第五話 おかえり
「今日はこの辺にしておくか。」
エインがそう言うと、セレナも小さく頷いた。
「えぇ。今日は思った以上に歩かれましたから。」
僕も苦笑する。
「確かに、少し疲れたかも。」
「なら休憩だな。」
エインに案内され、訓練場の近くにある木陰のベンチへ向かう。
春風が心地よく吹き抜ける。
僕は腰を下ろし、小さく息をついた。
温かい食事が食べられる食堂。
心が安らぐ中庭。
力を高め合う訓練場。
思い出せない景色ばかりだったけど、この場所は確かに僕の居場所だった気がした。
「ノエルお兄ちゃーーん!!」
突然、元気いっぱいの声が響き渡る。
声のする方を向くと、小さな影が全速力でこちらへ駆けてきていた。
「シャロ!」
セレナが慌てて声をあげる。
その声に気づいたのか、小さな影は慌てて足を緩め、僕の目の前でぴたりと止まった。
金色の髪を揺らす、小柄で幼さの残る少女だった。
「ご、ごめんなさい……!まだリハビリ中だったもんね……」
その子はしゅんと肩を落とす。
その姿を見ていると、不思議と胸が温かくなった。
「大丈夫。」
気づけば、僕はそっと少女の頭に手を乗せていた。
柔らかな金色の髪を優しく撫でる。
「……あ。」
思わず声が漏れた。
どうして、こんなにも自然に手が動いたんだろう。
少女は目を丸くしたまま固まり、やがて嬉しそうに目を細めた。
「えへへ。」
猫みたいに気持ちよさそうに笑う。
「やっぱりノエルお兄ちゃんだ。」
その一言に僕は首を傾げる。
「紹介がまだだったな。」
エインが笑いながら口を開く。
「こいつはシャロ。黎明の翼の隊員だ。」
「シャロ・アストリアです!ノエルお兄ちゃんのこと、大好き!」
「そ、そっか。」
思わず頬をかく。
こんなにも真っ直ぐ好意を向けられると、少し照れくさい。
それでも自然と口元は緩んでいた。
「昔と変わんねぇな。」
「え?」
エインの言葉に首を傾げる。
「シャロの頭を撫でるのがお前の癖だった。」
「癖……?」
記憶にはない。
それなのに、さっきの仕草はあまりにも自然だった。
もしかしたら、体が覚えているのかもしれない。
「私、よく泣いてたから。」
シャロが照れくさそうに笑う。
「転んじゃった時も、訓練で失敗しちゃった時も、ノエルお兄ちゃんは『大丈夫』って頭を撫でてくれたの。」
そう言って、自分の頭に手を添える。
「だから……さっき撫でてもらえて、すごく嬉しかった。」
頬を赤らめながら、シャロは笑みを浮かべた。
「あの木、覚えてる?」
シャロが嬉しそうに中庭を指さす。
指をさした先には、中庭にそびえる大樹が見えた。
大樹について教えてもらったこともあった。
だけど、この子との思い出は何も思い出せない。
僕は首を横に振った。
「そっか……」
シャロは少し寂しそうな表情を見せる。
それでもすぐに笑顔を浮かべる。
「じゃあ、今度また一緒に登ろ!」
「え、登っていいの?」
「シャロ?」
「あ。」
セレナが少し頬を膨らませる。
「危ないからやめなさい。」
「ご、ごめんなさい!」
シャロは慌ててぺこりと頭を下げる。
「ふふっ。」
セレナが思わず笑みをこぼした。
「変わりませんね。」
「変わらない?」
僕が尋ねると、エインが肩をすくめる。
「お前がいて、シャロが騒いで、セレナが止める。いつもの光景だったってことだ。」
「そうなんだ。」
知らない過去を、また一つ知ることができた。
でも、不思議と嫌な気持ちはしない。
ふとシャロと目が合う。
「えへへ!」
シャロは満面の笑みを浮かべた。
「また鬼ごっことかもしようね!」
「うん。その時は負けないよ。」
「じゃあ、約束!」
小さな指が差し出される。
僕は笑って、その指に自分の小指を絡めた。
「約束。」
春風が優しく吹き抜ける。
シャロは嬉しそうに笑っていた。
その笑顔を見ていると、また一つ、この場所で思い出を作りたいと思えた。




