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勇者は王妃の『推し』ですわ!  作者: gen.
第四章

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42. 新しい同胞





 中つ国が、いや、大陸中が騒ぎになっていた。

 驚愕以上の歓喜に満ち溢れたそれは、各地のダンジョンから排出されていた瘴気が消え、またダンジョン内にこもっているそれも薄れつつあるという報告が一神殿ではなく全ての神殿から同時に、各国の王室へ向けて放たれたためである。だが各王室の公的な発表を待つまでもなく、ダンジョン近くの集落の者たちや、何よりダンジョンに潜りモンスターを狩る冒険者たちはその変化を肌身で感じ取っていた。

 モンスターたちも異変を感じ取ったのか、全大陸規模でその活動を潜め始めつつあった。

 さらに、中つ国王妃ベルグリンデのこれまでの工作により、勇者たちの救世の旅路が知られている土地では「勇者万歳」の声も上がっていた。

 力強く、また勇者を送り出した最初の地としてますますその名を知られるようになった中つ国。その王城では各国及び各自由都市からの使者が詰めかけ、国王エゼルレッドとその妻ベルグリンデは引っ切り無しの彼らの対応に追われていた。

 そのよく晴れた日の午後、やはり謁見の間にいたエゼルレッドとベルグリンデだったが、一人の第一騎士団の団員が玉座に近づき、あることをエゼルレッドに耳打ちした。

 「未確認の飛行隊列が接近中」とのその報告に、思わずエゼルレッドは傍らの妻を見遣る。すでに言葉はなくとも夫の考えをその表情から読み取れるようになってたベルグリンデは、余所行きの笑顔を散らし、明るいそれに塗り替えた。

 奏上文を読み上げつつあった使者たちは、突然の国王夫妻の様子に何事かと目を瞬かせている。

 そんな彼らに構わず、いや、ある意味ではこの場における最大限の気遣いとして、二人はこう言い残して席を立った。


「すまないが、凱旋を出迎えなくてはいけない者たちがきた」

「よろしければご一緒にどうぞ」


 言い終えるや否や、国王夫妻は足早に玉座からの階段を下り、使者たちの傍らを通り過ぎていく。謁見の間脇の扉ではなく、使者たちも入ってきた正面の扉へと。

 そんな彼らの様子にしばし呆気に取られていた使者や廷臣たちも、我に返るなり慌てて彼らを呼びながらその後を追うのだった。

 その一団は、王都に施された魔術的な結界すらも軽々と飛び越えていた。天高く昼下がりの日を背負うその姿の多くはまだ黒い点でしかなかったが、正門前広場上空へと突出した二つの影が現れる。二つ、いや二人のうち片方の重装備が明らかになるにつれ、王城は当然の警戒体制へと移行し、それを示す角笛の音が鳴り響いていた。

 だが、慌ただしく駆け回る衛兵たちや第一騎士団団員たちの前に現れたエゼルレッドが、決然として言い放った。


「警笛を止めろ。その必要はない」


 王城の警戒態勢は、本来の規範に則ったものである。だがそれを上回る総帥――国王による絶対の命令の前に、角笛の吹き手たちは戸惑いながらもその手を下ろした。正門前広場の角笛が止むと、一つ、また一つと呼応していた角笛の音が止んでいく。

 そんな当惑と緊張が混じる空気の中を、緩慢な速度で降下してきたのは――――禍々しい鎧兜姿の闇黒騎士と、その騎士に腕をとられ宵闇色のローブを纏った、まるで神像の如き美貌の人物だった。

 対照的ながら背にした青空からは切り取られたようなその異質さ。そんな二人の姿に、正門前広場を固めていた衛兵や騎士、さらには国王夫妻について外へと出てきた使者や廷臣たちの間に波のようなどよめきが起きる。

 しかし、夫の傍らへ寄り添うベルグリンデは、かつての悪夢で見た姿形と同じでありながら、決定的に違うものを二人の姿に見出していた。

 さらに正門前広場へ降り立った二人の後を追うようにして、次々と降下してくるのは、ほかならぬかの勇者一行の面々だった。

 やがて着地した禍々しい鎧兜の闇黒騎士は、傍らの人物の腕をそっと解放する。そしてその両手で、厳めしい兜を無造作に抜き取り、小脇に抱えた。


「ただいま帰りました!陛下、妃殿下!」


 そこにあったのは誰あろう、救世の勇者にしてベルグリンデの『推し』たる勇者、ユーリヒトの満面の笑顔だった。傍らに立つ宵闇色のローブの人物こと、要の地の王ロロは、どよめく周囲をゆっくりと見渡しながらもユーリヒトの傍らを離れまいと言うかのように寄り添っている。


「勇者たち!」

「よく帰った」


 あくまで歩きながらも、出来る限りの早さでベルグリンデとエゼルレッドは彼らへ歩み寄っていく。ユーリヒトもまた二人へ歩み寄りながら、空いた片手でロロの手を引いていた。


「あ、どうしても行くっていうんで連れてきました。魔王こと要の地の王様のロロです」

『!?』


 さらりと告げた言葉に、周囲は二度目のどよめき、というか混乱に落ちた。

 「聞き間違いか?」「『要の地』と言わなかったか?」などという言葉が矢継早に交わされる。衛兵たちは槍を握る手に力が籠り、騎士の一部は剣の柄へ手をかけ、使者や廷臣たちの中には後退る者もいた。

 それでもエゼルレッドとベルグリンデは周囲の喧騒など聞こえないかのように、ロロへと確かに目を合わせて微笑みかけ、緩やかな礼の姿勢を取った。


「お初にお目にかかる。遠路はるばるよくおいで下さった。中つ国の国王、エゼルレッド・アプ・カドヴァン・オブ・グウィンアルト、心より歓迎申し上げる」

「同じく中つ国王妃、ベルグリンデ・ヴェルフ・エリネッド・オブ・グウィンアルトが、お越しを歓待いたします。要の王陛下」


 その姿が、喧騒の一部をねじ伏せた。国王夫妻の礼の姿を前に、然るべき者たちは慌てて平伏する。


「ロロ、ほら」

「……ロロ・ライネローエである。国王夫妻の歓迎に感謝する」

「すみません。なんか人見知りしてるみたいで」

「しておらぬ」


 一方、緊張感の欠片もない二人のやり取りを前に、勇者一行の仲間たちからはくすくすと笑い声が漏れた。

 彼らを除いて、混乱が最高潮に達しつつある周囲をよそに、静かに礼を解いたベルグリンデはあらためてロロへと微笑みかける。


「本当に、おいでをお待ちしておりましたのよ」


 その言葉が持つ万感の意味を知らずとも、歓迎の意志を確かにくみ取ったロロが短く応えた。


「……然様か」

「ええ」


 二人の視線がようやく交わった。その時、周囲を見渡すエゼルレッドの威厳に満ちた声が正門前広場へ轟いた。


「王命である!勇者の凱旋を都へ報せよ。そして『要の一族』の長、要の王陛下と勇者一行の歓待の準備を!」


 その一喝ともいえる声の鋭さに、統率された周囲は混乱しつつも一気に動き出す。震えあがっていた侍従も城内へ駆け出し、第一騎士団の騎士たちは思わず剣の柄に手を置いた騎士仲間の肩を叩いて、然るべき場所へ歩き出した。


「一旦は任せていいか、王妃」

「ええ、お任せください、陛下」

「では勇者たち、要の王陛下、私は一度失礼する」


 軽い礼を残し、そのマントを翻してエゼルレッドは城内へと戻っていく。後に続くのは彼の護衛という役目を果たすべき騎士たちと、まだ困惑が抜けきらない廷臣たち。

 そんな中、場を任されたベルグリンデはロロとユーリヒト、そして仲間たちを順に見渡しながら微笑んだ。


「しばらく騒がしくなりますわ。場所を移してお休みくださいな」


 彼女の城内に向けて差し伸べられた手に従い、ユーリヒトはロロの手を引いて、仲間たちはそんな彼らの後に続いて、王妃の先導のもと歩き始める。

 そして城門からは、勇者帰還を告げる騎士たちが角笛の音と共に出ていくのだった。



 一行が案内された大応接間は温かな日差しが差し込み、飾られた薔薇が芳しい香りを漂わせていた。

 荒れ果てた己の王城とは違う整然、かつ華やかなその空間で内心の緊張が解けないのか、ロロはユーリヒトの傍を離れず一人掛けに腰掛けている。なぜ一人掛けなのかと言えば、ユーリヒトが鎧の棘がソファに刺さるかも、脱げばよかったなどとぼやきつつ立ったままだったからだ。さすがに凱旋早々、応接間のソファを穴だらけにするわけにはいかない。

 そんな哀れなリーダーに構うことなく、仲間たちは思い思いに応接間の長椅子に腰かけたり半ば寝転んでいたり、飾られている絵画を鑑賞するなど思い思いにくつろいでいた。

 そののんびりとした空気も、上品なノックの音ともに一時中断され、一部は姿勢を正して扉の方へ体を向ける。

 ゆっくり開かれた扉から現れたベルグリンデは、筆頭侍女エディスと、喫茶の用意をした盆を手にした侍女たちを連れて入室する。


「楽になさいな」


 ぴしりと姿勢を正した戦士たちに微笑みつつ、要の王の美貌に感動して震えがきているエディスを横目に、ベルグリンデはロロへ問いかけた。


「お茶はお好きですか?」


 ロロは目の前のローテーブルへ置かれていくティーセットや軽食の類を見ながら、言葉少なに答えた。


「……ああ」

「ようございました」


 ベルグリンデは卓の上の支度が整うと、侍女を下がらせた。彼女の穏やかな瞳を見つめながら、ロロが呟く。


「……貴女は、本当に余を恐れておらぬのだな」

「申し上げましたでしょう。お会いしたかったのですよ。わたくしは」


 空いている椅子に腰を下ろすこともないまま――よってラーシドなどの一部を立たせたまま――ベルグリンデは問い返す。


「要の王陛下は、わたくしたちにお会いになって如何でしたか?」


 ロロはそんな彼女へ、自らの捻じれた角に触れながら訥々と言葉を紡いだ。


「悲鳴が上がらなんだことへ、……驚いた」

「まあ」

「貴女たちの世界では、余は、魔獣に近い見目なのであろう」


 途端に、ベルグリンデの目が丸くなる。


「!まあ、誰ですそんなことを吹き込んだのは?あなたなの勇者?」

「ちがいますよ!俺はただ魔山羊(デモンゴート)みたいで角がカッコいいって言っただけで……」


 慌てて手を振るユーリヒトにくす、と笑って、そのかわいらしい誤解を解くべくベルグリンデはゆっくりと言葉を続けた。


「わたくしたちの世界でも、貴方のことは『美しい』と評するのですよ、陛下」

「美しい?この世界でも……?」

「ええ、先ほどの侍女の感動ぶりをご覧になってなかったのですね。お疲れなのですから無理もございませんけれど。わたくしも一度失礼いたしますから、どうぞゆっくりお休みください。お部屋の支度が整いましたらまた伺いますわ」


 その言葉と微笑みだけを残して退出していく王妃の背中を、ロロはじっと見送った。

 そんなロロに対して、籠手(ガントレット)を外そうとしながらユーリヒトが声をかける。


「だから言ったろ、陛下と殿下は本当に大丈夫だって」

「……ああ」



 やがて日が傾いた頃、歓待の宴が始まった。

 急ごしらえのため中つ国王家としてはささやかな、しかしロロにとっては十分過ぎるほどに豪華な食、設え、音楽に満ちた歓迎の宴である。そこには王城へ訪れていた使者たちも招かれており、混乱が落ち着き『中つ国王家の賓客』として定義され、かつあまりの美貌をもつロロに対し熱い視線が注がれていた。

 ただし、ロロにとって今回は初めて場所での初めての宴ということもあり、始終ベルグリンデか鎧から軽装――それでもベルグリンデが用意させた紋章入りの礼服――へ着替えたユーリヒトが傍についており、接触相手は選ばれた、ごく限られた者だけであったが。

 過保護ともいえる状況にあってようやく緊張がほぐれたのか、ロロも相変わらず言葉少なながら、きちんと会話に参加していた。

 そして宴もたけなわとなって来たころ、ロロが初めて「妃殿下」と自らベルグリンデへ声をかけた。

 ベルグリンデは彼からの接触に内心驚きつつも、その微笑みを崩さずに振り返る。


「いかがいたしましたか要の王陛下?」


 ロロの返事には、僅かな間が開いた。


「……今度は、我が同胞――弟妹達も連れてきてよいだろうか」


 本人にとっては意を決して口にしたのだろうそれに、ベルグリンデの表情がますます明らむ。そんな妻の様子を見ていたエゼルレッドもまた、穏やかな表情を浮かべていた。


「もちろんですわ。ねえ、あなた」

「ああ、お断りする理由がない。是非いらしてほしい」

「……感謝する。それと、祝福を」

「?ええ……」


 安堵したように、ごく微かな、けれど確かな微笑みを残して、ロロはユーリヒトの傍らへと戻っていった。

 和やかな空気に包まれたまま宴は終わりを迎えた。通常の宴より若干早めに切り上げられたのは、ロロやユーリヒト達の旅の疲れを癒すことが最大の目的だったためだ。

 ロロとの接触が許されなかった者たちは惜しそうな顔を隠しもしなかったが、結局全員が国王の号令のもと部屋に引き上げていった。

 その頃になると辺りはすっかり暗くなっていたものの、まだ夜空は黒というより深い群青に近く、満天の星々がその群青の中で輝いていた。王城のバルコニーから臨む城下町もまた、ぽつりぽつりと盛り場なのだろう場所の灯りが地上の星のように光っている。

 国王夫妻としての今日の『大仕事』をすべて終えたエゼルレッドとベルグリンデは、そんな景色をエゼルレッドの私室のバルコニーから眺めていた。

 勇者たちを送り出してから、早いもので一年と三か月ほどだろうか。あれから季節は廻り、いまは豊穣の秋が間近になっている。バルコニーの真下にある中庭からも、虫たちのささやかな協奏が聞こえ始めていた。

 バルコニーに設えられたテーブルには、一本のワインの瓶と二つのグラス。そのワインは中つ国でも知られた特産地でまさに勇者が発った年に醸されたものであり、彼らが帰還したら栓を抜こうと、夫婦が取り決めて保管させていた一瓶だ。

 王ではなく夫として、手慣れた仕草で栓を抜いたエゼルレッドは、その僅かに泡の立つ金色の酒をグラスへ等しく注ぎつつ、呟いた。


「……いい夜だったな」


 肩にガウンをかけた――エゼルレッドの物だが、最近は専ら彼女のために使われている――ベルグリンデが、その声に振り返って笑みを深める。


「ええ、心配事が一気に片付きました」


 いつになく朗らかな妻の声に、エゼルレッドは片方の口端を持ち上げつつ、グラスを手にして歩み寄る。


「君の心配事は『数限りない』からな」

「そうですとも」


 意味深な夫の言葉にも、ベルグリンデの微笑みは揺らがないどころかますます深くなる。そんな彼女へ、エゼルレッドもまた笑みを深めながらグラスを手渡した。

 あまりに多くのことが起きた年月だった。かつて二一歳の若者と一〇歳の少女として結婚し、それでも他人であり続けた二人はやがて肩を並べ、寄り添い合い、時に痛みを、時に幸せを分かち合いながら、苦難を乗り越えてきた。

 その結実とも言える祝福された夜に、ようやく至ったのだ。

 グラスごしに見つめ合いながら、二人はどちらともなく、くすくすと笑いだしていた。

 やっとこの酒を、そして言葉を口にできると思うと、こみ上げるものが止められなかったのだ。

 笑い声が収まり、再び虫たちの鳴き声が聞こえ始めた頃、二人はその眼差しを交わした。


「新たな同胞に」

「新たな同胞に」


 グラスの触れ合う澄んだ音色が、響いた。





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