第三話 中庭
朝食を食べ終え、僕は食堂をあとにした。
「シリルさんに片付けまで任せて大丈夫なの?」
「いいんだよ。あいつが好きでやってる事なんだから。甘えれる時は甘えとけ。」
本当に仕事人だなぁ。
シリルには頭が上がらなそうだ。
「さて。」
食堂の扉をくぐったところで、エインが振り返る。
「腹も満たされたし、次は黎明の翼の案内だ。」
「案内?」
「ここのこと、全然分からないだろ?説明するより見た方が早いだろうし。」
黎明の翼の案内。
エインの言う通り、僕はこの場所を知らない。
大切な場所だった、ということだけ。
「……じゃあ、エイン。案内を頼んだよ。」
「おう、任せとけ。」
エインは自信満々に胸に手を当てた。
「私も同伴します。まだ無理はできませんからね。疲れたらすぐに言ってください。」
「ありがとう。……リリアはどうする?」
「私も……ですか?」
少し驚いたように目を丸くしたあと、照れくさそうに微笑む。
「私は中庭の花に水をあげようかと……」
「じゃあまずは中庭に行くか。」
エインに案内されながら、僕たちは最初の目的地、中庭へ向かった。
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建物を抜けると、柔らかな風が頬を撫でる。
色とりどりの花が咲き、小さな噴水の水音が静かに響く。
そして、その景色の中心には、一本の大樹が空へ向かって枝を広げていた。
枝いっぱいに咲いた白い花が風に揺れ、花びらがひらひらと舞い落ちていた。
「……綺麗だ。」
思わず見惚れてしまう。
「この木、毎年春になると満開になるんです。」
リリアも大樹を見上げる。
「私、この景色が大好きなんです。」
そして柔らかな笑みを浮かべた。
けれど、その笑顔はどこか儚く見えた。
「……僕も、綺麗だと思う。」
その言葉にリリアは嬉しそうに頷く。
「ノエルさんも水やりしますか?」
「うん。やってみる。」
リリアからジョウロを受け取り、二人で花壇の前にしゃがみ込んだ。
「毎朝、お水をあげるのが私の日課なんです。」
そう言って、花びらへ優しく水を注いでいく。
「リリアは花が好きなんだね。」
僕も見よう見まねで花に水を注いだ。
「毎日少しずつ育っていく姿を見ていると、不思議と元気がもらえるんです。」
リリアは優しく花を撫でる。
「そうなんだ。」
「はい。」
リリアは小さく頷いた。
「花も、人も、すぐには変わりませんから。」
その言葉に、僕は手元の花を見つめる。
「ゆっくりでいいんです。」
静かな声だった。
けれど、その言葉はどこか僕へ向けられているようにも聞こえた。
「リリアらしいな。」
エインが苦笑する。
「昔から何かあると、ここへ来て花の世話をしてたもんな。」
「そうでしたっけ?」
「おう。俺も何度か手伝わされた。」
「手伝っていただいた、ですよ。」
リリアは少しだけ頬を膨らませる。
「違ったか?」
「違います。」
そのやり取りに思わず笑みがこぼれた。
「仲がいいんだね。」
「家族みたいなもんだからな。」
エインはそう言って大樹を見上げる。
「この木も、ずっと俺たちを見てきた。」
温かい風が吹き抜ける。
白い花びらがふわりと舞い落ちた。
「十年前も、この木は満開だった。」
その一言に、僕は思わず大樹を見上げる。
木漏れ日が眩しい。
だけど、心地いい。
「……そうなんだ。」
「えぇ。」
その様子を見守っていたセレナが、静かに微笑む。
「私たちが初めて出会った頃も、この木はここにありました。」
「ずっと変わらないんだね。」
「はい。」
セレナは穏やかな表情で頷く。
「だからでしょうか。この場所へ来ると、皆さん安心されるんです。きっと、ノエルさんもそうなりますよ。」
「……うん。」
花へ水を注ぐ。
ただ、それだけの時間。
十年前の僕なら、何を思ってこの景色を見ていたのだろう。
今はまだ分からない。
それでも。
知りたいと思えた。




