同じ朝。
目が覚める前から、分かっていた。
この静けさを、知っている。
瞼を開ける。見慣れた天井。
息を吸う。浅い。もう一度、吸う。痛くない。
ゆっくりと体を起こす。
視界が低い。手を持ち上げる。軽い。細い。
指を握る。開く。
(……同じ)
喉が乾く。けれど、震えは来ない。
「お嬢様?」
扉の向こうで、声がする。少しだけ、若い。
「……起きているわ」
返した声が、高い。
間。
それから、扉が開く。
侍女が入ってくる。一礼。動きに、無駄がない。
(変わらない)
「本日は午前に礼儀作法の授業が——」
途中まで聞いて、視線を外す。鏡の方へ。
「……分かってる」
言葉が、先に出た。
侍女が一瞬だけ黙る。
「……失礼いたしました」
(違う)
何が、とは言えない。ただ、ほんの少し。
噛み合わない。
ベッドから降りる。床が冷たい。
鏡の前に立つ。小さな顔。整いすぎた輪郭。動かない表情。
しばらく、見つめる。
口元を、ほんの少しだけ動かす。ぎこちない。
やめる。
(似合わない)
視線を落とす。
記憶が、重なる。
同じ朝。同じ部屋。同じ言葉。
違ったのは、結果だけ。
目を閉じる。
(……やめる)
思考を切る。今はまだ、いらない。
「お嬢様、髪を」
椅子に座る。櫛が髪を梳く。一定のリズム。
(これも、同じ)
何も変えなければ、同じように進む。知っている。
手が、わずかに動く。
櫛が止まる。
「……失礼いたしました」
「いいえ」
鏡越しに目が合う。一瞬。すぐに逸れる。
(今の)
胸の奥が、かすかに揺れる。
(……違う)
小さい。でも、確かに。
息を吐く。
「今日の予定」
侍女が顔を上げる。
「授業のあと」
言葉を切る。浮かぶのは、選ばなかった方。
一度も、行かなかった場所。
「図書室に行くわ」
静かに告げる。
間。
「……かしこまりました」
櫛が再び動き出す。
(変わる)
ほんの、少しだけ。それでいい。
立ち上がる。ドアへ向かう。手をかける。
止まる。
一瞬だけ。
視界の端に、あの光景がよぎる。
笑み。
(……)
開ける。光が差し込む。
(同じでも)
一歩、踏み出す。
(同じにはしない)
扉が、閉まる。
何も変わっていない部屋に、わずかな違いだけが残った。




