一息
部屋に戻る。扉が閉まる。音が消える。
(……静か)
一歩、進む。灯りはそのまま。影が揺れない。
「お召し物を」頷く。手を上げる。背の留め具が外される。一つずつ、迷いなく。布がほどける。重さが落ちる。床に触れる前に受け止められる。
(……軽い)
肩から力が抜ける。呼吸が、少しだけ深くなる。
「何かございましたら」
「大丈夫よ」
扉が閉まる。一人になる。
鏡の前に立つ。映る。崩れていない。髪も、姿勢も、表情も。
(そのまま)
目を細める。ドレスはない。それでも輪郭は変わらない。
(……できた)
指先を見る。わずかに、冷たい。握る。開く。震えはない。
(問題ない)
目を閉じる。
——視線。正面。逸らさなかった。横。測る目。
(……近い)
廊下。静かな声。同じ言葉。違う重さ。
(変わったな)
思考が止まる。続けない。
(……いらない)
目を開ける。鏡の中、同じ顔。
(でも)
わずかに呼吸がずれる。すぐに整える。
椅子に腰掛ける。櫛を取る。髪を梳く。一定のリズム。絡まない。乱れない。
(同じ)
一度、止まる。鏡越しに自分を見る。瞳は揺れていない。光も変わらない。
(……違う)
小さい。言葉にならない。
櫛を置く。立ち上がる。窓へ向かう。外は暗い。灯りが点々と続く。遠い。音は届かない。
手をかける。開けない。冷気だけが、わずかに触れる。
(まだ)
目を伏せる。胸の奥、何かが引っかかる。小さい。消えない。
(……いい)
そのままにする。消さない。形にしない。
手を離す。灯りの下へ戻る。
——コン、と扉が鳴る。
「お嬢様、お手紙が」
盆の上に、封が重なる。多い。装飾も、紋章も、ばらばら。
(……増えた)
一通、手に取る。軽い。中身を見なくても分かる。置く。
「……すべて、処理しておいて」「かしこまりました」
盆が下げられる。
その中で——指が、止まる。
一通。飾りはない。だが、妙に整っている。
(……)
拾う。残りは、そのまま。
「それ以外でいいわ」
扉が閉まる。静かになる。
手の中の封を見る。軽い。それでも、視線が外れない。
(……違う)
指でなぞる。開ける。短い。読み終える。
一拍。
閉じる。机に置く。
(……まだいい)
視線を外す。
鏡の前に立つ。姿勢を整える。呼吸を整える。視線を上げる。
(同じでいい)
一瞬、間。
(同じにはしない)
目を逸らさない。それだけ。
灯りが揺れる。何も変わらない部屋に、わずかな違いだけが残る。




