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同じ席

馬車が止まる。扉が開く。視線が落ちる。


公爵家の屋敷。見慣れているはずなのに、空気が違う。


(……来た)


足を下ろす。石畳の感触がやけに硬い。使用人たちが一斉に頭を下げる。音がない。無駄がない。


(変わらない)

でも——

(同じじゃない)


顔を上げる。扉の先へ進む。


案内されるまま廊下を抜ける。絨毯が足音を消す。壁に並ぶ肖像画が、無言で見下ろしてくる。


止まる。扉の前。


「お嬢様がお見えです」


開かれる。光が広がる。


室内に足を踏み入れた瞬間、空気が揺れる。視線。一斉ではない。だが、確かに向けられている。


(……見てる)


逃げない。進む。


長い卓。整えられた席。


その先。座っている。


(……カイン)

公爵家の嫡男。次期当主。


正面で動かない。無駄がない。視線だけが、こちらを捉える。


隣に、もう一人。


(……レオンハルト)

血の繋がらない義兄。同じ家にいながら、どこか距離のある存在。


変わらない表情。だが、わずかに目だけが動く。


立ち止まる。一礼。


「お招きいただき、光栄に存じます」


沈黙が落ちる。


カインが口を開く。


「座れ」


「失礼いたします」


席に着く。背筋を伸ばす。音を立てない。


カインの視線が外れない。測られている。


(……見てる)


逃げない。逸らさない。


数秒。


「——変わったな」


「そうでしょうか」


カインの目が、わずかに細まる。


「以前は、視線を避けていた」


「そうかもしれません」


沈黙。


レオンハルトの視線が、わずかにこちらに向く。


カインが続ける。


「理由は」


一拍。考える。


「必要がなかったからです」


カインの指先が、わずかに止まる。


「……今は必要だと?」

「はい」


視線を逸らさない。


「見られているので」


沈黙。空気がわずかに変わる。


レオンハルトの目が、ほんの少しだけ見開かれる。すぐに戻る。


カインは動かない。ただ見ている。


「誰に」

「皆様に」


カインの口元が、ほんのわずかに動く。


「理解しているな」


「恐縮です」


食事が運ばれる。皿が置かれる音だけが、静かに響く。ナイフを取る。

金属が触れる音は、鳴らない。

切る。迷いがない。


一定の動きで、皿の上だけが静かに整う。

口に運ぶ。


姿勢は崩れない。

視線は落としすぎない。


(……変わらない)


カインの視線を受けたまま、動きは止まらない。


(見られている)


それでも——


乱れない。


カインは何も言わない。だが、時折視線が来る。測る。比べる。判断する。


(……見てる)


分かっている。それでも手は止まらない。動きは崩さない。呼吸も乱さない。


(大丈夫)


でも——

(同じじゃない)


レオンハルトが口を開く。


「……外に出たと聞いた」


「はい」


「問題はなかったか」


一瞬だけ視線が合う。

その間も、ナイフは静かに皿の上を滑る。音はしない。


「特には」


「……そうか」


カインがナイフを置く。音が、わずかに響く。


「晩餐は以上だ」


「下がれ」


「失礼いたします」


立ち上がる。一礼。背を向ける。

歩く。視線は感じる。最後まで。

扉の前。止まらない。開ける。外へ出る。

扉が閉まる。


静寂。


息を吐く。わずかに、だけ。


(……終わった)


手を見る。震えていない。


(できた)


目を閉じる。一瞬だけ。開く。


(次は)


振り返らない。

歩き出す。

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