手に取ると顔に近づけ凝視する。と、とある異常性に感付いた。
「光が弱くなってる……? 消えかかってるな……」
空中に霧散するように、直視できないほど眩かった光が消えかかっていた。それがこの宝石の特性なのかは分からなかったが、足元に散らばった宝石すべての光が暗闇に吸い込まれるようにして消えていく。
期待外れだと言わんばかりに宝石を放ったレイズは、コートの内ポケットから棒状の物を取り出した。超小型の魔術炉を搭載したペン型の懐中灯である。
上部のスイッチを親指で押すと、暗闇の中にぽっかりと窓が開くようにして丸型の光が照らし出された。
これで一安心だ――、と胸を撫で下ろした直後にまた不可解な出来事が起こる。
付けたばかりの懐中灯の光がチカチカと点滅しだしたと思えば掻き消されるようにして消え失せたのだ。疑問に思い何回かスイッチを押したり先端を軽く叩いてみたりしたが懐中灯の光は一瞬点滅するだけですぐにまた消えてしまった。
「破損は無いけど……衝撃で壊れたか。こんな時に使えない……」
かなり丈夫な造りになっている執行官支給の魔導具も、転落の衝撃には耐えられなかったようだ。
苛立つレイズは内ポケットに懐中灯を戻すと、暗闇が支配する階段の先へゆっくりと降りて行った。
散らばる宝石はいつの間にか歩みを邪魔するただの石ころ同然の存在に成り替わっていた。足元を照らす程度の微々たる光さえ放出せずに転がったそれらはただただ邪魔なだけである。
辺りはすでに暗闇に沈み、レイズの目には手を伸ばした先も見えていなかった。
「今魔物にでも襲われたらマズイ……。早く明かりのある場所に出ないと……」
頬に一筋の汗が流れる。脇腹を押さえていた手は今やフォルスターに収まった神槍のグリップを握りしめていた。平静を装っていても手の震えだけは収まってくれそうにない。
暗闇が恐ろしかった。
得体も知れない化け物の喉奥に吸い込まれていく錯覚が意識を支配しようとしている。
レイズは左右に頭を振ると、荒れた呼吸を整えた。
乱れた心を抑えこみ、再び顔を上げると視界に変化が訪れる。
階段の下、螺旋の先が黄色くゆらゆらと照らされているのが目に入ったのだ。
彼ははすがる思いで明かりに近づいていくとその光の光源が壁に掛けられた松明の灯火である事を知る。まるで火を灯したばかりかと思わせる程にパチパチと音を立てて勢いよく燃え上っていた。
「なんでここに松明が? ……俺以外に誰かいるのか?」
最もな疑問だった。
そう、この松明はただ木片に炎を灯しただけの物。魔術の一切は使われていないということは、当然寿命は限られる。もって小一時間といったところのはずだがそれがこんな場所に都合よく用意されている訳がない。
この先に何かいる、松明を置いていった何かが――。
一瞬にして全身の血の気が引いた。一人ぼっちの恐怖感など比べ物にならない程の恐怖が全身を凍り付かせる。
俺が来る少し前に誰かが残していったんだ――、ということは。
「俺の存在に気が付いてる……。この先で待ってるのか?」
松明が掛けられた壁の奥から伸びた一本の通路を恐る恐る覗き込むと、その先には白い光が差していた。
空間に命を吹き込むような美しい輝きのヴェール。月明かりである。
レイズは両手に神槍を構えると、導かれたかのように震える足で光の中に入っていった。




