表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜殺しの姫は、今日も隣国の魔女に飼われている  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/26

第十四章 あなたは、知っていたのか

 セレネに問い詰めに行ったのは、翌日の朝だった。

 一晩、考えた。考えたというより、眠れなかっただけかもしれない。天井を見て、剣を見て、窓の外の灯が消えて夜明けの光に変わるのを見ていた。

 フィグは何も言わなかった。夜通し寝台の端にいた。

 朝になって、着替えて、水を飲んで、廊下に出た。セレネの執務室の前まで来た。扉を叩いた。

「どうぞ」

 入った。

 セレネは書類の前にいた。朝の仕事を始めていた。リゼットを見て、一瞬だけ目が止まった。何かを読んだ目だった。

「リゼット」

「少し時間をほしい」

「もちろんです」

 セレネは書類を置いた。イリスが壁際に立っていた。椅子を引こうとした。

「立ったまま話す」

 イリスが動きを止めた。セレネが小さく頷いた。イリスは元の場所に戻った。

 リゼットはセレネの前に立った。

「昨日、廊下で話を聞いた」

「どこまで」

「命を削る、という言葉と、次の封印の器、という言葉を聞いた」

 セレネは表情を変えなかった。ただ、少し息を吸った。

「知っていたのか」

 問いかけた。声が思ったより平坦だった。怒鳴ろうとしていたわけではないが、平坦すぎた。それがかえって、自分の中に何かが固まっている感触を示していた。

「はい」

 セレネは答えた。

「いつから」

「あなたが来た時から、疑っていました。確信に変わったのは、旧戦場の調査の後です」

「それから今日まで、何日だ」

「十日ほどです」

「十日間、私に言わなかった」

「はい」

 はい、と言い続けた。言い訳をしなかった。リゼットはその誠実さを、今は少し腹立たしく思った。言い訳をしてくれた方が、怒りやすかった。

「なぜ言わなかった」

「言い方を間違えたくなかったからです。情報が整う前に話すと、あなたを余計に傷つける可能性があった」

「それはあなたの判断だ」

「そうです」

「私が自分の体のことを知る権利を、あなたが判断で決めたということだ」

 セレネは少し間を置いた。

「……そう言われれば、そうです」

「利用するためではないと言うか」

「言います。利用するためではありません。生かす方法を探していました」

「生かす方法を探しながら、私に黙っていた」

「はい」

「それが問題だと」

「問題だとわかっています」

 わかっています、という答えが出るたびに、リゼットの中で何かが硬くなった。全部受け入れる。全部認める。しかし変えない。そういう答え方だった。

「私はここへ、役に立つために来た」

「知っています」

「役に立てなくなるなら、話が違う」

「役に立てなくなる、とは言っていません」

「命を削るということは、いつか尽きるということだ」

「それを早めないための方法を探しています」

「そういう話ではない」

 リゼットは声を上げなかった。しかし言葉が強くなっていた。

「そういう話ではないと言った。命がいつか尽きることより、あなたが知っていて言わなかったことの話をしている」

 セレネが少し動いた。書類机から一歩出て、リゼットの方に向いた。正面から向いた。

「なぜ言わなかったのかは、言いました」

「言い方を間違えたくなかった、というのは理由になっていない。あなたが準備できるまで待つことと、私が知らないでいることは別の話だ」

「……そうです」

「そうです、と言ってばかりだ」

「反論できないからです」

「反論できないならなぜそうした」

 セレネは答えなかった。

 答えない、ということが答えの一つだとリゼットは思った。理由はある。しかしその理由を今は言わない、という選択をしている。

「私は役に立つためにここへ来た」

 もう一度言った。

「死ぬならそれも役目だ」

 言ってしまった。

 言ってから、フィグに昨夜言われたことが浮かんだ。自分の命を軽く見ている、という言葉が。しかし出てしまった言葉は戻らなかった。

 セレネが変わった。

 表情が変わった。穏やかな顔が消えた。笑みが消えた。含みのある目が消えた。

 代わりに出てきたのは、リゼットが一度も見たことのない顔だった。

「そんな言い方をしないで」

 声が、低かった。穏やかではなかった。怒りだった。これまでのセレネの怒りとは種類が違った。祝宴での怒りは冷たかった。あれは計算のある怒りだった。しかし今の怒りは、計算がなかった。

「そんな言い方を、しないでください」

 繰り返した。

 イリスが壁際で静止した。

「死ぬならそれも役目だと、あなたはそう言いましたね」

「言った」

「それは、あなた自身の言葉ですか」

「……そうだ」

「誰かに言わされた言葉ではなく」

「誰も言わせていない。自分の言葉だ」

「そうですか」

 セレネの声が、さらに低くなった。怒りが沈んでいく方向の声だった。爆発するのではなく、内側に凝縮していく怒りだった。

「あなたを封印の器に使おうとしている人間がいます。あなたの命を消耗品として数えている人間がいます。わたくしはそれを止めるために動いています」

「知っている」

「知っている上で、死ぬならそれも役目だと言いますか」

「それは」

「あなたを道具にしようとしている人間と、あなた自身が、同じことを言っている」

 その言葉が、刃のように入ってきた。

 反論しようとした。しかし言葉が出なかった。

 セレネが言ったことは正確だった。道具として扱う者と、道具として扱われることを受け入れる自分。その二つが同じ方向を向いているという指摘は、否定できなかった。

「わたくしが黙っていたことを怒るなら怒ってください。それは正当な怒りです。しかし、死ぬなら役目だという言い方は、二度としないでください」

「なぜだ」

「なぜ」

 セレネが少し動いた。一歩、前に来た。

「なぜ、というのは本気で聞いていますか」

「本気で聞いている」

「……今は、答えられません」

 また答えられない、という言葉が出た。リゼットの中で何かが切れた。

「また答えられないと言う」

「はい」

「あなたはいつも、肝心なことを答えない」

「そうですね」

「そうですね、と言うだけで何も変わらない」

「今は変えられないことがあります」

「それもあなたの判断か」

「そうです」

 リゼットは一歩下がった。踏み込んでいた距離から、退いた。

「わかった。今日は引き下がる」

「リゼット」

「言いたいことは言った。あなたが知っていて言わなかったことに、私は怒っている。それだけだ」

「……はい」

「それと」

 扉の方へ向かいながら、振り返らずに言った。

「死ぬなら役目だという言い方は、二度としない。それは約束できる」

 セレネが何か言おうとした気配があった。しかしリゼットは扉を開けて、出た。

   

 廊下は静かだった。

 歩きながら、自分の手が少し震えているのに気づいた。怒りだろうか、消耗だろうか、どちらかわからなかった。両方かもしれなかった。

 どこへ行くか決めていなかった。足が訓練場の方へ向いていた。

 行きかけて、やめた。

 今剣を振ることは、フィグが昨夜言ったことの逆方向だ。消耗する方向だ。わかった上でやめることが、今できる小さな変化かもしれなかった。

 代わりに、城の東庭に出た。

 朝の光が石畳に落ちていた。花の香りがあった。人がいなかった。

 石のベンチに座った。

 セレネが感情を乱した。あの顔は計算のある顔ではなかった。怒りだった。本物の怒りだった。

 なぜあの人が、自分の死に対してあれほど怒るのか。

 利用する駒が失われることへの怒りではなかった、とリゼットには分かった。それならあんな顔にならない。もっと冷たい、計算のある怒りになる。

 ではなんだったのか。

 フィグが来た。いつの間にか庭に入っていた。ベンチの横に座った。

「小娘」

「なんだ」

「ぶつかったか」

「ぶつかった」

「そうか」

 フィグは少し黙った。庭の花を見た。

「セレネ殿下は泣いておったぞ」

 リゼットが顔を向けた。

「泣いていた」

「執務室で、ぬしが出た後で。イリスが困っておった」

 それは知らなかった。想定していなかった。

「……それは」

「妾も驚いた。あの魔女娘が泣くとは思っておらんかった」

 リゼットは庭の石畳を見た。

 秘密にされたことへの怒りは変わらなかった。受け入れられない、という感触も変わらなかった。しかしその隣に、今はっきりしなかった何かが生まれていた。

「守ろうとした秘密が、いちばん深く相手を傷つけていた」

 フィグが言った。

「それはどちらへの話だ」

「両方じゃ」

 そうかもしれなかった。

 リゼットは東庭の花を見た。白と薄紫の、名前を知らない花だった。

 セレネが泣いた。

 その事実は、執務室でのどんな言葉よりも、リゼットの中で長く残った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ