第四話 人助け
賑やかな通りを、僕たちは再び歩いていた。
先ほど見た魔道具だけじゃない。
店先には見たことのない食べ物や道具が並び、道を歩く人たちの声があちこちから聞こえてくる。
「ノエルお兄ちゃん、見て!あれ美味しそう!」
シャロが少し先の露店を指さす。
「さっき焼き菓子食べてなかった?」
「あれはさっきだよ!」
「そんなに時間経ってないと思うけど……」
「美味しそうなものは別なの!」
「そういうものなの?」
「そういうもの!」
「ははっ。シャロに聞いても食い物の話しか出てこねぇぞ。」
エインが笑いながら言う。
「だっていっぱいあるんだもん!」
「まあ、気持ちは分かるけどね。」
「アリスも?」
「だって、あんなに美味しそうなものが並んでたら気になるでしょ?」
「ほら!アリスも同じだよ!」
「私は見てるだけだから!」
「本当に?」
「……たぶん。」
「ははっ!結局同じじゃねぇか。」
「もう、エインまで!」
そんな話をしながら、僕たちは通りを歩いていく。
「──ですから、結構です。」
「……?」
ふと、人混みの向こうから声が聞こえた。
声のした方へ目を向ける。
通りの端に、一人の女性が立っていた。
その前には二人の男がいて、何かを話しているようだった。
「そんなこと言わずにさ。少しくらいいいだろ?」
「すみません。急いでいますので。」
女性はそう言って横を通り抜けようとする。
けれど、男の一人がその前へ回り込んだ。
「ちょっと話すだけだって。」
「……困ります。」
「……」
どうやら、知り合いというわけではなさそうだ。
「どうしたの、ノエル?」
僕が足を止めたことに気づいたのか、アリスが振り返る。
「あそこ……」
僕が視線を向けると、アリスも女性たちに気づいたようだった。
「ああ……なるほどね。」
「何かあったの?」
シャロも不思議そうに首を傾げる。
「いや、ちょっとな。」
エインは女性たちの方へ目を向けた。
「……少し待ってろ。」
「エイン?」
「すぐ戻る。」
エインは何事もないように、女性の方へ歩いていく。
「悪い、待たせたな。」
片手を上げ、女性へ気さくに声をかける。
その表情は柔らかく、まるで知り合いに会ったときのように自然だった。
「……え?」
女性が驚いたようにエインを見上げる。
「探したぞ。こんなところにいたのか。」
エインは普段と変わらない調子で言葉を続ける。
女性は一瞬戸惑っていたものの、すぐに何かを察したようだった。
「……ごめんなさい。少し店を見ていて。」
「ったく。先に行くなって言っただろ。」
エインは困ったように笑う。
「で、こいつらは知り合いか?」
「……いえ。」
「そっか。」
エインは男たちへ視線を向ける。
「悪いな。連れが待たせたみたいで。」
男たちは何か言いたそうにしていたが、エインと女性を交互に見ると、諦めたようにその場を離れていった。
「……ふぅ。」
男たちの姿が見えなくなると、エインは女性へ向き直った。
「悪かったな。勝手に知り合いのふりして。」
「いえ、とんでもありません。」
女性はほっとしたように微笑む。
「助かりました。ありがとうございます。」
「気にすんな。困ってるように見えたからな。」
「本当に、ありがとうございました。」
女性はエインに向けて頭を下げた。
「エイン!」
女性と話し終えたところで、僕たちもエインのもとへ向かった。
「おう。悪い、待たせたな。」
「さすがエイン。慣れてるねぇ。」
アリスがからかうように笑う。
「何がだよ。」
「女の人を助けるのが、だよ。」
「困ってたから声かけただけだろ。」
「ふふっ。そういうことにしておくね。」
「ったく……」
二人のやり取りを聞きながら、僕はふと女性へ目を向けた。
頭には獣の耳があり、腰のあたりからはふさふさとした尻尾が伸びている。
獣人だ。
黎明の翼でも見かけたことはあるけれど、こうして近くで見るのは初めてかもしれない。
「……」
尻尾が、ゆっくりと左右に揺れている。
「……ノエル?」
「……?」
「触っちゃだめだよ。」
「……触らないよ。」
「すっごく気になってる顔してるけど?」
「だって……動いてるから。」
「そりゃ動くでしょ!」
アリスが思わず笑い出した。
「ノエルお兄ちゃん、尻尾が気になるの?」
「……少し。」
「ふふっ。」
そのとき、女性が小さく笑った。
「そんなに珍しいですか?」
「あっ……すみません。」
慌てて視線を逸らす。
「いえ。お気になさらないでください。」
女性は優しく微笑んでいた。
「それでは、私はそろそろ失礼しますね。」
女性は僕たちに向かって小さく頭を下げる。
「本当にありがとうございました。」
「おう。気をつけてな。」
「はい。それでは。」
女性はもう一度微笑むと、人混みの中へ歩いていった。
その後ろ姿を見送りながら、僕は小さく息を吐く。
「……いい人だったね。」
「そうだな。」
エインが頷く。
「それにしても、ノエル。」
「ん?」
「そんなに尻尾が気になったのか?」
「……そんなに見てた?」
「ははっ!そりゃもう、じーっとな!」
エインが楽しそうに笑う。
「もう、エイン。あんまりからかわないの!」
「お前も散々からかってただろ。」
「それはそれ!」
「なんだそりゃ。」
二人のやり取りを聞いていると、隣から小さな声が聞こえた。
「……お腹空いた。」
「シャロ?」
「いっぱい歩いたから、お腹空いちゃった!」
「さっき焼き菓子食べてたよね?」
「それはおやつだもん!」
「……そうなんだ。」
「ふふっ。まあ、そろそろお昼だしね。」
アリスが空を見上げる。
「ちょうどいい時間じゃない?」
「そうだな。どっかで飯にするか。」
「やったー!」
シャロが嬉しそうに両手を上げる。
「それなら、いいお店知ってるよ!」
「アリスのおすすめ?」
「うん!料理がすっごく美味しいんだから!」
「へぇ……」
「それに、結構量もあるよ!」
「ほんと!?」
シャロが目を輝かせる。
「そこがいい!」
「まだ何が食べられるか聞いてないけど……」
「美味しくていっぱいなら大丈夫!」
「ははっ!決まりだな。」
エインが笑いながら言う。
「じゃあ、案内よろしくな。」
「任せて!」
アリスは胸を張ると、僕たちの先を歩き始めた。
その隣を、シャロが嬉しそうについていく。
「何が食べられるかなぁ!」
「行ってからのお楽しみ!」
「えー!教えてよー!」
二人の賑やかな声を聞きながら、僕もエインと一緒に歩き出した。




