第八話 一つずつ
「もう一度。」
「うん。」
手のひらへ魔力を集める。
やがて、小さな金色の光が浮かび上がった。
「……どう?」
「うん。安定してる。」
ルカは光を眺めながら、小さく頷いた。
「出すだけなら、もう問題なさそうだね。」
そう言って、魔導書に何かを書き込む。
「じゃあ、今日は次に進もうか。」
「次?」
「うん。」
ルカは僕の手のひらに浮かぶ光を指さした。
「今度は、それを動かしてみよう。」
「……動かす?」
「そう。」
僕は手のひらを見つめた。
金色の光は、その場で静かに浮かんでいる。
「これを?」
「うん。」
「どうやって?」
「動かしたい方向をイメージする。」
「……またイメージ?」
「魔法は想像力次第だよ。」
「想像力……」
僕はもう一度、手のひらに浮かぶ光を見る。
「とりあえず、少しだけ右に動かしてみて。」
「右に……」
金色の光が右へ動くところをイメージする。
すると──
「……あ。」
光がわずかに揺れた。
「動いた。」
「そのまま。」
さらに右へ。
そう意識すると、金色の光がゆっくりと手のひらから離れていく。
「できた……!」
けれど、次の瞬間。
ふっ、と光が消えた。
「あれ?」
何もなくなった空間を見つめる。
「消えた……」
「やっぱり。」
「やっぱり?」
ルカは魔導書に何かを書き込みながら頷く。
「前から少し気になってたんだ。」
「何が?」
「ノエルの光、手のひらから離れると安定しなくなるみたいだね。」
「手から離れると?」
「うん。今まではずっと、ノエルの近くに浮かんでたでしょ?」
「そういえば……」
僕は自分の手を見る。
「魔力を送り続けられてないのか、それとも別の原因なのか……」
ルカは楽しそうに魔導書へ書き込んでいく。
「そこを調べてみよう。」
「……楽しそうだね。」
「もちろん。」
「僕は失敗したんだけど……」
「失敗したから分かったこともあるよ。」
「そういうもの?」
「そういうもの。さ、もう一度。」
「うん。」
今度は、光へ魔力を送り続けるイメージで。
手のひらに光を灯し、少しずつ離していく。
しかし、離れるにつれて光が弱々しくなっていく。
魔力を流さないと……!
僕は魔力の流れを強くする。
「ノエル。光が強くなってるよ。」
「え?」
視線を光へと戻す。
弱々しかったはずの光が、いつの間にか強い輝きを放っていた。
「わっ……!」
「流しすぎだね。」
「でも、弱くなってたから……」
「うん。魔力を送ろうとしたのは合ってる。」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「もう少し弱くしてみて。」
「弱く……」
LINKを使ったときの感覚を思い出す。
流れを止めるんじゃなくて、少しだけ細くする。
そう意識すると、眩しかった光が少しずつ落ち着いていく。
「そのくらい。」
「……これで?」
「うん。そのまま離してみて。」
恐る恐る、光を右へ動かす。
今度はさっきよりもゆっくりと、金色の光が手のひらから離れていく。
「……」
消えない。
「ルカ。」
「集中。」
「……はい。」
思わず声を上げそうになったのを堪える。
そのまま慎重に、今度は少しだけ左へ。
金色の光はゆっくりと向きを変え、それでも消えることなく浮かんでいる。
「……できた。」
そう口にした瞬間──
ふっ。
「あ。」
「消えたね。」
油断して、集中力が少し切れたせいだ。
「……難しい。」
「でも、さっきよりも遠くまで動かせていたよ。」
「うん。でも、少し気を抜いただけで消えちゃった。」
「そこは練習だね。」
ルカは魔導書に何かを書き込む。
「次は、動かすことより維持することを意識してみようか。」
「維持?」
「うん。手のひらから離したあと、その場に浮かべたままにする。」
「動かさないの?」
「まずはね。動かしながら魔力を調整するより、その方が簡単だと思う。」
「なるほど……」
「ノエルの周りに一つ、光を浮かべるところからやってみよう。」
「僕の周りに……」
僕は少し想像してみる。
自分の隣に、小さな金色の光が浮かんでいるところを。
「……やってみる。」
それから何度も繰り返した。
手から離した途端に消えたり、魔力を送りすぎて光が強くなったり。
少し長く維持できたと思えば、意識が逸れた瞬間に消えてしまう。
それでも諦めず、続けた。
「ノエル。そろそろ休憩……」
「……」
手のひらの光を見つめる。
温かい魔力を、光へ。
手から離れても消えないように──
僕はそっと手を離す。
金色の光は消えなかった。
「……」
しばらく様子を見ても、消える気配はない。
「……ルカ。」
「うん。」
「できた……」
「できたね。」
嬉しくなって、浮かんでいる光を眺める。
「やっとできた……!」
「ノエル。」
「ん?」
「僕の声、聞こえてなかったでしょ。」
「え?」
「さっき、そろそろ休憩しようって言ったんだけど。」
「……言ってた?」
「やっぱり聞いてなかった。」
ルカは呆れたように笑った。
「ご、ごめん。集中してて……」
「それは見れば分かるよ。」
ルカは魔導書を閉じた。
「でも、今日はここまで。」
「もう?」
「もう、じゃないよ。何回やったと思ってるの。」
「……分からない。」
「でしょ?」
僕は小さく息を吐いて、隣に浮かぶ光を見る。
小さな金色の光は、今も静かに浮かんでいた。
数日前までは、自分の魔力を感じることすらできなかった。
それが今は、自分の意思で光を生み出し、こうして手のひらから離すこともできる。
まだ、思うように扱えるわけじゃない。
少し気を抜けば消えてしまうし、魔力の加減だって難しい。
昔の僕が、この光をどんなふうに使っていたのか。
それも、まだ分からない。
でも──
今の僕にできることは、少しずつ増えている。
僕は自分の手のひらを見つめる。
焦らなくていい。一つずつ。
今の僕にできることを、増やしていこう。




