第三話 届かない背中
お互いが間合いを取る。
静かな時間だけが流れていく。
緊迫した空気に、思わず息を呑んだ。
「行くぞ。」
クロウが腰を落とした、その瞬間だった。
地面を力強く蹴る音が響いた。
速い!
間合いは一瞬で詰められ、すでに木剣が横薙ぎに迫っていた。
「くっ……!」
咄嗟に木剣を滑り込ませる。
受けはした。だが──
「うわっ!?」
衝撃を受け止めきれず、体が大きく弾き飛ばされた。
そのまま地面を転がり、ようやく止まる。
全身が砂まみれだった。
強い……!
クロウはその場から微動だにしてない。
木剣を構えたまま、静かに僕を見据えていた。
「次はお前から来い。」
頬を拭い、もう一度剣を構え直す。
そしてクロウに向けて駆け出した。
木剣を掲げ、縦に振り下ろす。
「遅い。」
クロウが上段で受ける。
それも片手で。
すでに懐に潜り込まれている。
何か防御手段は──
そう考えた頃には、僕の視界がぐるりと回転していた。
「うぐっ。」
背中から地面へ落ちる。
すぐに立ち上がるつもりだった。
しかし、木剣の切っ先が喉元へ突きつけられ、身動きが取れなかった。
「……こんなものか。」
クロウは木剣を喉元から離し、再び間合いを取る。
「もう一度。」
僕もすぐに立ち上がって、木剣を構える。
迂闊に真っ直ぐに振ったって通用しない。
どうすればいい。
クロウに攻撃するにはどうすれば──
「迷うな。」
「うっ……!」
すでに距離を詰められていた。
「敵は待ってはくれないぞ。」
また木剣で受ける。
さっきと同じ衝撃が全身を襲う。
今度は吹き飛ばされる前に、必死に足を踏ん張った。
「だったら──!」
そして力強く地面を蹴り、クロウの胴体に向けて突きを放った。
少し距離はあるが、これなら届く……!
しかし、軽々と横から木剣を払われた。
「体勢が悪い。」
背中を木剣で軽く打たれた。
勢いのまま、今度は前から地面へ転がった。
「それじゃ次が繋がらねぇ。」
僕は木剣を地面に突き刺し、それを支えに立ち上がる。
次は自分からクロウに向けて木剣を構えた。
クロウの剣さばきは一流だ。
それに力もある。
あの木剣をどうにかしない限り、僕の木剣は届かない。
「次はこっちから行くぞ。」
来る……!
思わず木剣を握り直す。
クロウは間合いを詰め、剣を振りかぶる。
あの力を受けるのなら両手で──
クロウの木剣と僕の木剣がぶつかる。
乾いた音が訓練場に響いた。
今度は受けることができた。
「……剣を見過ぎだ。」
「あ。」
思わず言葉が漏れる。
クロウの左手が、いつの間にか僕の胸元に添えられていた。
「戦場ならこれで終わりだ。」
その一言だけで十分だった。
「ここまでだな。」
クロウがそっと手を下ろす。
「まだ……」
「焦るな。」
木剣を肩に担ぎ、クロウは続ける。
「体は覚えている。だが、頭と体が噛み合ってねぇ。」
クロウの言う通り、自然に構えは取れる。
しかし、思うように体が動かせないんだ。
「大丈夫ですか!」
すると、リリアが駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫……」
少しふらつきながらも、僕は立ち上がる。
「……少し休みましょう。」
リリアは僕が持っていた木剣をそっと受け取る。
「木剣は貰う。」
「ありがとうございます。」
クロウがボロボロの僕を見据える。
「明日も同じ時間だ。」
それだけ言って、クロウは武器棚の方へ戻って行った。
「どうだ?」
「型は残ってる。だが、実戦感覚はほぼゼロだ。」
「そうか。」
セレスは静かに頷いた。
クロウはセレスを一瞥し、小さく息を吐く。
「十年前とは違う。」
「……今は、な。」
セレスはどこか遠くを見つめていた。
僕はゆっくりと訓練場を見渡す。
汗を流し、何度も木剣を振るう隊員たち。
その背中が、今はとても遠く感じた。
「……悔しいな。」
気づけば口からこぼれていた。
何一つ、クロウには届かなかった。
それでも──
木剣を握っていた手に、自然と力が入る。
「明日は、もっと……」
小さく呟いたその言葉は、訓練の音にかき消されていった。




