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【完結】帳簿令嬢の答え合わせ ~その不正、すべて帳簿が覚えています~  作者: Lihito


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59話:代わりはあるのか

カイルが動いたのは早かった。


書簡を送って三日後には、王都の主要商会と有力者を集めた場が設けられた。場所は監査院の大広間。形式は「融資に関する意見交換」。カイルなりの配慮だろう。「規制の提案」とは書いていない。


広間に入った。


長机が馬蹄形に並んでいる。既に半数以上が席についていた。商会主、代理人、数名の貴族。こちらを見る目がある。好意的なものは少ない。


(——まともな人たちだ)


視界に数字が浮かぶ。意味のある数字だ。ここにいるのは商売で実績を積んできた人間ばかりで、能力の低い者は一人もいない。だからこそ厄介だった。この人たちが反対に回れば、まず通らない。


グレンが壁際に立っている。いつもの位置。


カイルが開会を告げた。手短に趣旨を説明した後、こちらに視線を寄越した。


立ち上がった。


「お時間をいただきありがとうございます。アーレン領領主のアイリス・ヴァレンシアです。本日は、帝国系の融資に関する制度の提案をさせていただきます」


机の上に資料を配った。四条項の概要と、港町の記録の要約。


「現在、王都に広がっている帝国系の融資には構造的な問題があります。複利計算と遅延ペナルティの組み合わせにより、返済不能に——」


「待ちなさい」


一人が遮った。中央の席に座っている壮年の男。商会主だ。名は知らない。だが表情に余裕がない。余裕がない人間の声だった。


「あなたがここで融資の話をする資格があるとは思えない」


来た。分かっていた。


「財務卿の件の後、我々がどうなったかご存じですか。市場は混乱し、取引先は消え、信用は底を打った。あなたが引き起こしたことです」


「私が引き起こしたのは、不正の指摘です。市場が崩れたのは不正が市場の土台に組み込まれていたからで——」


「結果は同じでしょう!」


声が大きくなった。周りの何人かが頷いている。


「不正だろうが何だろうが、崩れたのは事実だ。その後、我々がどうやって立て直したか知っていますか。帝国の商会が融資を出してくれたからですよ。あれがなければ、この中の半数は店を畳んでいた」


「——ええ。知っています」


声が出た。思ったより静かだった。


壁際のグレンが視界の端に映った。真っすぐ立っている。昨日の夕方、あの背中を見た。


(間違っていない。昨日、あの背中がそう言っていた。——大丈夫。まだ言える)


「あの市場の混乱について、私は責任を感じています」


広間が静かになった。


「壊すつもりはなかった。でも結果として壊れた。その事実から逃げるつもりはありません」


男の目が少し変わった。予想していた返事ではなかったのだろう。


「ただ、事実をもう一つお伝えしなければなりません。あの市場の混乱がなぜ起きたか。帝国系の商会が作った架空の取引で市場が膨らんでいた。膨らんだ市場はいつか必ず弾ける。私が暴かなくても、時期が違うだけで同じことが起きていた」


「それは——」


「帝国系の融資も同じです。今は助けているように見える。でも条件の中身を見てください。手元の資料の二枚目。複利の計算と遅延条項を組み合わせた時の総返済額です」


何人かが資料に目を落とした。


「港町では同じ条件で融資を受けた商会の七割が経営不能に陥りました。彼らも最初は助けられたと思っていた。気づいた時には、店も土地も通商権も帝国に移っていた」


沈黙が長かった。


「あなた方を助けた融資は、あなた方を食うための餌です。私はその餌を取り上げたいのではなく、食われる前に別の仕組みを作りたい。そのための四条項です」


何人かの目が変わった。全員ではない。でも、最初に遮った男を含めて、資料をちゃんと見ている人間が増えていた。


こちらの言葉が、少なくとも届いている。


(——届いた。ここからだ)


男が口を開いた。さっきより声が落ち着いていた。


「言いたいことは分かった。帝国の融資が危ないというのは、数字を見れば筋は通っている」


少し間があった。


「だが、止めてどうする」


「……は?」


「帝国の融資を止めたとして、代わりの資金はどこから来るんだ。我々は今、帝国の金で回している。それを止めたら明日から資金が足りなくなる商会がここに何軒あると思っている」


別の男が続いた。


「条項の中身が正しいのは理解した。だが禁止するだけなら誰でもできる。禁止した後の代替案がなければ、あなたは我々に死ねと言っているのと同じだ」


返せなかった。


正しかった。禁止だけでは足りない。帝国の融資を締め出した後、代わりの資金供給がなければ、今帝国の金で回っている商会は即座に詰む。


四条項は搾取の構造を止める仕組みであって、止めた後を支える仕組みではない。


「……代替案は、持ち帰らせてください」


声が小さくなった。自分でも分かった。


最初の男がこちらを見ていた。責めている目ではなかった。


「提案自体を否定しているわけじゃない。だが次に来る時は、我々が明日をどう生き延びるかまで考えてきてほしい」


頷いた。


***


広間を出た。


廊下を歩いている。グレンが隣にいる。


カイルが追いかけてきた。


「よく持ちこたえた、と言うべきか分かりませんが——話を聞く姿勢にはなっていた。最初にあの反発が出た時は正直駄目かと思いましたが」


「聞いてくれただけでは意味がない。代わりを持っていかないと」


「ええ。ですが、あの場で感情論に終わらせなかったのはあなたの力です。中身の議論に入れた時点で、一歩前に進んでいます」


カイルが一礼して戻っていった。


二人になった。


(代わり、か)


禁止はできる。構造は分かっている。でも「代わりは?」に答えられなかった。止めた後をどうするか。金をどこから引っ張るか。帝国にも、私にも依存しない仕組み。


グレンが何か言いかけた気配がした。でも言わなかった。


代わりに、少し歩く速度を落とした。こちらに合わせている。


(——考える。絶対に見つける)


宿に戻る道すがら、頭の中で数字が回り始めていた。

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