38. 勇者の旅路・その八
西方神殿を出発した俺たちはこれまで通り道中のモンスターを退治しつつ、おおよそ二週間の時間をかけて北西神殿とその周辺の集落へ到着した、のだったが。
「誠に恐れながら、現在神殿長は承継の儀の最中のため、お客様方とお会いになることができかねます」
「じゃ、じゃあこの紹介状を神殿長様に届けてもらうってことは……」
「誠に恐れながら、一切の書状もお受けできかねます。また、神殿長にあてられた書状、伝言をお預かりすることもできかねます――――新たな神殿長が選出されるまで、お待ちいただきますよう」
「あ、はい……」
物凄く丁寧に、全部の対応を断られてしまっていた。
長い黒髪と同じ色の狼らしき耳――と尻尾――が特徴的なその神官さんは、言うべきことは伝えたと言うかのように深い礼を見せたかと思うと、回れ右して神殿の中へ戻って行ってしまった。
「取り付く島もねえって感じでしたね」
とぼとぼ神殿の階段をおりる俺の斜め後ろで、タクサスが呟く。
「うむ、承継の儀とやら、一体いつまでかかるのか」
「きーてみればいーんじゃない?」
その辺の人に、とゼニラに言われるまま俺は顔を上げて神殿前の広場を見てみるが。
出歩いてる人はほぼいない。いたとしても、こちらと目が合うなりさっと視線を逸らして立ち去られてしまう。
出会う人出会う人が全員そんな感じなので、とうとうしびれを切らしたランドリンが鼻を鳴らした。
「陰気なところだ」
「まるで……集落全体が喪に服しているかのようだな」
住民に怯えられてしまった南方の集落も、フィンリアスが遠目に見る限りここまで沈んだ空気ではなかったらしい。
「時期がよくなかったのかもしれん。しかし、今夜はどうする」
「宿貸してもらえる……って空気でもなかったですよねえ」
西方とはまるで違う空気に戸惑ってるようだったラーシドが、空気を切り替えるかのようにこちらを見た。
「とりあえず、神殿近くの丘で野宿……かな」
「うげー」
しょうがないでしょゼニラさん。
しかし俺は、この選択をものすごく後悔することになる。
泣いている。いや、泣き叫んでいる。
風に乗って聞こえてくる。
「――――」
『星』が完全に瞼を閉じ、か細い光輪が薄ぼんやりとした光を放つ、要の地の夜。
聞こえてきたその音で目を覚ました俺は、剣の柄に手を置きながら身を起こした。
「起きたか」
他の仲間を気遣ってか、何時もよりも小さな声が頭上から降ってくる。
「フィンリアス」
「バンシーどもだ。神殿前に集まっている」
「バンシーが神殿に……?」
バンシー。直接危害を加えてくるわけじゃないが、現れて戸口で泣き叫ぶとその家には近く死者が出るというモンスターだ。あるいは、定められた死を予告しているともいわれる。
丘の小岩の上に立っていたフィンリアスが、その場に腰を下ろした。
「承継の儀とやら、どうやら穏やかなものではなさそうだな」
「…………」
「だがバンシーの泣き声は他のモンスターをわずかばかり遠ざける」
今夜はもう寝ろ、と言われてしまえば、それ以上俺に言えることもできることもなく、ただ剣を抱いたまま横になるしかなかった。
けれどその泣き叫ぶ声は俺の記憶の中の、夜目覚めては泣いていた子供のころのヴィオの姿を思い出させた。
いまのヴィオは違う。そう思って眼を瞑っても、その声は耳に憑りついたまま、朝まで離れてくれることはなかった。
「義兄さん、大丈夫?」
「だいじょぶ……」
結局全然寝れなかった。俺は目をしょぼしょぼさせながら、それでも紹介状を手に神殿への道を下る。承継の儀がいつ終わるか分からないので、とりあえず毎日訪ねてみよう、という俺の言葉に仲間たちから反対の声は出なかった。
しかし。
「あの」
「誠に恐れながら」
「この」
「現在神殿長は承継の儀の最中のため」
「紹介状を」
「お客様方とお会いになることが」
「神殿長様に……」
「できかねます」
通い詰めること、一週間。その度にあの黒髪の神官さんが出てきては、事務的に、けれど礼儀正しく俺たちを門前払いした。
一週間も俺たちの相手をさせられてる神官さんだって思うところはあるだろうに、彼女の表情は一貫して礼節と冷静を保ったままだった。
ただ、一度だけ。
しびれを切らしたランドリンが「では承継の儀とやらはいつ終わるのだ」と聞いたときだけ、その眉がぴくりと反応し――――「お答えできかねます」それでも、返答は冷静なままだった。
そして毎晩夜になると、バンシーたちが集まってあの泣き叫ぶ声を俺に聞かせるのだった。
俺は史上初の、寝不足でモンスターに負けた勇者になるかもしれないと思った。
不幸中の幸いは、その泣き声はあくまで風に乗って届く程度のもので、他のみんな――フィンリアス以外――の睡眠には影響していなさそうなところだった。
それでも連続する野宿以上に、足踏みし続けるような状況がみんなの内心を削ってるのは明らかだった。
「ええい、埒があかん!」
ランドリンがその拳を地面に叩きつける。
その隣にいたフィンリアスは西方の集落でもらったプラム酒が入った水袋から口を離すと、いつも通りの静かな仕草で栓をした。
「だが、儀式を邪魔すれば取り返しのつかない事態になるだろう」
「その儀式が終わらんことには次に進めず、しかし儀式の終わりは分からない」
進退窮まったな、と難しい顔をしたラーシドが呟いた。
「ここを飛ばして北に行っちまうってのは無理なんですかねえ……無理か。あの神殿長さんが書いてくれたのは北西神殿への紹介状でしたもんね」
自分で答えを出したタクサスが、岩に寄り掛かりながら神殿の方を見る。
「ゼニラ、大丈夫?このへん?」
「だいじょーぶ、あーそこ、きもちー」
野宿続きで体力が削られてるゼニラを気遣って、ヴィオがマッサージをしてあげてるが体力が削られてるのはヴィオも同じだろう。
「どうする?食料もそろそろ補給が必要だぞ」
「うーん……とりあえず毎日行くのはやめにしよう。このあたりはいまモンスターも出ないみたいだし、明日は集落の方に行って、なにか交換してもらえないか聞いてみる」
腕を組んだままこちらへ視線を寄越したカイドウへ、俺は文字通りのその場しのぎを口にすることしか出来なかった。
「干し肉一枚でも収穫がありゃ御の字って感じですね」
たしかに神殿と同じく、いや神殿よりも日に日に集落の方の雰囲気はいっそう暗くなってるように見えた。でも、なにか動かないと。俺はそう思って、今日はもう体を休めるようにとみんなに告げたのだった。
けれど事態は、その夜、大きく動くことになる。
その晩はバンシーの泣き声が聞こえず、俺は心底安堵しながらも疲れすぎたせいかうまく寝付けずに、何度も剣の柄に手を付けては離す、を繰り返していた。
モンスターが来る予兆かもしれない。俺自身は魔力探知だとか繊細な芸当はできないけど、そういう直感だけはもっているから。
それでもとうとう体の方が張り詰めた精神を押し退け、俺の瞼をうとうとと下ろそうとした――――その時だった。
暗黒の夜空を引き裂くような絶叫が轟いた。神殿の方から。
「!」
全員が跳ね起きて、その手に得物を掴む。
「ゼニラ、魔力探知!」
「やってる――――ぅッ!?」
「ゼニラ……!?」
「何、これ……強い、こんなの……」
寝起きで帽子をかぶり損ねたゼニラの顔が、驚愕に歪んでくのがはっきりと見えた。
普段どんなに疲れてても滅多にペースを崩さないゼニラの声が、硬くなっていく。
「強い魔力反応、神殿内に確認。これ、モンスターなんかの比じゃない……もっと、もっと強いなにか!それも二つ――でも一つは桁違い!!」
「ッ行こう!!」
俺たちは土埃を払う間も惜しんで立ち上がると、神殿までの道を駆け下りた。
だが、神殿前にはたどり着けなかった。正しくは、神殿前にはすでに多くの、集落中の人が集まってるじゃないかという人だかりになっていて、俺たちは遠巻きに入口を見るしかなかった。
「おい、どうなっとる!?」
人垣に視界をふさがれてるランドリンが跳ねながら俺たちに問いかけるが、俺にも状況がつかめない。
「ゼニラ、魔力反応は!?」
「――――両方、消えた……」
カイドウに担がれたゼニラが、呆然とした声で呟く。消えた?ゼニラをこれほど驚かせた反応が?
俺は咄嗟に空を見上げたが、あのか細い『星』の光に何かが飛ぶ様子は見えなかった。
その時、人々のささめきあうような声が、不意に静まった。
息を呑む俺たちの耳にも、石造りの床を踏む静かな足音が届く。
「――――申し上げます」
燭台を手に出てきたのは、あの黒髪の神官さんだった。
彼女はいつものあの冷静な表情のまま、声だけが広場中に届く大きさで張り上げられる。
「私ルパーナが、新たな神殿長に選出されました。不肖の身ながら、謹んでこの大役を拝命致しましたことを、ここにご報告申し上げます」
その言葉に、喜びはなかった。その宣言を聞いた人々は次々に跪き――いや、泣き崩れていく。状況についていけず、完全に棒立ちとなった俺たちの目の前で、集落の人たちはみな一様に膝をつき、あるいは顔を手で覆い、あるいは子供を抱きしめてすすり泣いていた。
燭台の灯りが揺らめき、ルパーナと名乗ったあの神官さん――いや新たな神殿長が、そんな俺たちの方を向く。
「稀人殿らは、こちらへ」
静かだがどこか有無を言わせないその声に導かれるまま、俺たちは跪く人たちと階段のわずかな合間を縫うようにして進み出ると、ルパーナ神殿長の待つ階段を上り始める。
その間、稀人だと言われた俺たちに、集落の人たちが目を向けることはなかった。
みんながみんな、俺たちなんかに構っている場合ではないというかのように。
「――――この度はお急ぎのところを大変お待ちいただき、誠に申し訳ございませんでした」
神殿長の執務室に通された俺たちは、燭台のわずかな明かりの中でルパーナ神殿長の声を聞いていた。壁に掲げられた灯りと、彼女の机に置かれた――彼女が手にしていた――灯りがか細く揺らめき、質素ながら整理整頓が行き届いた室内を照らしている。
執務机の椅子に彼女が腰を下ろしたのを確認し、その前に進み出た俺は西方神殿で預かった、もう彼女にも見慣れてしまっただろう封蝋付きの巻紙を差し出す。
「西方神殿からの、紹介状です」
「お預かりいたします。……はい、たしかに」
これまでの拒否が何だったのかというぐらいあっさり受け取ったルパーナ神殿長の目が、封蝋の紋章を確かめると躊躇なく束ね紐を解いていく。
砕けた封蝋のかけらがパラパラと落ち、彼女の手が巻紙を机の上に広げた。
ラーシドのように、光を受けて微妙に色を変える瞳が書状の内容を確かめていく。
「紹介状の内容、確認させて頂きました。少々お待ちください」
ほっと安堵した俺の目の前で巻紙を机の横へよけたルパーナ神殿長は、抽斗から真新しい羊皮紙、と思われる紙を取り出すと、置かれていた羽ペンを取り上げ、インク壺につける。
なんだろう。自然とその逆さの文面へ視線が行った俺の目の前で、彼女はその声と同じようにとても整った、迷いのない筆致で文面を書き記していく。
やがて、俺がその文章の意味を理解するのとほぼ同時に、署名と捺印を終えた彼女がインクを乾かすためかフウ、と書面へ息を吹きかけた。
そして今度はまた別の抽斗を開け、封蝋用の赤い蝋と、西方神殿でみたのと同じ印章、麻紐なんかを取り出す。
淡々と進む作業を前に、俺は思わず声をかけていた。
「あ、あの、それって……」
「北方神殿への紹介状です。稀人殿らはこちらが御入用なのでしょう?」
それはそうですけども。
インクが乾いたのを確認したルパーナ神殿長の手が、手早くそれを巻き筒へと変え、麻紐で縛り上げる。次に燭台の火へ翳された赤い蝋の雫を結び目とは反対の比較的平らな紐の上へ滴らせ、印章を捺した。
一連の作業は流れる水のように、まったく淀みも躊躇もなかった。
「いいん、ですか?俺たち、なにも」
「儀式の邪魔をせず、お待ちくださったことへのお礼と、これからお構いできないお詫びだとお考え下さい」
「これから……?」
落とされた封蝋は瞬く間に温度を無くし、固まっていく。
そこで初めて、彼女の瞳がこちらを見た。まるで初めて会う人のように感じたのは、気のせいだろうか。
差し出された巻紙を反射的に受け取った俺に対し、手を引く彼女の声は変わらず淡々としていた。
「今この地は先代神殿長の葬送の儀を執り行わなくてはならず、お構いできる余地はないのです」
「!」
葬儀。先代の。夜な夜な現れてたバンシー。集落の空気。あれは。
すべての点が一本の線でつながれたような気がした。だが、なにかを見落としてるような。
口にできない違和感に言葉が出ないでいる俺の背後で、カツ、と杖が石畳を叩く音がした。
「あの、よろしいでしょうか」
控えめながら確かな声と共に進み出たヴィオが、俺の隣に並ぶ。
「この度は謹んでお悔やみを申し上げます。私は僧侶なのですが、亡くなられた先代様にお祈りさせていただいくことは可能でしょうか」
しかし、ヴィオの静かな冥福を祈る声に対し、ルパーナ神殿長は一瞬ひどい痛みを感じたように顔を顰めた。
顰めたが、それも一瞬のこと。すぐ取り繕うように元の表情に戻った彼女の顔は、けれど拭いきれなかったような微かな苦みを浮かべていた。
「あなたがたが悪意ある稀人ではないことは存じております。しかし――――いえ、お祈りは故人の名誉のためにも、どうかお控えください」
「名誉のために……?」
冥福を祈るための対面も拒否され、戸惑うヴィオに対し、ルパーナ神殿長の表情は苦みを増していく。
「……神殿長という職について、稀人殿らはご存じではないのですね」
ぽつりと、独り言のように呟かれた後、神殿長の表情が再び引き締まった。
それは厳格な、常に神殿長とは冷静であるべきだという、彼女の矜持を表すかように、あくまで淡々と告げられる。
「では、これまでの神殿長たちがあえて口にしなかったことを申し上げます。我々は人柱なのです」
「ッ!?」
ヴィオの肩が跳ねた。背後の仲間たちの空気が揺らぐのを、俺も感じた。
その空気を受けたかのように、燭台の炎が揺らめき、ジジ、と小さな音をたてる。
「一族の中でも極めて魔素耐性の高い者が、禁じられた宝物が放つ瘴気を生涯受け止め続ける。それが神殿長の役目です」
「で、でもそんなことしたらいくら魔素耐性があっても――――……ッまさか」
「お察しの通りです。瘴気を受ける器が壊れ冒涜者へ堕ちたとき、我らの王がその者を処断しに御出でになられます。そうして、次の人柱が選ばれるのです」
「――――」
言葉を失ったヴィオが、よろめきかけた自分を戒めるように杖を握り直す音が聞こえた。
俺もその背中に手をあてながら、けれど、かける言葉は見つからなかった。
「我らは代々、瘴気を鎮めるためこの儀式を繰り返して参りました。故にどうか、ご理解を願います」
深々と下げられた頭から、肩から、静かに黒髪が流れ落ちていく。
動けずにいるヴィオの背に手をあてたまま、俺はなんとか「ありがとうございました」と頭を下げ返す。
お互いに顔を上げたとき、こちらを見る神殿長の目が、微かにほころんだように見えたのは俺の気のせいだろうか。そうであればいいと、思ってしまったせいだろうか。
俺は足元がおぼつかないヴィオの手をとって、みんなと一緒に神殿を出た。あれだけいた集落の人たちはすでに大部分が立ち去っていたが、中には神殿前の地面に額をこすりつけるように泣き続ける人や、その背を撫ぜ宥めながらも自分の涙を止められない人たちが見えた。
俺たちは歩き続けた。そんな彼らに背を向けて、もといた、既に見慣れてしまった丘の上にたどり着く。
仲間の間には、重苦しい沈黙が満ちていた。
ダンジョンの入り口のような瘴気に満ちながら、入ってもそれ以上の濃度が上がった様子はないとヴィオが言っていた神殿の理由。
俺たちを警戒しながらも礼儀正しく出迎え、頭を下げてお礼を行ってくれた南方の神殿長。
俺たちにきっちり事後処理というけじめをつけさせながらも、決して不当な扱いはせず警告をくれた西方の神殿長。
そして、新たに選ばれた北西のルパーナ神殿長。
彼らの背負っていた本当の重荷。
それについて容易く、言葉に変えていいものじゃないと、思ったから。
俺は、何も言えないでいた。きっとみんなも。
俺は、振り返ることも出来ないでいた。ヴィオの手を握ったまま。
この世界に来る前に、あの豊かな草原を渡る風のような声でイングリディア女王陛下が言っていた言葉を思い出す。
ヴィオは弱くない。弱くはないけど、これは、あまりにも。
「――――ヴィオ?」
俺の手から、ヴィオの手が、ゆっくりと離れていった。
思わず振り返った俺の目の前で、ヴィオがその手で目元を拭う。
それは一度だけ。それだけで、ヴィオの手は杖を握り直していた。
「北に行こう。義兄さん」
「ヴィオ……」
凛とした声が、夜の空気を震わせた。
「神殿を巡って、モンスターを退治して、全部の神殿長の紹介状を集めれば、要の王様だって門前払いはされないと思う」
ヴィオがみんなを見渡す。白木の杖を両手で掴みながら、訴えかけるように。
「この任務を終わらせなきゃ。あんな……あんな悲しい儀式、これで終わらせなきゃ」
がちゃり、と重たい音がそれに応えた。
「お前さんのいう通りだ」
戦斧を担ぎ直したランドリンが、ただそれだけを口にすると、隣に立っていたフィンリアスと目配せをする。
ラーシドは真剣な表情で深く頷き、タクサスはどこか安心したかのような笑みを見せていた。腕を組んだカイドウもまた頷いて、ゼニラは帽子をかぶり直す。
みんなの視線がヴィオから、俺へと移った。
「行こう。出発だ」
まだ夜明けは遠いけれど、もうここに留まってはいられなかった。
踵を返して歩き出した俺の隣にヴィオが並ぶ。
横目に視線を送れば、ヴィオもまたこちらを見て、微かに笑って、頷いた。
陛下――――女王陛下。
ヴィオは本当に強かったです。強く、なりました。
北西からの旅路は、一層の過酷さをもって俺たちを迎えた。
俺の時間感覚と北西の地で感じた気温の温かさ、いや暑さを考えると、あそこを発ったのは夏の終わりごろで。
北の秋は俺たちの世界と同じように短いらしく、たどり着いた時には森はほとんどの葉を散らした後だった。
俺たちは北の地で、瘴気を浴びて人々を襲うようになったグリーンジャイアントの巨木版、いうなればウッドジャイアントを倒し、来る冬に備える森への立ち入りができるようにした。ウッドジャイアントの体は、そのまま集落の人の燃料になった。
ウッドジャイアント討伐の功績で北方神殿から北東神殿への紹介状を取り付けた俺たちは、そのまま厳しさを増す寒さの中を南東へ進み、北東神殿へ。
冬ごもりに失敗して凶暴さを増しているというマッドグリズリーを一体一体探し出しては討伐し、集落にはその肉と毛皮を提供した。あと、吹雪を呼ぶという真白で巨大なヘラジカのモンスター、コキュートスエルクを討伐したことで、暴風雪を鎮めることにも成功した。
晴れが訪れるようになった北東神殿で東方神殿への紹介状を貰い、今度はまっすぐ南下。
東方神殿では春先の繁殖期を迎え凶暴化し、集落の子供を攫っていくという魔猿の群れとその群れを率いる大猿を退治し、なんとか子供たちが食われる前に救い出すことができた。
子供たちを抱えながら山を下るのは大変だったけど、涙ながらに感謝されて俺たちも一息つくことができた。
そして、ついに七つ目の神殿、南東神殿への紹介状を手にした俺たちは南西への道を下った。
そこは巨大な湖に棲む魚を捕って暮らしている集落があったが、産卵のため縄張りを広げようとするサーペント同士の争いで起きる荒波の被害が深刻だった。とはいえ、一度シーサーペントを退治した経験がある俺たちには、それより小型のサーペント退治はさしたる苦労もなかった。
増えすぎたサーペントたちを退治し、湖の奥へと追い払った俺たちは、湖畔にほど近い湖の中島に建つ神殿で神殿長と面会した。
ぐしょ濡れになったのを風魔法で一応乾かしたものの、染みついた血とかはそのままの俺たちに、神殿長はまずサーペント退治のお礼を言うと、神殿内にある沐浴場を貸してくれた。
服まで洗ってもらい、面会に相応しい装いに――それでも大分くたびれてはいたけど――なった俺たちは、改めて神殿長と対面した。
表世界を出発してから、実に一年と二月ほどの時間が経っていた。
ただ俺たちはそこで、予想もしていなかった神殿長の言葉を聞く。
「私の紹介状はあなた方にはご不要と存じます」
え、と漏らした俺に向かって、神殿長は静かに微笑みながらこう告げた。
「我らが要の地の国王陛下が、皆様を王城へお招きすると仰せです」
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