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勇者は王妃の『推し』ですわ!  作者: gen.
第四章

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41. 新しい世界





 一つ目の残骸の制御に成功したとしても、この世界には残り六つの鎧の残骸が残されている。だが残る胸甲(ブレストプレート)胴当(フォールド)、左の籠手(ガントレット)、両足の鉄靴(サバトン)。そのいずれもが、右腕の籠手(ガントレット)を御したときと同じく勇者の頑固としか言いようのない精神力、さらにその圧倒的な力の前に次々とねじ伏せられ、自らが発した瘴気を吸い上げていった。

 また、どの鎧の残骸も勇者の制御下に置かれると往年の姿を取り戻し、勇者の全身は――頭部だけを残して――かの冥王の再現ともいえる重厚な鎧に包まれていくのだった。

 それに対して仲間たちは。


「すげー物々しいっすね」

「闇黒騎士ってかんじー」

「頭のみなんもなし、は間抜けよなあ」

「顔に合っとらん」


 などと散々な評価を下していたが、勇者はそんな彼らに苦笑しつつも、ここまで付き合ってくれた義妹や仲間たちの胆力にあらためて後を託してよかったと、密かにそう思っていた。

 やがて一行は最後の地、北の神殿底に眠り続けていた最後の一つ、(ヘルメット)の封印の地へとたどり着く。

 そこはやはり瘴気に満ちた空間だった。いままでの封印の地と比べて異なる点と言えば、石柱が四方のみならず八方に配置されていること。そのほとんどが崩れかかっていること。そして、祭壇が円形の一段高い位置に据えられている、ということだった。

 もはや王の声を待つまでもなく、勇者はその台座の上へと登り、祭壇前、頭蓋骨と角のような意匠、それらを取り巻く黒鉄の茨を組み合わせた(ヘルメット)の前に立つ。

 (ヘルメット)は勇者が台座に立つなり、一際激しく瘴気を発し始めた。まるで勇者はもはや自分が顕現するための獲物ではなく、自分を御しうる脅威であると認めたかのように。そんな(ヘルメット)を見つめ、勇者もまたその感情を排した表情を引き締め、手を伸ばそうとした、その時。

 その背中へ初めて、仲間のそれとはちがう声がかかった。


「お前」

「ん?」


 勇者が引き締めていた表情を、常のものに戻して振り返る。

 そこには真剣な表情の王がいた。ただ何かを言いよどむように口元を動かした彼は、結局呟くような声でこう問いかけた。


「……名は」

「ユーリヒト。陛下は?」

「…………ロロ」

「やっぱなんか可愛いな」

「殺す」

「うん。……あと、頼む」


 世界を――――未来を。

 言葉にせずとも、もはや伝わっただろう。勇者は以前とは違う苦渋を浮かべた王者ロロに対し一つ笑みを残して、再びそれを消し去りながら(ヘルメット)に向き直った。

 それを合図に、ロロの唇はこの日実に七度目となる最大級の攻撃魔法を喚び起こす詠唱と印を、ヴィオレットとゼニラは最高出力の浄化魔法の重ね掛けを、残る戦士たちはそんな二人をいつでも護衛できる位置につき、各々の準備を開始する。


(こいつで、最後か)


 やがて四方を囲む魔法陣が展開され、輝く浄化の光が自身を包んだのを確認した勇者は、目の前の(ヘルメット)を取り上げた。

 両手にずしりとくる重み以上に、手にした瞬間それはがたがたと震え出し勇者の手から逃れようとするかのようだったが、当然ながらその程度で手放すわけもない。


「フ――――……」


 深く息を吐いた勇者は、一息に(ヘルメット)を装着した。

 途端、今度はあの衝撃波ではなく瘴気そのものが竜巻のように荒れ狂い始め、空間にいるすべての者へと襲い掛かった。王は防御呪文を展開し、ヴィオレットとゼニラを戦士たち全員が囲んで支え踏ん張る。

 そんな中、勇者の動きは止まっていた。苦悶の声や激しい動きはない。ただ、装着した姿勢のまま、背筋へ針金を通したようにビクリと痙攣したかと思うと大きく仰け反った。瘴気の嵐はいよいよ激しさを増していた。

 (ヘルメット)と勇者との戦いも、また。

 (ヘルメット)に残る冥王の遺志が、どうあっても自身に靡こうとしないユーリヒトという人間の魂に対して激しい罵倒と侮蔑を浴びせかけていた。

 たった独りの英雄になにができると、お前のような生きた破壊兵器は平和な世ではただの脅威にしかならない、凱旋したお前を迎え入れる背後で王たちは刃を握るということが何故解らないのだと。争いこそが、戦乱こそが、混沌こそがお前を生かしてきたという事実から、お前は目を背けているだけだと。冥王という存在と共にあることだけがお前を真に生かし続けることだと――――何度も、その言葉は刃となって勇者の精神を蝕もうとした。

 だが、今の勇者にはその言葉すら、ただの雑音でしかなかった。

 何故なら初めから、勇者は力に対する執着などもっていなかった。自身が破壊に特化した存在だと理解していた。そしてそれでも、自身を家族と受け入れてくれた人々がいたことを、支えを、智慧を授けてくれた王たちがいたことを、自分を恐れず、手を握ってくれた人がいたことを、彼は一度たりとも忘れなかった。

 刃に傷つき血を流すのは当然のことだ。ただそれでも立つのは止めない。抗うのを止める理由にはならないと、強く、ただ強く――――頑なに。

 とうとう痺れを切らしたように、(ヘルメット)の装飾だったはずの茨が生きた蛇のようにぞろりと動いたかと思うと、(ヘルメット)全体を取り巻き始める。

 始まったその物理的な侵蝕の様子に、唇をかみしめたロロが攻撃魔法陣を発動させようとしたまさにその瞬間だった。

 勇者の籠手(ガントレット)に覆われた両腕が動き、鋼鉄のはずの蠢動する棘を握りしめ――引き千切った。

 その余りの荒々しさに、発動直前の姿勢のまま呆気にとられたロロの目の前で、激しくのたうち伸び続けようとする茨が、ギシャリ、グシャリと軋んだ耳障りな音を立てながら引きちぎられていく。

 それらは地に落ちるとただの鉄くずへ戻ったように硬質な音を立てたが、まだ僅かに蠢いていた。それを止めとばかりに、無造作に踏みつける鉄靴(サバトン)の靴底。悲鳴じみた軋みの音を立て、茨は台座に這いつくばる。

 そして、ロロは聞いた。恐らく台座の上に立つ自分しか聞こえなかったであろう、低く冷たい響きを。 


「だから、うるさいって言ってるだろ」


 瞬間、この場の全員を嬲っていた瘴気の竜巻が停まり、かと思えば逆流して(ヘルメット)へ呑まれていく。断末魔じみたなにかの叫びと共に。


「掴まれ!!」


 カイドウが叫び、勇者たちに背を向けてヴィオレットとゼニラに覆いかぶさった。残る戦士たちもまた全員がカイドウに続いてヴィオレットらの盾になった瞬間、あの衝撃波が放たれ、彼らの踵を浮かせた。それでも彼らは、盾になることを止めなかった。

 衝撃波の威力に祭壇が、周囲の柱が崩れ落ちていく。降り注ぐその破片からもヴィオレットらを守るカイドウら戦士の姿が土煙の中に消えて行く。ロロもまた衝撃波と破片の雨を浴びたが、彼は自らの防御結界で難を逃れた。

 やがて最後の一欠けらが落ちきった時。辺りは静まり返り、もうもうと立ち込める埃の煙幕が瘴気とは違った形で全員の視界を奪っていた。

 そんな中で、重苦しい足音がした。徐々に薄れる煙の中で、彼らに向かう人影が見え始める。

 瓦礫を避けて起き上がった仲間たちやロロが身構える中、煙を割くように現れたのは、鋭い爪が並びドラゴンの鱗や棘を思わせる籠手(ガントレット)、鋭いつま先に、やはり鱗のような装甲が連なる鉄靴(サバトン)、鎚や鑿といった道具類が放射線状に円を描き歪な光輪のような紋章が刻印された胸甲(ブレストプレート)、そこに連なる胴当(フォールド)。翻る漆黒のマント。そして、角のような、棘のような茨の冠をあしらわれた頭蓋骨じみたヘルメット

 全身を往年の冥王の鎧で包まれたその人影の威容に、場の全員が息を呑んだ。

 次の瞬間、その鋭い爪の並ぶ籠手の両手ががしりと兜を掴み、無造作に引き抜く。


「――――みんな、無事か?」


 そこには、笑顔があった。額やこめかみから細く赤い血を垂れ流しながら、それでもいつもの朗らかな声で、兜を脇に抱えた勇者が笑う。


「ッ義兄さん!!」

「傷口洗うよっていうかなんでそこ!?」


 仲間の手を離れ駆け出していくヴィオレットの後に、ゼニラが続く。

 瓦礫の中に取り残されたカイドウたちは、一人、また一人とその場に座り込み、誰ともなく笑いだしていた。誰もが、目頭を熱くさせながら。

 俄かに騒がしくなった台座の上で、残る土煙にけほ、と小さくむせながらも、防御結界を解除したロロが封印の地――――否、すでただの瓦礫の場と化したそこの、遥かかなたにある天井を見上げて呟いた。


「…………呼吸が……楽に、なった」


 数百年、ではない、三千年もの間この地を蝕み続け、一族の喉と肺を灼き、最後には狂わせてきたあの瘴気が、微塵もない大気。

 ロロは初めての感覚へ茫然としたまま、騒がしい目の前の勇者達へと視線を戻す。そこで、勇者と視線がぶつかった。


「ロロ!」


 唐突にその名を呼ばれ、思わず硬直するロロに気づいているのかいないのか。血を洗われ、治癒魔法をかけられながら、勇者はのんきに小脇へ抱えた兜を指す。


「やっぱりこいつが一番うるさかった。俺が暴れたら頭に針ぶっ刺してきたから引きちぎっちゃったけど、いいよな?」


 いいよな、といわれても。すでに瓦礫の一部に交じってしまってるだろうあの茨の残骸たちを思い返しながら、ロロはたった一つの返事をするしかなかった。


「…………ああ」

「よし!」


 なにが『よし』だ。そう言いたくても、ロロは口が動かない。

 鋼鉄の茨を引きちぎるというあまりにも野蛮な力を目の当たりにさせておきながら、本人はまるで、あの玉座の間で相対したときからまるで変っていない。

 愚直で、朴訥とした、ただの人間の一人。

 三千年前の同胞。自分と対になる、勇者。ユーリヒト。


「ちょっと義兄さん動かないで!それに陛下への口調ッ」

「え?あ、しまった。いやでも、ロロも別になにも言ってないし……」


 傍らのヴィオレットにやいのやいのと叱られながら、彼はほとほと困り果てたというかのように頭を掻いている。あの鋭い爪で、ぽりぽりと。

 そのあまりに間の抜けた姿からは、到底冥王の鎧を御した勇者たる威厳など見いだせない。

 見いだせないが、事実としてあの禁じられた宝物、この世で最悪の呪物たちは、間違いなく彼に屈したのだった。

 その現実がようやく実感として自身の意識に追いついてきたロロは、自分でも無意識のうちに、初めてこみ上げてくるものに任せて――――笑っていた。

 間抜けで偉大な、ユーリヒトに向けて。


「あ、ロロ笑った」

「え」

「笑ってなどおらぬ」

「ええーいやいまのは絶対……」


 勇者たちの騒がしい声が、役目を終えたその空間に木霊していた。

 同時刻、魔界の神殿のあちこちで――発生済みの瘴気はそのままだが――瘴気の濃度が格段に薄くなったことに、特にその身を捧げる祈りの間にあった神殿長たちは気づき、驚愕した。やがてその驚愕は神殿中に、神殿内から集落中にと伝わり、大変な騒ぎが起こっていたが、彼らは見慣れた赤く染まった空が、徐々に端から紫に、そして青く変じ始めていることには気づいていなかった。

 また時を同じくして――――地上、表世界では冥王の残したあの紫の貴石の欠片が、すべて白い砂となって崩れ落ちているのだった。





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