↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Memory 〜時紡ぎの旅路〜  作者: Rin凜Lin
第三章 新たな一歩
PR
15/36

第五話 身体の記憶

食堂を出ると、朝の澄んだ空気が頬を撫でた。


「それでは、お二人とも頑張ってください。」


リリアは柔らかく微笑み、小さく手を振った。


「ありがとう。」


「おう。行ってくる。」


リリアと別れ、僕はエインの後を追って歩き出した。


「まだ痛むか?」


「うん。歩くだけでも結構くる……」


エインは苦笑しながら頷く。


「最初はそんなもんだ。」


「エインも?」


「あぁ。昔は翌日まで起きられなかったこともある。」


訓練場に近づくにつれ、隊員たちの掛け声が耳に届く。

その方向から見覚えのある人影が近づいてきていた。


「お、クロウじゃねーか。」


「エイン教官。」


クロウは僕たちの前で足を止めた。

汗で前髪が額に張り付き、首にはタオルが掛けられている。

どうやら朝から訓練していたらしい。


「昨日約束した時間にはまだ早いな。」


その言葉は僕へ向けられていた。


「う、うん。」


「早いに越したことはない。やるぞ。」


クロウが歩き出そうとした、その時。


「おっと、悪(わり)ぃなクロウ。」


エインが一歩前へ出る。


「今回は俺に見させてもらおう。」


クロウはわずかに眉をひそめた。


「聞いてない。」


「今言ったからな。」


エインが笑いながら、クロウの肩を軽く叩く。


「昨日が実戦だったんなら、今日は基礎だ。」


クロウは無言でエインを見つめる。


「どうせ朝っぱらから訓練してたんだろ?少しくらい休んどけ。」


「いつも通りだ。」


再び歩きだそうとするクロウを、エインが呼び止める。


「とにかく、今日は俺が見る!これは教官命令だ。」


その言葉に、クロウは小さく息をついた。


「……任せた。」


「おう。」


クロウは踵を返し、静かにその場を後にした。


「じゃあ、行くか。」


僕たちも再び、訓練場へ向かって歩き始めた。


訓練場に着くと、隊員たちが各々、訓練をしていた。

木剣を振る人もいれば、外周を走っている人もいる。


「早速やるぞ。」


「うん。」


エインが武器棚から二本の木剣を取り出す。


「ほら、いくぞ。」


その一本を、僕に向けて投げてきた。

考えるよりも先に、右手が動いていた。

気づけば、僕の手は自然と柄を掴んでいた。


「やっぱり体は覚えてるな。」


「え?」


「普通なら避けるぞ。」


「言われてみれば……」


確かに、避けようと思えば避けられた。

でも投げられた木剣は空中だとなぜかゆっくりに見えて、簡単に掴めそうだった。


「……それがお前の十年だ。」


エインは嬉しそうに目を細めた。


「記憶はなくても、積み重ねたもんは消えねぇ。」


「そう……なのかな。」


「だからものにしないとな。」


そう言ってエインは木剣を真っ直ぐ構える。


「構えてみろ。」


「分かった。」


また自然と体が動く。

エインに向けて木剣を構えた。


「構えはできてるな。じゃあ、一度だけ俺に向けて振ってみろ。」


「え?」


「大丈夫。ちゃんと受けるからよ。」


少しの不安を抱えながら僕は切っ先をエインに向けた。


「……行くよ?」


「来い。」


エインは笑って木剣を構える。

一つだけ息を吐いて、僕はエインに向けて駆け出した。

木剣を上段から一気に振り下ろす。

エインは僕の剣をしっかりと受け止める。

反発した力が重く、手に響く。

拮抗状態の中、エインの視線が僕の足元へ落ちた。


「……なるほどな。」


「わっ。」


エインが受け流すように力を抜いた。

前方に倒れそうになった僕の体を、片腕で受け止めた。


「勢いはいいな。」


体勢を立て直して、エインと向き合う。


「手と足がバラバラだな。それと、相手を見すぎ。」


その瞬間、脳裏にクロウの言葉が蘇る。


「同じこと言ってる……」


「お、まじか。」


エインはどこか嬉しそうに、にやりと笑う。


「それじゃ──」


「あ、ちょっと。」


エインが僕から木剣を取り上げた。


「足運びから教えてやる。」


「足運び……?」


「そうだ。」


エインが木剣を横に置く。


「剣を振る前に、一番大事なのは足だ。」


「剣じゃないんだ。」


「剣は足についてくる。その場で振っても相手に届かないだろ?」


エインはゆっくりと一歩、踏み出して見せる。


「まぁ、見るだけじゃ分かんないと思うからよ。とりあえず形だけ真似してみろ。」


見よう見まねで、足を動かしてみる。


「まずは重心を真ん中に置け。」


「う、うん。」


「肩の力を抜いて、膝を少しだけ曲げる。」


隣で実演するエインを見ながら足を置く。


「そう。それならどっちにも動ける。」


背筋がすっと伸びていた。


「俺の指示に従って動いてみろ。」


「分かった。」


「前へ一歩。」


エインの指示通り、前へ踏み出す。


「そのまま戻れ。」


後ろへ下がる。


「次は右。」


右へ踏み出す。


「左。」


左へ踏み出す。


「繰り返すぞ。」


「うん。」


前。後ろ。右。左。

しばらくそれを繰り返した。


「違うな。」


「え?」


「頭から動いてるぞ。」


エインは僕の胸を軽く押した。

僕の体勢が崩れて、ふらついてしまう。


「ほら、倒れる。重心が前に行きすぎている証拠だ。」


「そ、そっか……」


足の動きだけのはずなのに、思った以上に難しい。


「足で運んで、腰で支えて、最後に腕がついてくる。」


エインは腰を落として、僕と目線を合わせた。


「な?大事だろ?」


「……だね。」


もう一度、足を運んでみる。

前。後ろ。右。左。

ゆっくり一歩ずつ。

額に汗が滲む。

足だけを動かしているはずなのに、少しずつ息が上がっていく。


「……なんだろう。」


しばらく繰り返しているうちに、胸の奥が懐かしい温もりで満たされていく。

足の置き場を考えなくても、体が勝手に次の一歩を選んでくれる。

少しずつテンポも早くなっていく。

その様子にエインは目を細めた。


「考えなくても動けるだろ?」


僕は小さく頷く。


「それも、お前が積み重ねてきた十年だ。」


積み重ねてきた十年。

……こんな時間を、毎日過ごしていたんだろうか。


「なんか……楽しいね。」


いつの間にか笑みをこぼしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。