執行官の戦い
黒鎖に巻かれたベアウルフが地面に叩き付けられた。牙の隙間から唾液混じりの血を吐き出しながら弱々しい鳴き声を漏らす。黒鎖の主はレイズ、飛び掛ってきたベアウルフを空中で捉え逆方向へ投げ飛ばすようにして叩き付けたのだ。
地に伏せながらバタバタともがくベアウルフはすでに戦闘不能の状態であると思われるが、それだけでは終わらない。黒鎖に包まれたこの瀕死の魔物はすでにある役割を担わされていた。
「はああぁぁぁ!!」
レイズは三本の黒鎖が放出された右腕を薙ぎ払った。先端に巻かれたベアウルフは引きずられ、近くの数頭を黒鎖ごと巻き込みコンテナに叩き付ける。
「やるじゃねぇかぁ! あとぁ任せな!」
コンテナの前を駆け抜けたロゼは自身の黒鎖の中に覗かせた神槍を叩き付けられた三体に連射しトドメを刺す。それを確認したレイズもロゼを追っていた手負いの一体に銃弾を打ち込み絶命させた。
理想的と言える連携を見せるレイズとロゼ、それを実現しているのはやはり先ほど二人が放出した黒鎖による効果が大きい。
候補官となれば片腕に、政務執行官と認められれば両腕に使用を許可される、神槍に次いで執行官の持つ神具とされるのがこの黒鎖である。その使用方法は多種多様、単純に物や生き物を縛ることはもちろん、先ほどのように武器として使うこともできるし、鍛錬を重ねれば建物の突起を掴み街を飛び回ることもできる正に万能装備である。
だが当然、万能であるが故に欠点も多く存在する。それは――。
「危ねぇレイズ!!」
振り向いたレイズの頭上には黒鎖が迫っていた。先端にはコンテナ、ロゼが最初仕掛けた攻撃と同じ攻撃を行っている最中であった。
「っっと!!」
振り下ろされた黒鎖を間一髪で躱したが地面に叩き付けた際に生じた衝撃波で体制を崩してしまう。その隙をベアウルフは見逃さない。素早い動きでレイズに接近すると脇腹辺りに頭突き繰り出しそのまま押すようにして後方のコンテナに叩きつけた。
「ぐぅぅぅっっ!! この程度……!!」
かなりのダメージを喰らったレイズであったがその程度で身動きが取れなくなるほど柔な肉体ではない。咄嗟に腹に押しつけられたベアウルフの口に神槍を突っ込み、三連射を放った。
窮地は脱したが一歩間違えば命を落としていた局面。この状況に陥ったのは他でもない黒鎖の持つデメリットであった。
そう、執行官の扱う黒鎖はコントロールが非常に難しい。先ほどロゼはコンテナに黒鎖を巻きつかせハンマーを振り下ろすようにしてベアウルフに攻撃を仕掛けたが、ロゼがコントロールできたのはコンテナを掴むところまで。身体の遠心力でコンテナを持ち上げ振り下ろす時に黒鎖を解いたり方向を変えることができなかった為にレイズを危険に晒すこととなった。これは単純にコンテナの重量の問題もあるが、根本的な原因は黒鎖の操作性にある。
黒鎖は扱う執行官の力量により、その能力に大幅の差が発生する。
どれだけ黒鎖の動きをコントロールできるか、持ち上げることのできる物体の最大重量、放出できる黒鎖自体の長さと太さ。大きく分けてこの三つの能力が実力によって左右されるのだ。
黒鎖を扱うことに長けた執行官はそれこそ手足のように操ることができるらしいが、生憎ロゼとレイズはその〝天才〟には該当しない。現にレイズに至ってはロゼのように数百キロのコンテナを投げ飛ばす事などは出来もしない芸当だった。
「すまねぇ! ちょいと荒技抑えるか!?」
「問題ありません! 手を抜いていては切り抜けられない!」
「しゃあよく言ったぜ! 上手く避けろよ!」
ロゼは散弾銃式の神槍で一匹を仕留めると再び黒鎖を伸ばしコンテナを掴もうとしている。互いに黒鎖の持つメリットとデメリットを知り尽くしているため、ロゼも遠慮はせず、レイズも止めようとしない。それはこの状況がそれだけのリスクを犯さなけば優位に立つことができないと踏んでいるからそこであった。
ロゼにだけ頼っている訳にはいかない――、ロゼの様な荒業を真似ることは出来ないが彼は彼のやり方で攻撃を開始した。
まず眼前のベアウルフに黒鎖を放出すると回避しようとした前足を捉えた。そのまま黒鎖を引きずり戻しベアウルフを手の届く範囲に引き入れる。そうなればもう逃げる手立てはない。
眉間に弾丸を打ち込み絶命させるとその隙に新たな二頭が頭上から襲いかかった。片方には仕留めたベアウルフを黒鎖で叩きつけ、もう片方には神槍で対応する。が、どちらも仕留めるまではいかず軽傷を負わせた程度で終わる。
「くっ! 浅かったか!」
軽く舌打ちすると背後に飛んだ。
錆びついたコンテナの上に着地した次の瞬間、先ほどまでいた場所にコンテナが叩きつけられる。ロゼの荒技により片足に銃弾の傷を負ったベアウルフが絶命するがもう一頭はレイズを追いコンテナに飛び移っていた。先ほど仕留め損ねた一頭だ。
コンテナの上を飛び移るように走るレイズを手負いのベアウルフが追う。
走るレイズの目にちょうどロゼがコンテナを黒鎖で振り回し、隙を見て神槍で攻撃を繰り出している様が目に入った。あの黒鎖の元にいる存在がまさか人間であるとは全く信じられないような暴れ方だが、先ほどよりも周囲のベアウルフが黒鎖を警戒しているのも明らかだった。上手く攻撃を避けつつにじり寄っている。
――残りは十頭、日の暮れまではもう二、三十分。間に合うか――。
その時だった、背後から手負いのベアウルフが襲いかかりレイズを押し倒した。咄嗟に片手で首元を抑えなければ致命症を負わされていたことだろう。
「そういえばお前もいたんだったな。足が遅いから忘れてたよ」
そう笑って見せたレイズはもう片方の手をベアウルフの腹に当てると黒鎖を一気に放出した。
真上に飛ばされたベアウルフが空中で眼下を睨みつけた時、その眼には倒れながら銃を向けるレイズと光る銃口が映っていた。
頭上で鮮血を雨のように撒き散らすベアウルフを尻目に、再びコンテナの上を走り出し、コンテナ伝いにロゼの下に向かう。彼を囲うベアウルフを分散させるためだ。
すぐにレイズの存在に気がついた二頭が方向を変え向かってくるがそういう時にこそ隙が生まれやすいのは人であれ魔物であれ戦いの常だ。
コンテナより遥かに高い跳躍で襲いかかるベアウルフにレイズはニッ、と笑い腰を低くし頭を伏せると、その頭上を圧倒的な質量の何かが通過し、顔を上げた時には襲い掛かった二頭はいなくなっていた。ロゼの振るったコンテナが襲い来る二頭を一蹴したのだ。不意の一撃を食らった二頭はといえば向こうの方で弱々しく転がっている。息はあるだろうが身体中の骨が砕け立つことは不可能だろう。
「いい動きだぜ、レイズよぉ!!」
「あと七頭!! 何としても日暮れまでに終わらせます!!」
レイズはコンテナから飛び降り、残ったベアウルフの正面に着地した。ベアウルフ越しに右手に神槍、左手に黒鎖を弄ぶロゼが伺える。
ベアウルフ七頭を挟んだこの状況で何が最善の策なのか、眼前の群れを睨みつけながら考える。
生き残った七頭はすでに戦闘不能となったものより体が一回り大きい。おそらく群れの中でも他を従わせる存在なのだろうが、もうすでに子分はいない。つまりこの七匹は子分がやられるまで見に回り状況を分析していたということになる。
今までと同じ戦い方では読み取られる――。
きっと群れ越しにこちらを向くロゼの目線もそう伝えているのだろう。
一筋縄ではいかない――、通常の手ではない二の矢、三の矢を射る必要がある、例えばー
「――!!」
二人は同時に目を見開き、視線を合わせた。あれをやるか、とロゼの目線が言っている。レイズは軽く頷いて見せると思考を巡らせた。
どっちがやるか――、と。
数秒の沈黙ののち、レイズが腰からもう片方の神槍を取り出した。
それがロゼへの合図だった。
次の瞬間、止まっていた時計の針が動き出すように状況が一気に動いた。
まずレイズが群れを横切るようにして走り抜けコンテナ上に飛ぶと同時にロゼは胸ポケットに手を忍ばせあるものを取り出し、足元に叩きつけた。
煙幕だ。見る見る白い煙がロゼと群れの間に壁を作ると、ロゼの姿が見えなくなる。賢い魔物なら感づかれるレベルのバレバレの罠、無作為に飛び込んできたところを仕留めるつもりだと感じとったであろうベアウルフは煙幕を無視しレイズに標的を絞る。
群れのすべてがコンテナ上のレイズに襲いかかっていた。あるものは頭上から、あるものはコンテナを這い上がるようにして前方百八十度から猛襲をかける。が、レイズはそんな状況に陥ってもその場を動かない。何かを待つようにして神槍で四方八方から襲い来るベアウルフを牽制し足を留まらせるだけの反撃をしているだけだ。
そこにレイズが待っていたものが怒号と共に現れた。
「うらぁああああああああ!!!」
煙幕の壁を突き破って飛来したそれは、両手から伸びた黒鎖で何かを振り下ろそうとしたロゼだった。煙幕に包まれてはいるが先端に何が巻き付けられているのか、レイズはもちろん、ベアウルフも百も承知のことだろう。が、先ほどまでと違うのは距離感だった。このまま振り下ろせばそれをコンテナに叩きつけることになる、つまりベアウルフと共にレイズが巻き込まれる。
これがレイズとロゼが数多の策略の中から選び抜いたもの。
こういう状況下において最も単純かつ効果的な手段。
囮、だった。
だが当然、本当にレイズ共々ベアウルフを下敷きにする気などはなく、そこには今までの戦闘で付いたイメージの裏をかく一手が加えられていた。
ロゼが両手を振り下ろすのを見てベアウルフが左右に飛ぶと、空中のロゼがニヤッと笑った。真下に振り下ろすように見えた両腕は左右のベアウルフの頭上へ。
煙幕の壁を突き破りベアウルフたちの目の前に現れたのはそこにあるはずの物――コンテナ――ではなく、黒鎖の先端に括り付けられた丸型のチカチカと赤く光る何かだった。
魔術爆弾の存在をこの魔物たちは知らなかっただろう。ただ爆弾に銃口を向ける執行官は当然別だ。
「間抜けな犬が! 吹っ飛べ!!」
両方の神槍から放たれた弾丸は見事赤く光るランプに命中した。




