↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Memory 〜時紡ぎの旅路〜  作者: Rin凜Lin
第一章 目覚め
PR
2/36

第一話 目覚めの時

「バイタル安定。脳波、魔力循環共に正常。」


遠くの方で声が聞こえる。

誰の声かは分からない。

けれど、どこか懐かしい声だった。

僕はゆっくりと目を開く。

見知らぬ白い天井。

そして見慣れない装置の数々。

規則的な電子音が静かな室内に響いていた。


「ここは……?」


乾いた喉から掠れた声が漏れる。


「……っ。」


その瞬間、近くにいた女性が息を呑む。

藤色がかった長い銀髪。

優しげな紫の瞳。

どこかで見たような気がするのに、思い出せない。


「……本当に。」


女性が小さく呟く。


「本当に、目を覚ましたんですね。」


嬉しそうで、どこか泣きそうな声で。

女性は端末を手に取る。


「総司令官(イコライザー)を呼んでください。ノエルさ──ノエル・ルドベキアが目を覚ましました。」


ノエル・ルドベキア。

その名前を聞いた瞬間、胸の奥が少し疼いた。

だが──


「……ノエルさん?」


それが、自分の名前だという確信は無かった。


「大丈夫……という聞き方は少し変ですね。気分はどうですか?」


「……よく、分からない。」


頭の中に薄い霧がかかったようで、上手く思考がまとまらない。


「そうですか。」


女性は安心したように微笑む。

それから一度だけ小さく息を整えて、僕へ向き直った。


「では、いくつか確認させてください。」


「……その前に、一つ聞きたいことがあって。」


「はい。」


「君は……誰なの?」


その言葉に女性の瞳がわずかに揺れた。

ほんの一瞬だけ言葉を失う。

それでも彼女は静かに微笑んだ。


「私はセレナ・カンパニュラです。黎明の翼(アルバ)で医療班を務めています。」


セレナと名乗った女性は小さく頭を下げる。


「改めて、よろしくお願いします。」


まるで初対面に向けるような言葉だった。

けれど、その声の奥には、初対面とは思えない温かさがあった。


「『ノエル』。その名前に覚えはありますか?」


「さっき君が口にしていた。ノエル・ルドベキアって……それが、僕の名前?」


セレナは静かに頷いた。


「はい。あなたの名前です。」


僕はもう一度、その名前を心の中で繰り返す。


ノエル・ルドベキア。


不思議と違和感はない。

だけど、そのこれから先は何も続かなかった。

思い出そうとしても、まるで白い霧の向こうに手を伸ばしているようで、何も掴めない。


「……何も思い出せない。」


そう呟くと、セレナはほんの少しだけ目を伏せた。


「そう、ですか……」


すると彼女が真っ直ぐこちらを見つめる。

その表情は穏やかなままだったが、どこか覚悟を決めたようにも見えた。


「では、落ち着いて聞いてくださいね。」


静かな声が部屋に響く。


「あなたは十年前、ある戦いから今日まで、一度も目を覚ますことなく眠り続けていました。」


「……え?」


思考が止まる。

ただでさえ霧がかったように、上手く働かないのに。


十年。

彼女は確かにそう言った。


「十年……?」


思わず聞き返す。


「はい。」


「そんな……」


信じられるわけがない。

昨日まで普通に生きていた。

そんな感覚しか残っていないのに。


「……本当に、十年も?」


「……あの日からちょうど十年経っています。」


そう言うと、セレナは端末を僕に向けた。

表示されていた年号は、彼女の言葉通り十年先を示していた。

信じたいわけじゃない。

それでも、その現実は否定することができなかった。


コンコン──


扉を叩く音が部屋に響く。


「入るぞ。」


落ち着いた低い声が扉の向こう側から聞こえた。

不思議とその一言だけで、部屋の空気が引き締まる。


「……目を覚ましたか、ノエル。」


部屋に入ってきたのは、長い銀白色の髪に、黄金に輝く瞳を持つ女性。

この人を見ていると、胸が少し騒つく。

緊張というよりも、嬉しいという感情に近い。


「君は?」


その言葉に女性はほんの一瞬、目を見開いた。


「総司令官(イコライザー)。彼は記憶を失っているの。」


セレナが静かにそう告げた。


「……そうか。」


納得したような声だったが、どこか寂しさを感じた。


「私はセレス・ルミエール。黎明の翼(アルバ)の総司令官(イコライザー)だ。」


その名前にどこか懐かしさを感じたが、やはり目の前の女性のことは思い出せない。


「何も覚えていないんだな。」


少し寂しそうに呟く。

一瞬の静寂の後、彼女はベッドに座る僕に目線を合わせる。


「目を覚ましてくれて、ありがとう。」


セレスは僕の手にそっと触れた。

その温もりは優しかった。


「……一ついい?」


「どうした?」


「さっきから出てくる『アルバ』っていうのは何?」


セレスは少しだけ間を置いた。


「私たちが所属する組織だ。そして、お前の帰る場所でもある。」


黎明の翼(アルバ)。

初めて聞くはずの名前。

それなのに、胸の奥が少しだけ温かくなる。


「そこは……僕にとって大切な場所だったの?」


セレスは小さく頷いた。


「あぁ。お前が誰よりも大切にしていた場所だ。」


その言葉に胸の奥が小さく疼く。

帰る場所。

大切だった場所。

なのにどうしても思い出せない。


「……ごめん。」


気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。


「謝る必要はない。」


セレスは小さく首を横に振る。


「お前は戻ってきた。それだけで十分だ。」


セレスの言葉に重く感じていたものが軽くなった気がした。


「今日は休め。話はまた落ち着いてからにしよう。」


小さく頷くと、セレスはそのまま部屋を出ていった。


もう一度ベッドに横たわる。

記憶喪失。

十年。

黎明の翼(アルバ)。

何一つ分からない世界。

それでも──


胸に残るこの温もりだけは、嘘じゃない気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。