第三話 大書庫
翌朝。
窓から差し込む朝の光に、ゆっくりと目を開ける。
「……朝か。」
身体を起こし、まだ少し眠気の残る目を擦る。
昨日は色々なことがあった。
初めて訪れたベルフォード。
僕の名前を知っていた、謎の青年。
街中に突然現れた影狼。
そして──
僕は自分の手のひらを見る。
「光輝魔法……」
十年前の僕が使っていたという、僕だけの魔法。
昨夜セレスから聞いたその名前を、もう一度確かめるように口にする。
手のひらに意識を集中させてみる。
「……」
けれど、何も起こらない。
「やっぱり出ないか……」
昨日は、あの子を守りたいと思った瞬間に勝手に現れた。
なのに、自分から出そうとしても何も起こらない。
「何が違うんだろう。」
しばらく手のひらを見つめていたけれど、答えが出るはずもなかった。
「……考えてても仕方ないか。」
今日はルカという人に、この力を調べてもらうことになっている。
何か分かるかもしれない。
そう思いながら、僕はベッドから立ち上がった。
──────────
食堂へ向かうと、席に座るリリアの姿があった。
僕に気づくと、穏やかな笑みを浮かべる。
「おはようございます、ノエルさん。」
「おはよう、リリア。」
自然と、近くの席に腰を下ろした。
「よく眠れましたか?」
「うん。でも起きてから、また試してみたんだ。」
「もしかして、光輝魔法を?」
「うん。出なかったけど。」
「そうですか……」
リリアは少し考えるように僕の手を見る。
「でしたら、やはりルカさんに見てもらいましょう。」
「だね。」
そう答えたところで、こちらへ近づいてくる足音が聞こえた。
「おはようございます、ノエル様。」
声を掛けられ、振り返る。
シリルが朝食を乗せたトレーを運んできた。
「おはよう、シリル。」
「昨夜はよくお休みになれましたか?」
「うん。昨日の疲れもほとんど残ってないよ。」
「それは何よりでございます。」
シリルは僕たちの前に朝食を並べる。
「では、ごゆっくりどうぞ。」
「ありがとう。」
シリルを見送り、僕はリリアと一緒に朝食を食べ始めた。
「これからルカのところに行くんだよね?」
「はい。朝食を済ませたら向かいましょう。」
「そういえば、ルカってどんな人なの?」
「ルカさんですか?」
「うん。昨日アリスから研究員だって聞いたけど、それくらいしか知らなくて。」
リリアは少し考えてから口を開く。
「とても穏やかな方ですよ。それに、魔法に関する知識も豊富です。」
「へえ。」
「ただ……研究に夢中になると、周りが見えなくなってしまうことがありますけど。」
「周りが?」
「はい。声を掛けても気づかなかったり、時間を忘れてしまったり……」
リリアは少し困ったように笑う。
「そこまで夢中になるんだ……」
昨日のアリスの言葉を思い出す。
『ああいう不思議なものを調べるの、大好きだから!たぶん見せたら喜ぶよ!』
……少しだけ、どんな人なのか分かってきた気がする。
「でも、悪い方ではありませんよ。」
「それは何となく分かるよ。」
そんな話をしながら、僕たちは朝食を食べ進めた。
やがて食事を終えると、僕たちは食堂を後にした。
「ルカの研究室に行くの?」
「いえ。今は別の場所にいると思います。」
「別の場所?」
「はい。」
リリアに案内され、黎明の翼の中を歩いていく。
しばらくして辿り着いたのは、大きな扉の前だった。
「ここは?」
「黎明の翼が集めてきた、様々な資料や文献が保管されている場所です。」
「資料や文献……」
「魔法や魔物についてはもちろん、各地の歴史や古い記録も保管されています。」
リリアが扉に手をかける。
「ルカさんは、よくここで調べものをしているんですよ。」
扉がゆっくりと開く。
「……わぁ。」
思わず声が漏れた。
中には、見上げるほど高い本棚がいくつも並んでいた。
どこまで続いているのか分からないほど、数え切れない本や資料が収められている。
けれど、驚いたのはそれだけじゃない。
「……本が浮いてる。」
僕たちの頭上を、一冊の本がゆっくりと通り過ぎていく。
その後ろからも、何冊もの本が宙を漂っていた。
「必要な資料を探しやすいように、魔法がかけられているんです。」
「へえ……」
一冊の本が本棚からひとりでに抜け出し、僕たちの横を通り過ぎていく。
思わずその行方を目で追った。
「……あれ?」
よく見ると、浮かんでいる本の多くが同じ方向へ向かっている。
「リリア。あの本たち……」
「はい?」
「さっきから、全部あっちに行ってない?」
リリアも本の向かう先を見る。
すると、何か納得したように頷いた。
「たぶん、ルカさんですね。」
「これだけで分かるの?」
「ふふっ。行ってみましょうか。」
飛んでいく本を追いながら、僕たちは本棚の間を進んでいく。
やがて──
「……いた。」
何冊もの本が宙に浮かび、その中心に一人の少女がいた。
淡い水色の髪に、蒼青色の瞳。
白を基調としたローブを身に纏い、開かれた本へ次々と視線を移している。
手元にも一冊の本が開かれていて、何かを書き込んでいるようだった。
「……こっちも違う。」
少女は僕たちが近づいていることにも気づかず、別の本へ手を伸ばす。
「ルカさん。」
「……」
返事はない。
「ルカさん?」
「……ん?」
二度目の呼びかけで、ようやく顔が上がった。
「ああ、リリア。おはよう。」
「おはようございます。」
そして、蒼青色の瞳が僕へ向けられる。
「そっちがノエル?」
「うん。初めまして。」
「初めまして。ルカだよ。」
柔らかな笑みを浮かべながら、少女──ルカが僕を見る。
昨日アリスが話していた研究員は、この子のようだ。




