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Memory 〜時紡ぎの旅路〜  作者: Rin凜Lin
第二章 日常
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第一話 一歩ずつ

数日後──


目覚めてから数日が経った。

毎日のリハビリのおかげで、廊下くらいならゆっくり歩けるようになった。

まだ足取りは頼りない。

それでも、一歩ずつ前へ進めている。


「今日はここまでにしましょうか。」


セレナが微笑む。


「ありがとう。」


少し休憩をしようと窓際に向かったその時だった。


「……よう。」


低く落ち着いた声が背後から聞こえた。

振り返ると、一人の男が立っていた。


「もう歩けるようになったのか。」


「順調ですよ。」


セレナは穏やかに微笑む。


「ちょうど休憩に入るところでした。」


その人は軽く頷いた。


「なら少し借りるぞ。」


「お願いします。」


セレナは僕へ視線を向ける。


「無理だけはしないでくださいね。」


「うん。」


「それでは、私は仕事に戻ります。」


そう言って一礼すると、静かにその場を後にした。


男が僕へ近づく。

黒髪を無造作に後ろへ流し、鍛えられた身体を黒い軽装に包んでいる。

腰には使い込まれた片手剣。

鋭い眼差しとは裏腹に、その口元にはどこか親しみやすい笑みが浮かんでいた。


「……ごめん、思い出せなくて。君は?」


そう尋ねると、男は一瞬だけ目を細めた。

寂しい顔をするのかと思った。

けれど──


「謝んなよ。」


そう言って小さく笑う。


「忘れたんなら、また知ればいい。それだけだ。」


その言葉に自然と肩の力が少し抜けた。


「もう一回、自己紹介だな。」


男は右手を差し出した。


「エイン・ヴァルハルト。黎明の翼(アルバ)で教官をやらせてもらってる。……まぁ、隊員たちに剣を教える役だ。」


僕も自然と手を差し出していた。


「よろしく。」


「……よろしく。」


エインは安心したように笑った。


「せっかくだ。リハビリついでに一緒に歩くか。」


「うん。」


もう一度、僕はゆっくり歩く。

時折少しバランスを崩しそうになるが、エインが支えてくれた。


「軽いな。ちゃんと飯は食ってるのか?」


「用意されたものは全部食べてるよ。どれも美味しい。」


「そうか。」


エインの口元がふっと緩んだ。


「食堂まで歩けるようになったら、また一緒に飯を食おう。その時は快気祝いで俺の奢りだ。」


「いいの?」


「あぁ。お前が好きだったもん全部ご馳走してやる。」


その言葉に思わず笑ってしまった。


「じゃあ、すぐに治さないといけないね。」


「おう。」


なんでだろう。

この人と話すのはこれが初めてなのに、不思議と肩の力が抜けていく。

記憶は無くても、この安心感だけは本物だった。


「セレスには会ったか?」


「うん。会ったよ。」


「どうだった?」


「……優しい人だった。」


それを聞いたエインが思わず吹き出した。


「ははっ。優しい、か。」


「変だった?」


「いや、間違っちゃいねぇ。」


エインは少し懐かしそうに笑う。


「ただ、昔あいつを知っていると、少し意外でな。」


「昔は違ったの?」


「あぁ。今よりずっと不器用だった。」


その言葉に僕は小首を傾げる。


「不器用?」


「お前のことを、ずっと追いかけていたからな。」


「僕を……?」


「昔のセレスは、お前みたいになりたいってよく鍛錬をしていた。もっと強く、もっと誰かを守れるようになりたいってな。」


驚いて思わず目を瞬かせる。


「総司令官(イコライザー)なのに?」


「だからこそ、総司令官(イコライザー)なんだよ。」


エインは小さく笑う。


「昔はお前の背中を追っていた。今は黎明の翼(アルバ)のみんなの先頭を歩いている。」


「……すごい人なんだね。」


「あぁ。」


エインは迷いなく頷いた。


「でもな。」


ふっと笑みを収めると、静かに続けた。


「セレスは今でも、お前を越えたなんて思っちゃいねぇよ。」


エインはどこか懐かしそうに目を細めた。


「むしろ、お前が帰ってくる日を誰よりも待っていた。」


僕は返す言葉が見つからなかった。

十年前の僕は、一体どんな人だったんだろう。

どれだけ大切な時間を、この人たちと過ごしてきたんだろう。

思い出せない。

それでも──


「少しずつでいい。」


エインの穏やかな声が耳に届く。


「また歩いていけばいいさ。」


その言葉が、僕の胸にすっと落ちていく。

エインと並んで歩く廊下は、不思議と昨日より長く感じなかった。


失くした記憶はまだ遠い。

けれど、この場所ならきっと、見つけられる。

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