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Memory 〜時紡ぎの旅路〜  作者: Rin凜Lin
第四章 初任務
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第六話 炎と光

少女は屋根の上から僕たちを見下ろしていた。

その手に握られた剣には、まだわずかな炎が揺らめいている。


「アリスさん!」


リリアが驚いたように声を上げた。


「あっ、リリア!」


アリスと呼ばれた女性は、嬉しそうに手を振った。


「知り合いなの?」


「はい。アリスさんは──」


「っと、その前に!」


アリスは屋根の端へ足をかける。


「え?」


次の瞬間、そのまま勢いよく飛び降りた。


「ちょっ……!」


軽やかに地面へ着地する。

そして何事もなかったかのように、こちらへ駆け寄ってきた。


「怪我してる人は?」


「この子は大丈夫です。ノエルさんが守ってくれました。」


「そっか!よかったー!」


アリスは安心したように胸を撫で下ろした。

さっきまで、あの魔物を一瞬で倒した人とは思えないほど明るい。


「それで──」


彼女の紅色の瞳が、僕へ向けられる。


「……?」


なぜか、じっと見つめられた。


「あの……」


「ノエル・ルドベキア……?」


「え?」


次の瞬間、彼女の瞳がぱっと輝いた。


「本物だー!!」


「ええっ!?」


アリスは目を輝かせながら、ずいっと顔を近づけてくる。


「本当にノエルなんだよね!?あのノエル・ルドベキア!」


「あ、あのって言われても……」


思わず人差し指で頬を小さくかく。


「十年前に世界を救った英雄!」


「……英雄。」


その言葉に、先ほどの青年の言葉が頭を過(よ)ぎった。


『世界を救った英雄がいた。』


やはり、気のせいだとは思えない。


「あれ?」


アリスが不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの?」


「いや……なんでもない。」


「アリスさん。ノエルさんはまだ記憶が……」


「あっ!そうだった!」


アリスは離れて、両手を合わせる。


「ごめん!私、嬉しくってつい……!」


「大丈夫だよ。」


「よかったー!」


アリスは安心したように笑った。


「そういえば、まだちゃんと名乗ってなかったね。」


アリスは僕へ向き直る。


「私はアリス。アリス・フレアード!黎明の翼(アルバ)の戦闘部隊に所属してるよ!」


「戦闘部隊……」


「うん!これでも前線で戦ってるんだから!」


先ほど降り注いだ炎の剣を思い出す。

あれほど苦戦した影狼(シャドウウルフ)を、一瞬で倒してしまった。


「……すごく強いんだね。」


「えっ?」


アリスは目を丸くした。

それから、少し照れくさそうに笑う。


「えへへ……ありがと!」


「アリスさんは、とても頼りになる方なんですよ。」


「リリアまで!もう、照れるってー!」


二人のやり取りを見て、思わず笑みがこぼれる。

どうやら、かなり親しいみたいだ。


「それにしても、アリスさんはどうしてベルフォードに?」


「ああ、それね!」


アリスはぽんと手を打つ。


「別の任務が終わって、黎明の翼(アルバ)に戻る途中だったの。そのついでにベルフォードの人たちに顔を出そうと思って。そしたら悲鳴が聞こえてきたから、急いで来たってわけ!」


「それで屋根の上に……」


「うん!屋根を走った方が早かったから!」


「屋根を……」


「アリスさんらしいですね。」


リリアがくすりと笑った。


「相変わらず無茶するなぁ、アリス先輩。」


カイルが呆れたように口を挟む。


「なに?助けてあげたのにその言い方。」


「いや、めちゃくちゃ助かったけどさ。」


「でしょ?」


アリスは得意げに胸を張る。


「まあ、俺がもう少し本気出してれば──」


「あれ? さっき結構苦戦してなかった?」


「…………」


「カイル?」


「……さて! 俺たちはまだ任務中だ!」


「あー!誤魔化した!」


アリスは楽しそうに笑う。


「と、とにかく!まずは周囲の安全確認だ。あいつ一体だけとは限らないからな。」


「はーい。」


「リリアも頼む。」


「分かりました。」


二人が広場の周囲へ視線を向ける。

僕も後を追おうと──ふと、足を止めた。


「……」


先ほど助けた子どもが、まだその場に立っていた。

小さな身体は震えたままで、不安そうに辺りを見回している。


「……大丈夫?」


しゃがんで目線を合わせると、子どもは小さく頷いた。


「お父さんかお母さんは?」


「……お母さんと、はぐれちゃった……」


「そっか。」


僕は少し考えてから、そっと手を差し出した。


「じゃあ、一緒に探そう。」


子どもは僕の手を見つめる。

やがて、小さな手が僕の手をぎゅっと握った。


「ノエル。」


「あ……ごめん。すぐ行く。」


「いや。」


カイルは僕と子どもを見て、小さく笑った。


「その子についててやれ。周りは俺たちで確認する。」


「……いいの?」


「こういうのも任務のうちだ。ちゃんとそばにいてやるんだぞ。」


「……うん。ありがとう。」


カイルたちは周辺の確認をするため、離れていった。


「お母さんとどこではぐれたか分かる?」


「……噴水のところ。」


「そっか。じゃあ、きっと探してるよ。」


「……うん。」


小さな手が、僕の手をぎゅっと握る。

まだ怖いのだろう。


「大丈夫。見つかるまで一緒にいるから。」


そう声を掛けると、子どもはようやく少しだけ笑ってくれた。


「あそこで休憩しよっか。」


広場の端にあるベンチへ向かい、二人で腰を下ろした。


「……お兄ちゃん。」


「どうしたの?」


「お兄ちゃんは、怖くないの?」


子どもの揺れる瞳が、僕の顔を見つめる。


「……怖いよ。」


僕は小さく呟いた。


「あの魔物を見たとき、すごく怖かった。」


「お兄ちゃんも?」


「うん。」


子どもの手を握りながら、さっきのことを思い返す。


「でも、君が襲われそうになったときは……怖いって考えるより先に、身体が動いてた。」


「……どうして?」


「どうしてだろう。」


自分でも分からない。

記憶を失う前の僕なら、その答えを知っていたのだろうか。


「ただ、君を守らなきゃって思ったんだ。」


「……」


「それに──」


僕は前を見つめる。

その先には、周りを確認するみんなの姿があった。


「みんなもいる。だから怖くても大丈夫。」


僕は安心させるように笑った。


「怖いままでも、できることはあるみたいだから。」


「……僕にもある?」


「きっとあるよ。」


僕は小さな手を両手で包む。


「いつか、この手で誰かを守ってあげて。」


「うん……!」


子どもから笑顔が零れた。


「ミア!」


すると、遠くから女性の声が響いた。


「お母さん!」


子どもがぱっと顔を上げる。

広場の入口から、一人の女性が駆けてきていた。


「ミア……!」


僕が手を離すと、子どもは女性の元へ駆けていく。

女性はその小さな身体を抱きしめた。


「よかった……本当によかった……!」


僕はその姿を見て、胸を撫で下ろす。


「お兄ちゃん!」


「ん?」


「助けてくれてありがとう!」


「……うん。」


笑顔で手を振る子どもに、僕も手を振り返した。


「ここはまだ危ないかもしれないから、お母さんと一緒に避難しててね。」


「うん!」


その子はもう一度大きく手を振ると、お母さんと一緒に避難している人たちの元へ戻っていった。


守れた。

その事実に、胸の奥が少しだけ温かくなった。


怖かった。

それでも、あの子を守りたいと思った。


どうしてあんな光が出たのかは分からない。

自分のことなのに、分からないことばかりだ。


ふと、手のひらへ視線を落とす。

金色の光は、もう消えていた。


それでも──

あの子を守れた。


今は、それだけで十分な気がした。

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