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Memory 〜時紡ぎの旅路〜  作者: Rin凜Lin
第一章 目覚め
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第三話 再会

静かな廊下を足早に歩く。

病室まであと少し。

たったそれだけの距離なのに、胸の鼓動は近づくに連れて早くなっていく。


「ノエルさん……」


十年。

何度もこの日を夢に見た。

会えたら何を話そう。何を伝えよう。

そんなことばかり考えていたはずなのに。

いざその時が訪れると、言葉が上手く出てこない。


目的の病室の前で足を止める。


「……落ち着かなきゃ。」


大きく深呼吸。

軽く髪と制服を整える。

そしてドアノブへと手を伸ばす。

けれど、その手は途中で止まった。


「……私のこと、覚えていないんだよね。」


──────────


コンコン──


今日何度目かのノックが鳴る。


「どうぞ。」


扉がゆっくりと開く。

一人の女性が部屋に入ってきた。

淡い藤色の長い髪。

優しげな紫色の瞳。

白を基調とした服と腰から垂れる鎖の装飾が、窓から差し込む朝日に柔らかく照らされている。

その姿を見た瞬間だった。

胸が締め付けられる。

理由は分からない。

初めて会うはずなのに──


どうしてこんなにも懐かしいんだ。


彼女と目が合う。

胸の中で何かが小さく軋んだ。

温かくて、苦しくて。

名前の分からない感情が込み上げてくる。

女性は何かを言おうとして、唇を開く。

しかし、その声は震えていた。


「ノエルさん……」


その呼び方だけが、不思議と胸の奥に響いた。


「……君は?」


そう問いかけると、彼女の表情がほんの少しだけ揺らいだ。

泣きそうにも見えた。

それでも彼女は優しく微笑んでいる。

そんな顔をさせたくない。

ふとそんなことを思った。

それがどうしてなのか、自分でも分からない。

でも、僕はその笑顔を見たくなかった。

初めて会うはずなのに、どうしてそんなことを思うんだろう。

……何一つ思い出せない。

それなのに、心だけが彼女を忘れていないような気がした。


「……リリア・メモリアです。」


リリアと名乗った女性は小さく息を整える。


「あなたと同じ、黎明の翼(アルバ)に所属しています。」


少しだけ沈黙の時間が続いた。


「……ごめん。」


空気感に耐えられなくなったわけじゃない。

ただ、謝りたかったんだ。

リリアは少し首を振る。


「謝らないでください。」


「思い出せないんだ。」


少し寂しそうに笑った。


「はい。セレナさんから聞いています。でも──」


ゆっくりとこちらに近づく。


「生きていてくれました。」


そして安心したようにそう言った。


「僕は……君にとって、どんな人だったの?」


リリアは少しだけ目を伏せる。

それから小さく笑みを浮かべた。


「私にとって、大切な人でした。」


その言葉だけで十分だった。

胸の奥が、また静かに痛んだ。


「ごめん。」


「だから謝らないでください。」


今度は少しだけ笑って、


「ノエルさんは帰ってきてくれました。それだけで十分です。」


そう言ってくれた。

無意識に自分の右手へ視点を落とす。

昨夜のような金色の光は現れない。

それでも、胸の奥だけが静かに熱を帯びていた。



「ノエルさんは昔からよく無茶をする人だったんですよ。」


「そうなの?」


リリアは笑みを浮かべる。


「はい。セレス様によく怒られてました。」


そんな自分がいたのかと、思わず笑みが溢れた。


「黎明の翼(アルバ)は僕にとって大切な場所って聞いたんだけど、どんなところなの?」


「みんな家族みたいな場所です。」


家族。

その言葉は、不思議なくらい温かく聞こえた。

するとリリアがそっと近づく。


「歩けますか?」


「……少しなら。」


目が覚めてから今日まで一度も歩くどころか、立ち上がることもできていない。

だけど、この人となら、なんだか歩けるような気がした。

僕はベッドから立ち上がる。

……歩けるだなんて、やはり甘い考えだった。

足は震え、すぐに体勢を崩してしまう。

すると、リリアが腕を貸してくれた。


「ごめん。」


「……いえ。」


僕を支えるリリアは少し嬉しそうだった。


「昔とは逆ですね。」


「え?」


リリアはハッとする。


「……なんでもありません。」


リリアに支えられたまま部屋を出る。

静かな廊下。

光が差し込む窓。

その外の景色を眺める。

中庭には、大きな一本の樹が空へ向かって枝を伸ばしていた。

白い花を咲かせたその姿は、どこか幻想的で、風に揺れるたび、陽の光を受けて輝いている。


「……綺麗だ。」


窓の外へ視線を向けて、小さく微笑んだ。


「あの樹はノエルさんが植えたんですよ。」


「僕が?」


「はい。」


優しく大樹を見つめる。


「まだ小さな苗木だった頃に『いつか大きくなったら、みんなでこの樹の下で笑おう』って。」


リリアの視線は大樹から離れなかった。

その横顔はどこか懐かしそうで、少し寂しそうだった。


「みんなで大切に育ててきたんです。」


僕はもう一度その大樹を見上げる。

やはり何も思い出せない。

それでもその樹を見ていると、胸の奥が少しだけ温かくなる。


「……そうなんだ。」


その時だった。

春風が少し開いた窓から吹き込み、一枚の白い花びらが静かに舞い込んできた。

花びらはゆっくりと僕の肩へ降り立った。


「歓迎されているのかもしれませんね。」


リリアは小さく微笑む。

僕は肩の花びらをそっと手に取る。

記憶は戻らない。

それでも。

ここなら歩いていける。

そう思えた。


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