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竜殺しの姫は、今日も隣国の魔女に飼われている  作者: 明石竜


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第二十四章 誰も眠らない作戦室

 旧戦場から戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。

 早朝に出て、夜明けの空の下で古竜を封じ、帰ってきた。時間だけを見れば半日にも満たない。だが、リゼットには数日分の戦いを終えたように感じられた。

 体が重かった。

 馬車を降りる時、足元が一瞬だけ沈んだ。倒れるほどではない。立てないほどでもない。けれど、自分の体の重さが、いつもの倍になったようだった。

「手を」

「必要ない」

「必要かどうかではなく、差し出しています」

「……そうか」

 リゼットは少しだけ迷ってから、セレネの手を取った。

 手を借りる。ただそれだけのことが、以前より難しくなくなっている。

 その変化に気づいて、リゼットは少しだけ息を吐いた。

 城門の前には、イリスとノエルが待っていた。ノエルは大きな鞄を抱えている。鞄の口から、記録板と羊皮紙がはみ出していた。

「リゼット様、立てますか」

「立てる」

 ノエルはリゼットの顔を見て、すぐに言い直した。

「歩けますか」

「歩ける」

「では、支えは必要ですか」

「……少しなら」

 ノエルが驚いた顔をした。

セレネも、ほんの少しだけ目を瞬いた。

「何だ」

「いいえ」

 セレネは首を振った。

「今の答えは、とても良かったと思います」

「評価されることなのか」

「はい」

フィグがリゼットの肩の上で、力なく鼻を鳴らした。

「妾の教育の成果じゃな」

「おまえは今日、ほとんど気絶していただろう」

「気絶ではない。戦略的休息じゃ」

「物は言いようだ」

いつものやりとりをしているのに、フィグの声にはいつもの張りがなかった。

 リゼットは肩の上の重さを感じた。

 フィグも消耗している。

 自分だけではない。

 そのことを、今は見ないふりしなかった。

 リゼットは一度、部屋へ戻された。

 戻された、という言い方が正しい。自分では作戦室へ行くつもりだったが、セレネとノエルとイリスの三人に同じ顔で止められた。

「一刻だけ休んでください」

 セレネが言った。

「作戦会議は」

「あなたが眠っている間に、こちらで記録を整理します」

「私も聞く必要がある」

「一刻後に呼びます」

「呼ばなかったら」

「呼びます」

 セレネはそこで少し間を置いた。

「約束します」

 約束、と言われると、リゼットは返しにくい。

 結局、寝台に座らされた。

 鎧を外され、上着を替えさせられ、薬湯を持たされた。イリスの手際は無駄がなく、抵抗する隙がない。セレネは部屋を出る前に、リゼットの方を見た。

「リゼット」

「何だ」

「眠れなくても、横になってください」

「わかった」

「目を閉じるだけでも構いません」

「わかった」

「作戦室に来る時は、必ず誰かを呼んでください」

「……わかった」

「三つ目だけ返事が遅れました」

「気のせいだ」

「気のせいではありません」

 セレネは少しだけ笑った。

それから、真面目な顔に戻った。

「今度は、一人で立たないでください」

 リゼットは返事を探した。

 前なら、立てる、と言った。自分の足で立つことを、当然の義務だと思っていた。

 今も、それは消えていない。

 だが、今日の旧戦場で、七割が成功したのは一人ではなかった。ミレイユが引きつけ、ノエルが測り、セレネが術式を保ち、フィグがつないだ。

 一人で立たなかったから、戻ってこられた。

「……努力する」

「実行してください」

 リゼットは少しだけ目を細めた。

「最近、それを言う者が増えた」

「良い傾向です」

「そうか」

「はい」

 セレネは満足そうに頷き、部屋を出た。

 扉が閉まる。部屋が静かになった。

 リゼットは寝台に横になった。フィグが枕元に移動して、丸くなる。

「フィグ、大丈夫か」

「ぬしに言われるとは、妾も落ちたものじゃ」

「答えろ」

「疲れた」

短い答えだった。強がりではなかった。リゼットは天井を見た。

「そうか」

「ぬしもじゃろう」

「ああ」

「珍しく素直じゃな」

「今日は、そういう日だ」

 フィグは小さく笑った。笑った後、しばらく黙った。

「リゼット、今日、ぬしは死ぬ顔をしておらんかった」

 リゼットは目を開けた。

「そうか」

「そうじゃ。前なら、勝つためなら自分が削れることを当然のように受け入れておった。今日は違った」

「どう違った」

「戻ることを考えておった」

 フィグの声は小さかった。

「セレネのところへ戻ることを。妾の小言を聞くことを。ノエルの報告を聞くことを。そういう顔をしておった」

「……そんなに顔に出ていたか」

「出ておった」

「戦場では良くないな」

「戦場で良かったのじゃ」

フィグは目を閉じた。

「死ぬ顔より、ずっと良い」

 リゼットは何も言えなかった。

 天井の模様を見つめる。ヴァルディスの城の天井。もう見慣れた石の色。初めて来た頃は異国のものだったのに、今はそうではない。

 帰ってきた。そう思った。

そのことに、胸の奥が少しだけ熱くなった。


 一刻後、イリスが呼びに来た。正確には、一刻より少し長かった。リゼットが起き上がると、フィグが不満そうに耳を立てた。

「一刻を少し過ぎておる」

「眠っていたのか」

「眠っておらぬ。見張っておった」

「そうか」

 イリスは扉の前でゆっくりと礼をした。

「作戦室の準備が整いました」

「セレネ殿下は」

「既に作戦室に」

「ノエルは」

「同じく。記録の整理を続けております」

「わかった」

 リゼットは立ち上がった。

 足はまだ重い。だが、さっきよりは動く。

 廊下に出ると、夕方の光が差していた。青みがかった魔術の灯が、まだ明るい時間なのにともっている。城の中が慌ただしかった。騎士たちが行き交い、文官が書類を抱えて走っている。古竜の危機が去ったわけではないことを、誰もが知っていた。

 当面は封じた。だが、根本的には終わっていない。

その事実が、城全体の空気を張り詰めさせていた。


 作戦室に入ると、テーブルの上は紙で埋まっていた。旧戦場の地図。古竜の封印核の位置。竜殺しと古竜の回路を示したノエルの図。セレネの術式草案。古い記録の断片の写し。どれも途中まで書き込まれ、途中まで消されている。

 ノエルは椅子に座っていなかった。テーブルの端に立ち、記録板を見比べている。目の下に薄く影があった。髪も少し乱れている。

「ノエル」

「あ、リゼット様。起きて大丈夫ですか」

「大丈夫だ」

 ノエルがじっと見た。

「本当に大丈夫ですか」

「……歩ける。少し重いが、倒れるほどではない」

「はい。そちらの方が信用できます」

「そうか」

 セレネがテーブルの向こうで、小さく笑った。

リゼットはそちらを見た。セレネも疲れていた。表情は整っている。背筋も伸びている。だが、指先が少し冷えているように見えた。魔術を使い続けた後の、血の巡りが悪い時の手だ。

「あなたこそ休んだのか」

「少しだけ」

「どのくらい」

「……」

「セレネ殿下」

「目を閉じました」

「眠ったのか」

「目は閉じました」

「眠っていないのだな」

 セレネは答えなかった。

リゼットは椅子を引き、セレネの隣に座った。

「一刻後でいい。あなたも休め」

「今は」

「今でなくていい。だが、一刻後だ」

「命令ですか」

「お願いだ」

セレネがわずかに目を見開いた。それから、困ったように笑った。

「断りにくい言い方を覚えましたね」

「あなたに教わった」

「それは困りました」

ノエルが少しだけ笑い、すぐに記録板へ視線を戻した。

作戦会議は、勝利の確認ではなく、失敗しなかった理由の確認から始まった。

「まず、今日の封印術式は機能しました」

 ノエルが記録板を示した。

「リゼット様が核に触れてから少しして、古竜の力は大きく弱まりました。封印核の安定化も確認できています。ただし、完全ではありません」

「完全ではない理由は」 

 ミレイユが尋ねた。

「古竜本体の残滓が、まだ旧戦場の地脈に残っています。今日の術式は、活動を抑えただけです。根を断ったわけではありません」

「では、また起きるのか」

「可能性はあります」

 作戦室の空気が重くなった。リゼットはその重さを感じながら、テーブルの上の図を見た。古竜を示す赤い線と、竜殺しを示す青い線。その二つが、何度も交わっている。

 自分の命に関わる線だ。

しかし今は、それを一人で見ていない。

「根を断つ方法は」

セレネが尋ねると、ノエルは古い記録の断片の写しを一枚引き寄せた。

「百年前の術式に、似た記述があります。完全討滅ではなく、契約断絶に近いものです」

「契約断絶」

「はい。古竜と地脈、古竜と竜殺し、その両方の繋がりを切る術式です。ただ、現代の術式体系とは組み方が違いすぎます。今のままでは使えません」

「再構築が必要ですね」

 セレネが言った。

「はい」

「時間は」

「わかりません。三日で骨格を組めるかもしれませんし、十日かかるかもしれません」

「十日は長い」

 ミレイユが言った。

「古竜が再覚醒する可能性は」

 リゼットはノエルに目を向けた。

「今日の封印が保てば、数ヶ月から数年です。ただし、地脈の揺れが再発した場合は短くなります」

長いようで、短い。今日生き残ったからといって、何も終わっていない。けれど今日生き残ったからこそ、次の手を探せる。

 リゼットは、テーブルの上の記録を見た。

「私にできることは」

セレネがこちらを向いた。

 ノエルも、ミレイユも、フィグも見た。

「今すぐ戦う以外で、だ」

その言葉を自分で足した。

 セレネの表情が少しだけ柔らかくなった。

 ノエルが記録板を持ち直した。

「リゼット様には、計測に協力していただきたいです。今日の術式後、竜殺しと古竜を繋ぐ回路が変質している可能性があります。そこを調べられれば、完全討滅の術式に使えるかもしれません」

「わかった」

「ただし、一度の計測は短くします。負荷が出たら中断します」

「わかった」

「本当に中断します」

「わかっている」

 フィグが肩の上で低く言った。

「声に出せ」

 リゼットは一度目を閉じた。それから言った。

「負荷が出たら、中断する」

「よし」

 フィグが頷いた。

 作戦室の緊張が、ほんの少しだけ緩んだ。


 夜になっても、作戦室の灯は消えなかった。軍部の将校たちは交代で戻り、ミレイユは騎士団の配置を確認しに出た。イリスは茶と軽食を運び続けた。フィグは途中で菓子皿の横に陣取り、誰かが疲れた顔をするたびに「食え」と命じた。

「なぜおまえが仕切っている」

「妾は長老格じゃ」

「精霊としてか」

「菓子皿の管理者としてじゃ」

「狭い権限だな」

「大事な権限じゃ」

 ノエルが小さな焼き菓子を一つ取った。セレネも、イリスに視線で促されてようやく口にした。

 リゼットはその様子を見ていた。

 誰も眠っていない。だが、誰も一人ではなかった。

 ノエルが計算を誤れば、セレネが補正する。セレネが術式の組み替えで止まれば、ノエルが古い記録の別の行を指す。ミレイユが戻ると、戦場での動線を地図に書き込む。イリスは誰がいつ限界に近づくかを、たぶん全員より早く把握している。

 自分は、こういう戦い方を知らなかった。

 剣を振る。敵を斬る。誰かの前に立つ。

 それが守ることだと思っていた。

 けれど今、作戦室の中で行われていることも、間違いなく戦いだった。

 誰かを死なせないための戦い。

 リゼットはノエルの横に立った。

「その線は何だ」

「竜殺しの気配と、封印核の反応です」

「ここで重なっている」

「はい。今日、リゼット様が核に触れた瞬間に反応が変わりました。たぶん、古竜側がリゼット様を取り込もうとしたのではなく、逆に術式がリゼット様を通して古竜の回路に入り込んだんです」

「つまり」

「リゼット様は鍵です。でも、燃料ではありません」

 ノエルはそう言った。

 リゼットは少しだけ目を伏せた。

 その違いは大きかった。

「前は、燃料にする案だったのか」

 ノエルは気まずそうに唇を結んだ。

 セレネが代わりに答えた。

「そうです」

「そうか」

「ですが、今は違います」

「ああ」

 リゼットは頷いた。

「今は、違う」

 自分でも言った。

 その言葉が、胸の中に落ちる。

 前と今は違う。国のために差し出される切り札ではない。古竜を封じるために燃やされる媒介でもない。鍵なら、開ける場所を選べる。誰と使うかも、選べる。


 深夜近くになって、セレネが限界を迎えかけた。

 本人は隠していた。だが、リゼットにはわかった。紙に伸ばした指が、一度だけ止まった。文字を書く時の線が、ほんの少し乱れた。

「セレネ殿下」

「何ですか」

「一刻後と言った」

「今は重要なところです」

「あなたは、私が同じことを言ったら止めるだろう」

セレネは黙った。

 リゼットはその沈黙を逃さなかった。

「休んでくれ」

「……お願いですか」

「お願いだ」

「断れますか」

「断れる」

「断ったら」

「ノエルとフィグとイリスに言う」

「それは、断れませんね」

 セレネは観念したように息を吐いた。

 ノエルが小さく手を上げた。

「あ、続きは私が見ます。殿下の書いた骨格は読めます。たぶん」

「たぶん、ですか」

「読めます」

 イリスがすでに毛布を持ってきていた。

「別室の長椅子を整えております」

「準備が良すぎませんか」

「殿下が限界を迎えることは、二刻前から予測しておりました」

「イリス」

「事実でございます」

 フィグが菓子皿の横で頷いた。

「休め、魔女娘。ぬしが倒れると小娘が面倒な顔をする」

「面倒な顔とは何だ」

「今しておる顔じゃ」

 セレネがリゼットを見た。

 リゼットは視線をそらさなかった。

「休んでくれ」

 もう一度言った。

 セレネは、少しだけ困った顔をした。

「あなたにそう言われる日が来るとは思いませんでした」

「私も思わなかった」

「では、少しだけ」

「少しではなく、一刻」

「……はい」

 セレネは立ち上がった。

 部屋を出る前に、リゼットの横で足を止めた。

「リゼット」

「何だ」

「ありがとうございます」

「礼を言うことではない」

「わたくしにとっては、礼を言うことです」

 聞いたことのある言葉だった。リゼットは少しだけ笑った。

「そうか」

「はい」

 セレネが部屋を出た。

 扉が閉まる。作戦室に残った灯が、紙の上を照らしている。

 リゼットはテーブルに向き直った。

「ノエル」

「はい」

「続きはどこからだ」

「ここです。古い術式のこの部分を、現代式に置き換える必要があります」

「私は魔術式は読めない」

「はい。でも、竜の気配の違いはわかりますよね」

「わかる」

「では、ここに書かれている感覚の言葉が、実際の古竜に近いか見てほしいです」

 リゼットは記録を覗き込んだ。

 古い言葉で、古竜の気配が記されている。怒り、飢え、眠り、契約、地の底へ沈む熱。

 読める部分は少ない。だが、感覚はわかった。

「ここは違う」

「どこですか」

「眠りではない。引かれる感覚に近い。沈むのではなく、引きずり込まれる」

 ノエルの目が変わった。

「なるほど。では、封印ではなく牽引に近い反応……」

 ノエルが新しい紙を引き寄せた。リゼットはそれを見た。自分にもできることがある。

 剣を振ること以外で。誰かの前に立つこと以外で。そのことが、奇妙なくらい静かに、胸に入ってきた。


 夜がさらに深くなった頃、セレネが戻ってきた。

 約束通り一刻後だった。髪は少し乱れていたが、目の色は戻っている。休んだのだとわかった。

「進展は?」

 セレネが尋ねた。

 ノエルが紙束を差し出した。

「あります。リゼット様の感覚と記録を照合したら、古い術式の解釈が少し変わりました」

「見せてください」

 セレネが紙を受け取った。

 目を通すにつれて、表情が変わっていく。疲労の色が残る顔に、集中の光が戻った。

「これなら、契約断絶ではなく、回路変質として組めますね」

「はい。リゼット様を媒介にするのではなく、リゼット様の気配を鍵にして、古竜側の回路だけを開く形です」

「負荷は」

「まだ不明です。でも、燃料にするより小さいはずです」

 セレネがリゼットを見た。

 リゼットも見返した。

「鍵であって、燃料ではないそうだ」

「ええ」

 セレネの声が、少しだけ震えた。

「その違いは、大きいです」

「ああ」

 フィグが肩の上に戻ってきた。

「では、方針は決まりじゃな」

「まだ詳細は詰める必要があります。ですが、完全討滅の可能性はあります」

 可能性。ノエルのその言葉が、作戦室に落ちた。

 勝利ではない。確定でもない。だが、絶望ではない。

 リゼットはテーブルの上の地図を見た。

 旧戦場。古竜。封印核。竜殺しの気配。セレネの術式。ノエルの計算。ミレイユの動線。フィグの感覚。

 全部が、一本の線になりかけている。

「次は、準備を整えて出る」

 リゼットは伝えた。

「緊急出撃ではなく、全員が準備を整えた出撃です」

 セレネが続けた。

 ノエルが頷く。

「そのために、三日ください。三日で術式の骨格を組みます」

「三日三晩、寝ないつもりではないだろうな」

 リゼットが言うと、ノエルは目をそらした。

「ノエル」

「あ、交代で寝ます」

「実行してくれ」

「はい。実行します」

 セレネが穏やかに笑った。

 ミレイユが戻ってきたのは、その時だった。騎士団の配置図を持っている。

「こちらも、次の出撃に向けて動線を組み直しました」

「早いな」

 リゼットが言うと、ミレイユは当然のように答えた。

「今度は誰も無理に突出させないためです」

「私のことか」

「主に」

「はっきり言う」

「はい」

 リゼットは少しだけ笑った。

 作戦室の灯が、深夜の石壁に揺れていた。

 誰も眠っていない。けれど、ただ消耗している夜ではなかった。

 明日に向かうための夜だった。


 夜明け前、作戦室の窓が白み始めた。

 セレネは術式の最初の骨格を書き終えた。ノエルはその横で、記録板に新しい計測項目を並べている。ミレイユは騎士団の交代表を完成させ、イリスは全員に温かい茶を配った。

 リゼットは窓際に立った。肩の上にはフィグがいる。さっきまで眠っていたはずなのに、夜明けになると当然のように起きていた。

「長い夜じゃったな」

「ああ」

「だが、悪くない夜じゃった」

「そうだな」

 リゼットは作戦室を見た。

 疲れた顔が並んでいる。

 それでも誰も、リゼットを差し出すものとして見ていない。

 誰も、リゼットを一人で行かせようとしていない。

 そのことが、夜明けの光よりも確かだった。

 セレネが隣に来た。

「リゼット」

「何だ」

「三日後、もう一度旧戦場へ行きます」

「ああ」

「今度は、あなたを燃やすためではありません」

「わかっている」

「あなたを、帰らせるためです」

 リゼットはセレネを見た。

 言葉を返そうとして、少しだけ迷った。

 それから、短く言った。

「一緒に帰るためだ」

 セレネの目が、穏やかに揺れた。

「はい」

 夜明けの光が、作戦室の紙の上に落ちた。

 勝利はまだ遠い。古竜はまだ、旧戦場に眠っている。

 けれど、もう道は見え始めていた。

 命を削るための道ではない。

 生きて戻るための道が。


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