第六話 黎明の翼
「またね!約束だからねー!!」
元気よく手を振るシャロに、小さく手を振って返した。
「さて。」
エインがこちらを振り返る。
「最後に見せたい場所がある。」
「最後?」
「あの場所ですね。」
セレナが隣で微笑む。
「少し距離があります。ノエルさん、まだ歩けますか?」
「さっき休憩したから大丈夫だよ。でもどこに行くの?」
「それは……着いてからのお楽しみです。」
僕は首を傾げながらも、エインの後をついて行った。
──────────
暖かな春風が頬を撫でる。
鳥のさえずりを聴きながら、僕たちは緩やかな坂を登っていく。
訓練場から聞こえていた賑やかな声も少しずつ遠ざかり、代わりに風が木々を揺らす音だけが耳に届いた。
「結構登るんだね。」
「もう少しだ。」
エインは前を向いたまま答える。
「疲れたらすぐに言ってくださいね。」
「うん。」
ゆっくりと一歩ずつ足を進める。
坂を登るにつれ、木々の隙間から黎明の翼の屋根が見え始めた。
「着いたぞ。」
エインが道を開けると、眩しい陽の光が差し込み、目の前の景色を照らした。
思わず目を細める。
光に慣れるにつれ、目の前の景色がゆっくりと輪郭を帯びていく。
「……すごい。」
丘の下には黎明の翼の本部が広がっていた。
中庭の大樹は優しく枝を広げ、その周りには食堂や宿舎、訓練場が並んでいる。
さらにその向こうには、街並みが陽の光を浴びて静かに輝いていた。
今まで歩いてきた場所が、一つに繋がって見えた。
「昔のお前は、この景色が好きだった。」
エインは地面へ腰を下ろした。
つられて、僕もその隣へ腰を下ろす。
「どうして?」
エインは景色を見渡しながら、少し微笑む。
「全部見えるからだ。仲間も、街も、お前が守ろうとしたもん全部な。」
僕は黙ったまま、目の前に広がる景色を見つめる。
食堂。
中庭。
訓練場。
どれも今日歩いた場所だ。
どれも記憶になかった。
それでも──
その時だった。
ぐしゃっ。
「わっ。」
不意に頭を乱暴に撫でられ、思わず声が漏れる。
振り向くと、エインが悪戯っぽく笑っていた。
「難しく考えんな。」
「エイン……」
「思い出せなくても、お前はお前だ。」
その言葉に胸が少し軽くなったような気がした。
「もう……髪がぐちゃぐちゃだよ。」
エインが嬉しそうに笑う。
「昔もそう言ってた。」
「……そうなんだ。」
それ以上、誰も言葉を続けなかった。
春風が丘を吹き抜ける。
木々が静かに揺れ、遠くから鳥のさえずりが聞こえてきた。
僕たちはただ並んで、眼下に広がる景色を眺めていた。
「ここへ来ると、不思議と心が落ち着くんです。」
遠くを見つめながらセレナは微笑んだ。
「……昔の僕は、どんな気持ちでここに来てたんだろう。」
ぽつりとそう呟いていた。
エインは少し考えたあと、
「考え事してることもあったし、ただ昼寝をしている時もあった。」
そう言って笑った。
「お仕事帰りに皆さんでここに来ることもありましたね。」
セレナも懐かしそうに笑う。
二人の笑顔を見るだけで、ここが大切な場所だということがよく分かる。
「みんな、この場所が好きなんだ。」
「えぇ。」
セレナは穏やかに頷く。
「嬉しい時も、悩んだ時も、皆さん自然とここへ来られるんです。」
「……そうなんだ。」
「だから私も、この景色が大好きなんです。」
風が優しく頬を撫でる。
眼下には黎明の翼本部。
そこでは仲間たちが、それぞれの日常を過ごしている。
「僕も……」
思わず言葉が漏れた。
「僕も、この場所を好きになれそう。」
エインが小さく頷く。
「それで十分だ。」
僕はもう一度黎明の翼を見渡した。
記憶はまだ戻らない。
それでも、この場所には帰りたいと思える仲間がいる。
この場所で、もう一度歩き始めよう。
そんな想いを胸に、僕は静かに景色を見つめていた。




