第二話 光の名
「……ここ?」
辿り着いたのは、見覚えのある食堂だった。
「どうした?」
「いや……話があるって言ってたから、もっと別の場所かと思って。」
「任務帰りなんだ。まずは腹を満たせ。」
セレスはそう言うと、食堂の奥へ視線を向けた。
「シリル。少しいいか?」
食堂の奥では、シリルがテーブルを丁寧に拭いていた。
「おや、セレス様。いかがなさいましたか?」
「少し込み入った話がある。個室を借りたいんだが。」
「かしこまりました。」
シリルは僕とリリアへ視線を移す。
「二人とも任務帰りなんだ。食事も用意してくれるか?」
「なるほど。お二人とも、お疲れ様でした。」
シリルは丁寧に頭を下げた。
「では、後ほどお食事をお持ちいたします。まずは個室へご案内しましょう。」
シリルに案内され、僕たちは食堂の奥へと進んでいく。
通された個室は、食堂の賑やかさから少し離れた静かな部屋だった。
中央には一つのテーブルが置かれ、その周りに椅子が並んでいる。
「こちらをお使いください。」
「助かる。」
「では、食事をお持ちしますので少々お待ちください。」
扉が閉まると、食堂の賑やかな声も遠くなった。
僕たちはそれぞれ席に着く。
「……」
セレスは何も言わない。
「えっと……」
「どうした?」
セレスが不思議そうに僕を見つめる。
「話さないの?」
「まずは食事だ。」
「でも、さっき話すことがあるって……」
「話は逃げない。腹を空かせたまま聞く必要もないだろう。」
「……それもそうだね。」
隣を見ると、リリアが小さく笑っていた。
「セレスさんらしいですね。」
「そうなの?」
「はい。昔からこういうところは変わりません。」
「余計なことは言わなくていい。」
「ふふっ。」
リリアは楽しそうに笑った。
コンコン──
「失礼いたします。」
しばらくすると、シリルが料理を乗せたワゴンを押して入ってきた。
「本日は鶏肉の香草焼きと温野菜をご用意いたしました。」
シリルは慣れた手つきで料理をテーブルへ並べていく。
香ばしく焼かれた鶏肉から、食欲をそそる香りが漂ってきた。
「美味しそう……」
思わず声が漏れる。
「任務帰りですので、少し多めにご用意しております。」
「ありがとう、シリル。」
「いえ。どうぞごゆっくりお召し上がりください。」
シリルは丁寧に一礼すると、ワゴンを押して個室を後にした。
「いただきます。」
鶏肉を一口大に切り、口へ運ぶ。
香草の爽やかな香りと、肉の旨みが口いっぱいに広がった。
「……美味しい。」
温かい料理を口にしていると、張り詰めていた身体から少しずつ力が抜けていく。
思えば、今日は朝からずっと歩き通しだった。
戻ってきてからも報告が続いて、ようやく一息つけた気がする。
「疲れていたんですね。」
隣からリリアの声が聞こえる。
「……顔に出てた?」
「少しだけ。」
リリアは小さく笑った。
「だから先に食べろと言っただろう。」
「……セレスの言う通りだった。」
「分かればいい。」
セレスは小さく頷いた。
温かな料理を口にするたび、身体に残っていた疲れが少しずつ和らいでいく。
気づけば、目の前の皿はすっかり空になっていた。
「ごちそうさまでした。」
手を合わせ、ほっと息をつく。
お腹が満たされたからか、身体もさっきより軽くなった気がする。
「少しは落ち着いたか?」
「うん。ありがとう。」
「礼ならシリルに言え。」
「それもそうだね。」
食事を終えると、部屋には静かな時間が流れた。
セレスがゆっくりと僕へ視線を向ける。
「……さて。」
その一言で、さっきまでとは少しだけ空気が変わった。
「話の続きだ。」
「……うん。」
自然と背筋が少し伸びる。
「報告部でも聞いたけど……あの光は、本当に僕の力なの?」
「ああ。」
セレスは迷うことなく答えた。
「あれは間違いなく、お前の力だ。」
「僕の……」
自分の手のひらへ視線を落とす。
今は何の変哲もない、ただの手だ。
「名前もある。」
「名前?」
「──光輝魔法。」
「ルクス……ノヴァ……」
聞き覚えのない言葉を、確かめるように口にする。
「お前は、そう呼んでいた。」
「……僕が?」
「ああ。十年前にな。」
不思議だった。
初めて聞いたはずなのに、その言葉がどこか胸の奥に残る。
ふと、リリアの方へ視線を向けると、小さく俯いていた。
「……リリアも知っていたの?」
「……はい。」
リリアは少しだけ視線を伏せた。
「ノエルさんが使っているところも、何度も見ています。」
「どんな魔法だったの?」
「とても……ノエルさんらしい魔法でした。」
「僕らしい?」
リリアは小さく頷く。
「誰かを守るために使うことが多かったですから。」
誰かを守る力……
「今回の話を聞く限り、お前の意思に反応した可能性は高い。」
僕はもう一度、自分の手のひらを見つめる。
あの時、何かを考えていたわけじゃない。
魔法を使おうとしたわけでもない。
ただ、あの子を守らなきゃと思った。
それだけだった。
「……昔の僕も、同じだったんだ。」
「?」
リリアがこちらを見る。
「僕には昔のことは分からない。でも今日、あの子を守りたいって思った。」
そっと手のひらを握る。
「記憶がなくても……そういうところは、変わってないのかな。」
「……はい。」
リリアは静かに頷いた。
「変わっていませんよ。」
その言葉に、胸の奥がほんの少しだけ温かくなった。
もう一度、手のひらを開く。
「……今も出せるかな。」
「試してみるか?」
「うん。」
あの時の感覚を思い出す。
誰かを守りたいという気持ち。
身体から溢れた、あの温かな光。
手のひらに意識を集中させる。
「……」
けれど、何も起こらない。
「……出ない。」
「無理もない。」
セレスは静かに言った。
「十年眠っていた上に、お前は記憶を失っている。以前と同じように扱えなくても不思議ではない。」
「以前は自由に使えていたの?」
「ああ。」
「じゃあ、どうやって?」
「それはお前自身が確かめた方がいい。」
「……意地悪だね。」
「そういうつもりはない。」
「じゃあ教えてよ。」
「答えを与えることだけが、お前のためになるとは限らない。」
「それは……そうかもしれないけど。」
そのやり取りに、リリアが小さく笑った。
「明日、ルカさんの所へ行くつもりなんです。」
「そうなのか。」
セレスは少し考えるように目を細めた。
「なら、ちょうどいい。ルカなら今のお前の魔力についても調べられるだろう。」
「僕の魔力を?」
「ああ。今のお前がどこまで光輝魔法を扱えるのか、一度見てもらうといい。」
「……分かった。」
「では、明日一緒に行きましょう。」
「うん。」
僕はもう一度、自分の手のひらを見る。
今は何も起こらない。
どれだけ意識を集中させても、あの金色の光が現れることはなかった。
それでも──
「ルクス・ノヴァ……」
小さく、その名前を口にする。
十年前の僕が使っていた魔法。
誰かを守るために使っていた、僕だけの力。
記憶はまだ戻らない。
あの光のことも、分からないことばかりだ。
だけど今日、ほんの少しだけ。
昔の自分に近づけたような気がした。




