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勇者は王妃の『推し』ですわ!  作者: gen.
第四章

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40. 王者と勇者・その二





「ふざけるな」

 

 王に投げ捨てられた書状が、その足元で虚しく乾いた音をたてた。

 それにかまう間もなく、全身に突き刺さるその殺気と怒気を前に、勇者とその仲間たちは身を硬くした。傍に控えていたルルフェイは言うまでもない。

 憤怒を露わにした王者の殺気は、あるいは本気の勇者に匹敵するかもしれないとすら、彼の仲間に思わせた。


「お前が尋常の者でないのは見れば解る。お前たちが魔物退治をし、我らが同胞を救った功績も認めよう。だが――――世界を救うとはなんだ?お前たちに、お前一人に、三千年もの間我らが手を尽くし、それでもなお崩れ行くこの世界を救えるだとッ!?」


 王の怒声が玉座の間を震わせる。

 圧倒的な怒りの気配を前に仲間たちが身構えるのと対照的に、勇者はさらに一歩前へと進み出た。


「もちろん、俺一人で世界を救うなんてできません。いえ、俺一人じゃ、ここにたどり着くことすらできなかった」


 その言葉は、声は、いっそ淡泊ですらあった。

 しかし勇者の表情は至って真剣なまま、明確な殺気を向けてくる王の怒れる顔へと向けられている。


「仲間の、それに要の地に無知な俺たちを助けてくれた神殿や集落の人たちのおかげです。この火の浄化の武器はドワーフの王様が、この水の浄化の鎖帷子はエルフの王様が、馬は……いたんですけど故郷に返しましたが、獣人の王様がくれました。そして俺たちを送り出してくれたのは、人間の王様です」


 勇者の脳裏に、これまでの歩みの中で出会い、過ぎ去った多くの人々の顔が浮かんでいた。その中でも一際輝いて見えたのは、自分の在り様を変えてくれた、あの王妃の厳しくも温かな表情だった。

 旅路を振り返るように自身の手のひらを見つめ、握りしめた勇者の目が、再びこの世界で唯一の王へと向けられる。


「俺一人じゃなにもできません。皆の力がここまで届けてくれました。だから、今度は陛下――――お願いします。俺たちに力を貸してください」


 決然と言い放った勇者ユーリヒトの瞳は、最後まで僅かな揺らぎも怯えも見せなかった。

 ただ愚直に、真実だけを伝えようとするその言葉と眼差しに、いまにも爆発しそうだった王の怒気が微かに揺らいだ。

 束の間の沈黙を破り、王が再び口を開く。浴びせかけるような怒声ではなく、重苦しい憤怒を残した声が投げかけられる。


「余が仮に力を貸したとて、一体お前に何ができる」

「冥王の鎧を身に着けます」

『!?』


 怒気が、驚愕のそれに上塗りされた。

 愕然とその瞳を見開いた王が、半ば独白のような呟きを漏らす。


「お前、どこでそれを……」

「あれ、手紙に書いてありませんでしたか……?冥王の鎧の残骸が、瘴気を生んでいるんですよね」


 一時、きょとんとした表情を見せた勇者だったが、すぐにそれを引き締めた。

 この世界では禁じられた宝物と呼ばれ、名前を呼ぶことすら忌避されてきたそれに対して、それはあまりにも無防備な姿に映ったかもしれない。

 事実――――


「俺、本当はこういう浄化の装備もいらないんです。瘴気に耐えられるんです……おかしなくらいに。だから、俺に出来ることがあるとしたら、冥王の鎧を制御する、こ、とッ」

「黙れ」


 ――――ほんの刹那の間に、王の姿は玉座の傍を離れ勇者の眼前へと迫っていた。その黒い爪が揃う真白い手が容赦なく勇者の喉首へと噛みつき、無造作に持ち上げる。

 その姿が発するのは先ほどまでが陽炎の立つような燃える怒りであったとすれば、いまは勇者一人へ向けられた凍てつくような怒り、そして殺気だった。

 ごく自然な流れ、そして決意で各々の得物へ手を伸ばそうとした仲間に対し、しかし勇者は手を振るう身振りで、明確に手を出すなと指示し、これを制した。

 代わりに声を上げたのは、一人玉座の傍に取り残されたルルフェイだった。


「陛下ッ……!」

「三千年の間、我らが幾多の同胞を狂わせ、なおも浄化できなんだかの鎧を人の子一人が御するだと……?御せるものか。お前もまた呪いに食い破られ狂い果てる」


 数百年。この神から見捨てられた要の地に生を受けてから数百年の間、王が最初に、自ら手を下したのはまさに息絶えんとする己の父だった。

 稀人という名の狡猾な冒涜者が冥王の鎧の一片へ手を伸ばし、その心身を食い潰されてこの世界に現れた災厄。それに対し、当時の国王だった彼の父は自らの命を賭してこれを討伐したものの、受けた穢れと傷は余りに深く、瀕死の心身を蝕んだ。

 かくして第二の災厄へと化す前に、と、彼は自らの最期を息子へ託したのである。

 国王というものは、この世界で例外のない人柱の一つに過ぎないことを、あまりにも苛酷な形で教導しながら。

 あの時の、否、あの時から続く絶望の連鎖が王の心を縛り上げていた。

 この、今まさに少し手に力を籠めれば突き破れるだろう手の中にある命とて、自身の絶望の一片にしかならないと。

 固く信じていた彼の指に、伝わるものがあった。

 無様に吊るし上げられながら、絞り出される声が。


「そう、したら」


 けほ、とか細い音が挟まる。不審がるように目を細めた王は、次の瞬間自身の耳を疑った。


「ころしてください。よろいも、おれも」


 虚を突かれ、思わず指から力が抜ける。その重さに従って絨毯の上に取り落とされた勇者は、王の足元で蹲り激しく咳き込んだ。

 その姿は無様だった。吊るし上げられた時と同じく。

 だが、咳き込みながら、自身の喉を押さえながらも、それでも勇者は再び顔を上げた。

 自分を呆然と見下ろす王の瞳を、真っ向から見つめ返した。


「あなたは――げほ、へいか……勇者の末裔、なんでしょう?」

「何故、それを」

「三千年前、初代勇者がどこにいったか、どこにも、だれも、しらなかったから」


 勇者の末裔。それもまたこの世界ではおおよそ意味を無くして久しい、摩耗した伝承の一つである。しかしそれを知るのは、王族に限られていた。

 今この時までは。


「あなたは――――この世界の勇者。あなたなら、俺を殺せる」


 立ち上がった勇者の瞳が、今は目の前にある王者の瞳を見据える。

 だがその言葉の衝撃を受けていたのは、なにも王だけではなかった。


「まって……義兄さん、なにをっ」


 咄嗟に声を上げたヴィオレットが進み出ようとするのを、傍らのカイドウの手が無言で制する。ヴィオレットが信じられないものを見る目で手の主を見上げたが、カイドウもまた厳しく険しい表情で二人の勇者の姿を見つめていた。

 そんな仲間たちの声や物音には一瞥をくれることもなく、勇者は続ける。


「鎧の一つ一つに、瘴気を吸い込む力があるはずです。もし俺が一つ目で失敗したら、その時は俺ごと鎧を壊してください。陛下と、みんなの火の浄化の力を合わせれば、焼き潰せるはずです」

「勇者、お前、まさか……!」


 ラーシドが愕然とした声を漏らす。

 勇者が自らに課した枷――――自らが、この世界で最後の枷の一つになるという答えの意味が、いま彼自身の言葉で語られようとしていた。


「それで一つが消せる。俺が失敗しても、次の勇者がもう一つ、もう一つ……一つずつでも、俺たちは進める。進めるんです。陛下」


 たとえそれが、七つの勇者()を費やすことになったとしても。

 すでに引き返すという選択肢は、勇者の中から失われていた。

 言葉を失って立ち尽くす王の前で、勇者は決然と告げた。



「だから一緒に、世界を救いにいきましょう」



 長い沈黙が落ちた。勇者以外の誰しもが言葉を失い、立ち尽くす中で。

 その重厚な足音が、静かな声が沈黙を破った。


「――――兄上」


 声の主は誰あろう、玉座の傍らにいたはずの将軍ルルフェイだった。

 兄、という予想外の彼女の言葉に、勇者以外の仲間たちの間にざわめきが広がる。

 そんな彼らの様子も目に入っていないかのように、いや実際にルルフェイの瞳は一心に、自身に背を向ける兄へと注がれていた。


「兄上のご心痛は、この愚妹めにも痛いほど伝わっております。これまで呪いを鎮めた果てに、狂い堕ちた同胞を処されてきた兄上が、此度もまたその力を揮えと乞われる。この惨たらしさには言葉の尽くしようもございません」


 しかし、と彼女は続けた。その手甲に覆われた手を拳に変えて。


「しかしいま!この愚妹もまた伏してお願い申し上げます。この若者の願い。いえ、我ら一族の悲願を、一歩でも進めるために!今一度兄上のお力添えを、お願い申し奉ります……!!」

「ルルフェイ……」


 拳が、膝が、冷たい石床にぶつかる音が響く。言葉通り跪き、その長い髪が石床へ触れるのも厭わず深く頭を下げる妹の姿を、王は茫然とした目で見下ろしていた。

 その時だった。


『兄上!!』


 続く声と共に、城門で勇者たちを出迎えた家臣団たち、否、王の弟妹たちが開かれたままだった扉の向こうからなだれ込み、跪き続けるルルフェイの背後につくと、一様に彼女と同じ姿を取った。


「我らからも!」

「お頼み申し上げまする!」

「我らの悲願を――未来を!!」


 次々と上がる声に、感情を失っていた王の顔が徐々に苦みを帯び始めていた。苦渋に満ちたその顔は、やがて自身の弟妹達を離れ、一度は勇者の首を締め上げんとした己の手のひらを見つめ――――握りしめる。


「未来を……」


 噛みしめるように呟き拳を見つめ続けるその視界へ、不意に差し込まれたものがあった。それは、彼の滑らかな白皙の手とは比べ物にならない、剣を握り続けた者特有の胼胝が並ぶ、ごつごつとした、それでいて彼に比べれば小さなもの。

 これまでの旅路で少し荒れた、勇者ユーリヒトの手のひらだった。


「未来を、俺たちみんなで、掴み取りましょう」


 世界を救おうと言った時と同じように、勇者の声は真剣だが、強張った気負いはなかった。

 王は沈黙の果て、長い息を吐き――――その手のひらを叩き落とした。無造作に。

 勇者の目がぱちりと大きく瞬く。その顔を睨みつけながら、王は続けた。


「……勘違いするな。愚妹愚弟の嘆願にほだされたわけでも、お前たちを信用しきったわけでもない。お前は易々と口にしたが……仲間を討つというのは、そう思いきれる者は限られている」


 それは、誰よりもその決断の重みを知る者の言葉だった。

 王の鋭い視線が、勇者以外の、彼の仲間たちへ順繰りに注がれる。

 言葉以上に容赦のない視線が、仲間の一人一人の内心を暴き出すかのように巡った。

 だが、王は彼らの答えを待たなかった。


「……それでもその覚悟があるというのなら……連れて行ってやる。我らが神殿の最奥へ」


 そのローブの裳裾から闇色の影が伸び始め、勇者の、そして仲間たちの足元へと流れる水のように広がっていく。それは勇者たちの世界にはない、無二の魔法だった。

 次の瞬間、とぷりと、水に沈むように勇者たちの、王の姿がその影の中に呑まれる。

 自分たちを包む闇の中で、勇者は不思議な既視感を覚えた。その既視感の正体が、あの魔界門を通ったときの感覚だと気づいた時には、その足元は硬質な何かにぶつかっていた。


「ッ……!!」


 一瞬の浮遊感の後に戻ってきた肉体の重みへ、勇者は思わず曲げた膝を即座に伸ばす。

 そこは、目に見えるほどの瘴気が充満する空間だった。四方を壁と崩れかけた石柱に囲まれた、まるで棺の中のようなそこは、しかし天井が高く、いや遠く、僅かに光るものを瘴気にかすむ視界の中に映していた。炎と水の浄化を帯びた装備たちは即座に、ヂリヂリとあの激しい音を立てながら持ち主の心身を蝕まんとする瘴気を滅し始める。


「ここが、神殿の……最奥」


 誰ともなく呟いた声に、王は反応しなかった。充満し上空を目指すように放たれ続ける瘴気のなかを事も無げに進み、部屋の中央、やはり崩れかけた祭壇の上にある籠手(ガントレット)の残骸らしきものを指さす。


「冥王の右腕鎧の残骸だ。覚悟ができたなら、嵌めるがいい」


 勇者は躊躇しなかった。王が指さすその方向へ真っすぐに向かおうとした、はずだったが。

 今度こそ、強く掴まれ引かれた腕に、さすがの勇者も立ち止まり振り返らざるをえなかった。


「待ってよ義兄さん!わた、私たちなにも、きいてな……っにいさんを、にいさ……ッ」


 彼女は覚悟していた。この旅路が自身の命を懸けるものであるということは。

 だが、それはこの世で無二の家族の命を自ら断たなくてはいけない、などという残酷さとは遠いものだった。

 堪え切れず、大粒の涙をこぼす義妹の姿に、勇者は困ったものをみるように苦笑する。ヴィオレットの震える肩に手を置きながら、仲間たちの顔を見渡せば、彼らはそれぞれに不満や苦みのある表情を浮かべていた。

 ますます眉を下げ苦笑すると、勇者は義妹の帽子が落ちないように注意しつつ、涙で貼り付きかけたその髪をそっとよける。


「大丈夫だって。俺だって失敗するつもりで挑むんじゃない。ヴィオたちの浄化魔法のバックアップ、頼りにしてるんだぞ」

「でも……!」

「ほんとに平気なんだ、俺。瘴気の中でも――まるで、モンスターみたいに」

「義兄さんはモンスターじゃない!!」


 自嘲気味に笑った勇者へ、ヴィオレットはその悲しみを怒りに変えて叫んでいた。


「……だな。ヴィオたちが、俺をモンスターじゃない、勇者にしてくれたよ」


 彼女の顔を覗き込むように少し身をかがめて、勇者は次々溢れ出てくるその涙を拭った。


「だから、勇者の仕事をしなくちゃな」


 そう、いつものように笑って、ヴィオレットの肩に置いた手はぽんぽん、と彼女の肩を叩く。いつもの、勇者の姿だった。

 身を起こした彼は自らを託せると信じた仲間たちへ、あらためて視線を巡らせる。


「頼むぞゼニラ、カイドウ、タクサス、ラーシド、ランドリン、フィンリアス」


 ラーシドはその黒い顔に、黒い瘴気が充満する中でも解るほどの皺を寄せると、腕を組んで憮然と言い放った。


「終わったら一発殴らせろ」


 「俺もだ」と続けたのはランドリン。「あ、俺も~」とタクサス。「なら俺もしておくか!」と笑み交じりに言ったのはカイドウだ。


「俺、死んじゃうよ」

「その前に私が治療する」


 苦笑する勇者に対し、鼻をすすりながら怒りの滲む声で即言い放ったのはヴィオレットだった。


「ま、大人しく怒られろってことー」

「そういうことだな」


 帽子のつばを上げたゼニラが言い、フィンリアスが隣ですまし顔のまま同意する。


「わかったわかった」


 そう言い残して踵を返した勇者は、自分たちのやり取りを遠い昔を見るような、どこか寂寥が滲む眼差しで見ていた王に気づいた。だが勇者の視線を受けた彼はすぐさま無表情に戻る。

 そして、あらためて自分の傍らに来た勇者へ無造作にこう言い放った。


「容赦なく殺す」

「よろしく頼む」


 敬語すら脱ぎ捨てた勇者の、ある意味太々しい態度にフンと鼻を鳴らした王が詠唱を始める。それは勇者にも解らない古い言葉――古代精霊語のそれ――だったが、意味することは察せられた。何故なら四方の壁に勇者へ向かい傾いた魔法陣が現れ、その発動を待つように回転を始めたからである。

 本来なら城一つを削ぎかねない攻撃系大魔法の展開。それに対抗するようにヴィオレットとゼニラの詠唱が重なり、最上級の浄化魔法が勇者の体へと重ね掛けされた。普段は淡い光に過ぎない浄化がまるで輝くような衣となって勇者の全身を覆った。


「……さて、と」


 目映い光に包まれる中、祭壇前にたった勇者は全ての元凶の一つ、冥王の籠手(ガントレット)をあらためて見下ろした。それは、一見するとただの壊れた籠手(ガントレット)に過ぎなかった。右の肩宛てだったのだろう部位は完全に断ち切られ、ひしゃげた黒鉄は年月の摩耗を示すかのように錆付き、ところどころに穴が開いている。

 だが、勇者がその手を近づけると、まるで生き物のようにその鋭い爪が並ぶ指先がぞろりと蠢いた。まるでよい獲物が来たと、せせら笑うかのように。


「――――」


 表情を消した勇者の左手が無造作にその蠢く手首を捉えて祭壇に縫い留めたかと思うと、自らの右腕をその黒い虚ろの中へ突き入れた。

 途端、勇者を中心とした衝撃波がその場の全員を襲った。王は片足を一歩引いただけでその場に留まり、魔法をかけ続けるヴィオレットたちの背中を残りの仲間たちが支えた。


「ッグ、ゥうウウぅうウウ!!」


 指先までをその籠手(ガントレット)へ埋めた勇者の、噛みしめた口から獣じみた唸り声が上がる。

 手を入れた瞬間に待っていたのは硬質な黒鉄の触感ではなく、泥の沼に手をつき入れたような冷たい不快感だった。それは勇者にこう囁く。お前の努力はすべて無駄なことだと。義妹は絶望し、仲間は希望を捨てる、お前の夢見る未来など決して訪れないと。幸福など、温もりなど、本当にお前の人生に存在したのかと――――私ならそれを与えてやれると、強く。

 勇者の苦悶の声と共に、その目の白が黒く染まっていく。左手の抑えを跳ねのけようとするかのように暴れる右腕。そんな中で、勇者はその目をきつく閉じた。

 脳裏にこだまする声を押し退けるように、無数の声が胸の奥から溢れ出してくる。自分を叱った王妃の声、送り出してくれた国王の声、戦士を託してくれたネブハの王の声、新たな剣を作ってくれたドワーフの王の声、悠然と構えていたエルフの王の声、新たな知啓を授けてくれたシシリの女王の声、今は懐かしい、師匠の声。この旅路で得た、たくさんの感謝の声。そしてなによりも、自分が帰るべき、仲間(家族)たちの声。


「ッ――――」


 視界が開ける。勇者は、自身の青と白をその目に取り戻していた。同時にとうとう左手を跳ねのけた右腕、否籠手(ガントレット)が鋭い爪が並ぶ指先を獣の大顎のように開いて、間近の王へ襲い掛かろうとしたその瞬間。

 勇者は右腕を、祭壇へ叩きつけた。


「だ、ま、れェエエエ!!」


 勇者の怒号と共に激しく渦巻いていた瘴気の渦がぴたりと止まり、逆しまに流れ始めたかと思うとそのまま戦慄くように痙攣する籠手(ガントレット)へ吸い込まれていく。最後の黒い霞が吸い込まれたと同時、まるで重たいものが墜落したかのような音と共に再び衝撃波が放たれ――――静寂へ至った。


「っつ、ぅ……」


 二度目の衝撃波で今度こそ吹き飛ばされた勇者の仲間たちは各々が壁に叩きつけられ、その衝撃で一瞬気を失っていた。だが石床の冷たさにすぐ目を覚まして跳ね起きた彼らは、静けさの中、あの瘴気を焼く音を発し続けていた装備が静まり返っていることに気づいた。

 その視界が開け、全ての色が正しく見えることにも。


「…………呪いが……」


 茫然とした王の声が響くほどの静けさの中、祭壇を殴りつけた態勢のまま荒い呼吸を繰り返していた勇者が半壊した祭壇から籠手(ガントレット)に覆われた腕を持ち上げ、無造作にぶんぶんと振るう。その籠手(ガントレット)はいまや鈍い光沢を放つ往年の姿を取り戻し、右肩宛てまでが完璧に復元されていた。


「あー……うっさかった」


 けだるげなその声に、仲間たちがわっと駆け寄っていく。

 体に異常は!?痛いところは!?毒浴びたみたいになってない!?とヴィオレットからの矢継早の質問を浴びながら、大丈夫だよと笑う勇者を、無意識のうちに攻撃魔法を解除していた王が見つめていた。





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