37. 勇者の旅路・その七
「ワイバーンの襲来に対し人的被害が軽傷者のみで済んだのは奇跡としか申し上げようがございません」
「はい」
「一方この時期のワインバーン襲来は予期されたことであり、当神殿へ避難をすれば家屋の倒壊は十数棟程度で済みました」
「はい」
「しかしながら現状は数十頭に及ぶワイバーンの死骸処理、倒壊、半壊した家屋数十棟の復旧が急がれる状況です」
「はい」
「この書状通り『慈悲深き稀人』殿らであればこの窮状を看過されまいと存じますが、如何でしょうか」
「はい……張り切ってお手伝いさせていただきます……」
淡々と突きつけられた紹介状の文面を前に、俺は平身低頭した。
「助けた挙句が土木作業とはなッ」
「仕方ないよ……潰しちゃったのは事実だし」
ランドリンと俺は屋根の修理用の木材をまとめた束を担ぎながら、集落の道と林を行き来していた。屋根の骨組みとなるらしいその木の幹は艶やかで細長く、規則的な節がついている。カイドウは「タケ」と呼んでいたが、何で知ってるのかほんとに謎。あと集落の人は「バンブー」と呼んでた。どっちが正しいんだ。
「バンブーの束もってきましたー」
「あいよ!そこ置いといてくれ」
「次のも頼むよ!」
「はーい」
最初は俺たちを持て余してた集落の人たちも、黙々と手伝ってるうちにこいつらは使った方がいいと判断したのか遠慮なく声をかけてくれるようになった。
身軽なラーシド、フィンリアスは屋根の上の作業手伝いを、ロープ使いが上手いタクサスは藁束を束ねる係を、カイドウはなぜか屋根の上に登って作業指示を出してる。だからなんで?
で、よく言えば力仕事が得意な俺たちは素材となるバンブーを切り倒しては束にし、せっせと集落へ運ぶ役目をしていた。
俺とランドリンなら大人が数名で運ぶ束を一人で二つ担げるので、結構な戦力になってると思う。思いたい。
ゼニラは血が飛び散った外壁や道の洗浄を、ヴィオは軽傷とはいえたくさんいる怪我人の治療に当たってる。
ちなみにワイバーンの死骸はまず片づけないと話が始まらない、ということで一番最初に総出で片づけ済み。
モンスターの肉は普段国軍がくる時しか手に入らない貴重な食料らしく、解体する人たちの顔はちょっと嬉しそうだった。ちなみに俺が始末した大部分は黒こげで使い物にならないらしい。悔しくなんてない。
そうして、あの巨大な『星』が完全な円になり、それからまた少し瞼を下ろす頃、俺とランドリンはバンブー運び作業から解放された。あとは藁束を組み上げたバンブーの上に葺いていく作業だが、これは熟練の人がやらないといけないらしく俺たちは完全な戦力外。
わっさわっさ上下にしなる束を何十回も運んで、さすがにちょっと疲れたなあと思いながら神殿の階段に腰を下ろしてると、小さな足音といい匂いが俺の方へと近づいてきた。
「おにいちゃん、はい」
「ん?……俺に?」
「うん!しっぽの串焼き!おいしいよ」
「ありがとう」
ぶつ切りにされた円い肉が縦並びで串刺しにされたそれは、まだ焼けた脂がじゅうじゅうと音を立ててた。ハーブのいい匂いもする。
もってきてくれたその子は、にこにこしながら俺に串を渡すとまるで俺が齧りつくのを待つかのようにじっと見つめてきた。
「……君、俺が怖くないの?」
「?こわくないよ?」
工事中の男の人たちはともかく、女の人たちや子供たち、それにお年寄りなんかは結構俺たちを遠巻きに見てる感じだったんだけど。
不思議そうに首を傾げたその子は、ウサギのようにふわふわの垂れた耳を揺らしながら笑った。
「おにいちゃんでしょ?ママゆってたよ。たすけてくれたって」
「!」
ああ、そっか。ふと視線を上げれば、その子から少し離れた場所で見覚えのある女の人が俺に向かって頭を下げるのが見えた。
あの時は動くこと優先で、ろくに見えていなかったけれど。
俺は串焼きに齧りつく。パリパリになった皮の香ばしさと、岩塩の塩気とハーブ、脂のうま味がじゅわっと広がり、獣肉というよりは表世界でいう上等な白身魚みたいな食感だ。臭みも全然ない。
「うん。すごくおいしい」
「でしょ!ありがとね、おにいちゃん。ばいばい!」
「……どういたしまして」
バイバイ、と手を振り返すと、ウサギ耳のその子は母親の下へ駆けていった。
「義兄さん」
「ヴィオ」
いつの間にか、神殿を出て階段を下ってきたヴィオが俺のすぐ後ろに立ってた。
「治療、もう終わったのか?」
「うん。ここの人たち、すごく治癒魔法が効きやすいの。あっという間に終わっちゃった」
「そっか。お疲れ……食べる?串焼き」
うまいよ、と差し出せばヴィオは笑って首を横に振る。俺の隣に座りながら。
「それは義兄さんがもらったんだから、義兄さんが食べなきゃ」
「……そっか」
「あ、いたー」
「なーにやってんですかそんなところで」
ゼニラとタクサスが行き交う人たちの中から出てくる。その手には串焼きだったりスープ皿だったりが乗ってる。あとジョッキも。
「休憩してたら串焼きもらったから、食べてた」
「私も休憩」
「なんも飲まないで?酒とか飯とかあっちで大盤振る舞いしてんのに」
早くいかないとランドリンの旦那に食いつくされますよ、なんて言われたので、顔を見合わせた俺とヴィオはどちらともなく立ち上がって、ゼニラ達の後ろへ着いてくことにしたのだった。
その後、見回りに来た西方神殿の神殿長に頼み込み、なんとかベット付きの宿、というか寝台を運び込んだ納屋を貸してもらえることになったのはまったくの余談である。
『星』があの大きな瞼を閉じた。
集落の中央の広場のようなところでは焚火が焚かれ、人々が無事を祝う踊りを踊っている。宿代わりの納屋に荷物を置いた俺は、葺いたばかりの屋根の上で人々を眺めるカイドウに気づいた。
「カイドウ」
「!おう、お前か。昼間はよく働いてたな」
「それはカイドウもだろ。どこ行ったかと思った」
ゼニラも探してたよ、というと、カイドウはいつも通りハハ、と笑ってまた焚火の方を見る。
「いやな、故郷を思い出してしんみりしてたところよ。まさかこちら側にタケがあるとはなあ」
「!」
カイドウから故郷の話を聞くのは、これが初めてだった。俺は藁束をずらさないように気を付けて――そもそもロープでしっかり固定してあるみたいだけど――屋根を辿り、カイドウの近くに行く。
「カイドウの故郷にもあったんだ。タケ」
「おうよ。あいつはあっという間に伸びて広がるからな、細かな手入れが欠かせんし、生活にもまた欠かせん素材よ。地中に根が広がっててな。あれだけの林が実は一つの塊だ。全部が家族というわけだな」
「へえ……」
なんとはなしに散々切り倒した林の方を見る。だからバンブー、タケを使った工事にも詳しかったのか。
「まあ、そんなところだ。もう縁も切れたと思ったところに懐かしいものを見て、感傷的な気分に浸ってたというわけよ」
「……俺、邪魔しちゃったな」
「いいや。腹も減ったし降りるとこだった!思い出で腹は膨らまん」
ぱん、と膝を叩いてカイドウが立ち上がる。
俺は何となく、カイドウが故郷の話をするのはこれが最初で最後なんだろうと思ったが、それ以上はなにも聞かなかった。
俺には故郷というものがない。だから故郷を思い出して寂しい気持ちになる人の気持ちがわからない。カイドウも語らない。なら、それでいいかと思った。
「ランドリンがほとんど食べちゃってると思うけど」
「何ぃ!?急げ勇者。すきっ腹では寝られんぞ!」
わざと大げさに言った言葉で飛び降りたカイドウを追いかけ、俺もまた藁屋根から飛び降りる。
こうして、西方神殿について最初の夜は賑やかに過ぎていった。
それから一月余りを西方神殿周りで過ごした俺たちは、ワイバーン退治とその後の復興作業も真面目にやったことで許してもらえたのか、西方神殿長からなんとか北西神殿への紹介状をもらうことができた。
これでようやく先に進める、と一息つく俺を黙ったまま見ていた神殿長が、不意に口を開く。
「――――稀人殿」
「!はい。神殿長、様」
俺というと、初対面であの紹介状突き付けられ事件があって以来、なんだかこの鹿角の人の前だと背筋が伸びるようになってた。
「ワイバーンの襲来は、毎年我々の里に少なからず爪あとを残していくものでした。そこを救ってくださり、幼い命を守ってくださったこと、改めてお礼申し上げます」
「あ……はい、ええと、どういたし、まして……」
「ですが、あなた方の――――いえ、あなたの力はあまりに強大です」
初対面からこれまで、表情筋が動くところを見たことがない神殿長は、そのまま淡々と続けた。
「大いなる力は、時に大いなる枷と化して持ち主に課されます。それを理解せず、かつてこの神殿に忍び込んだ稀人の一人が、ある禁じられた宝物に手を出し、身を滅ぼしました」
「!それって……」
神殿の中の禁じられた宝物。俺はそれが何を示してるかをすぐに悟った。
七つに分かたれたもの――――冥王の鎧の残骸。それに、邪神信奉者。
「その者は神殿に忍び込むまでは賢く献身的な稀人として振舞っていたので、誰もその宝物に手を出すなど考えもしなかった。しかし実際に事は起き、多くの命が喪われ、当時の国王陛下もその御命を以って冒涜者と化した稀人を誅しました。あなた方が訪れる前の、最も新しい稀人の伝承です」
机の上に置いた手を静かに組んだ神殿長が、僅かに身を乗り出す。
「あなたは禁じられた宝物など必要がないでしょう。ですがお忘れなきように。その力は必ずあなたにも枷を与える。あなたはその枷と共に生きてゆくのです。決して、枷を外そうなどとは思われませんよう」
「……はい」
「……年寄りの長話が過ぎました。先を急がれるのでしょう――――御達者で」
そう言って椅子に深く座り直した神殿長に俺は一礼して、その部屋を後にした。
「あ、でてきたー」
「義兄さん、どうだった?」
「もらえたよ、紹介状。これで北西の神殿に行ける」
「やれやれ、屋根葺きから壁塗りまでした甲斐があったってもんですね」
神殿の階段に座ってたヴィオたちに巻紙を見せる。
ほっとした表情のみんなに行こう、と声をかけて階段を下りた時だった。
「おにいちゃん!」
聞き覚えのある声と元気な足音に振り返ると、俺の膝に軽い衝撃が走る。
「ヘイヤ」
「どこいくの?おうちかえるの?」
「おうち……いや、あそこは借りてただけでおうちじゃないんだよ」
「そうなの?」
ウサギ耳の小さな子。この一か月の間でずいぶん懐かれてしまった。ヘイヤがあまりに俺を怖がらないから他の子どもたちにもそれが伝染して、納屋前であそぼうの大合唱を受けたのはつい最近のことだ。
少し離れたところでは、ちょっと申し訳なさそうな顔をしたヘイヤのお母さんが立っていた。
「うん。俺たち次のところに行かなきゃいけないんだ」
「つぎのところ……ここは?またここに来てくれる?」
「うーん、どうかな」
「来て!またあそぼ!」
「そうだな。しなきゃいけないことが全部終わったら、また来ようかな」
「ほんと!?」
「本当。だからいまは、バイバイ」
「わかった……じゃあね、ばいばいのときの、とっておきの見せてあげる」
「とっておき?」
俺の膝を解放してくれたヘイヤが数歩下がったかと思うと、「ばーん!」の掛け声とともに空に突きあげられたその手から色とりどりの火花が散った。
ゼニラが「へえ」と声を漏らす。どうやら、ヘイヤは魔法の才能があるらしい。火の色を使い分けるのは、火炎魔法でも結構高度なテクニックだ。
「びっくりした!?」
「したよ。すごいなヘイヤ。見せてくれてありがとう」
「えへへ、どういたしまして!じゃあ、ばいばい!おにいちゃん」
そう言って手を振ると、今度はわき目も振らずお母さんの下へ走っていく。お母さんは突然我が子が見せた火花に焦ってたようだが、抱きつかれるとしょうがないという顔でそのままヘイヤを抱き上げ、俺たちに深く頭を下げて帰っていった。
「あの子、やるねー」
「……魔法の才能」
「どしたの」
「魔法の才能がある子は、軍に入るって言ってたよね」
「そーだね」
ゼニラとヴィオのやり取りに、俺は振り返る。
難しい顔をしたヴィオが、ヘイヤたちの去っていった方を見つめていた。
「瘴気を、消せたら、そうしたら――――」
「ヴィオ。瘴気が消えてもモンスターは残る」
「っでも……せめて、あの子が自分で選べるようには、なるんじゃないかな」
軍に入るしかないなんて、と呟きながら、ヴィオが両手で持ってた杖を掴み直した。
「……じゃ、なおのこと、いまは先を急ぎましょーや」
飄々としたタクサスの声が俺たちの間に割って入る。
俺は一つ頷いて、ヴィオのそばを通り過ぎ歩き出した。
大いなる力には大いなる枷が課されると神殿長は言った。でも、ヴィオはそれを変えたいと願ってる。
なら、俺は。俺は、どうしたいんだろう。
いままで瘴気を消すということは、単純に裏世界――要の地と表世界を救えることだと考えてた。
でもヴィオに言った通り、瘴気を消してもその影響までは消せない。
でもヴィオの言う通り、ヘイヤが軍に入るか否かを自分で決められる未来は来るかもしれない。
それなら、俺は。
「……義兄さん?あの」
「ん?」
「急にあんなこといって、ごめんね。瘴気を消すために、一番重要な任務を任されてるのは義兄さんなの――きゃ!?」
俺はわしゃわしゃ撫でまくったヴィオの頭から手を離すと、怒られないうちに小走りになる。
案の定後ろから「義兄さん!」というヴィオの声が聞こえて、口の端が緩むのが解った。
仲がいいこって、というタクサスの声も。
神殿長の言ってることは、正しい。ヴィオの言ってることは、叶えてやりたい。
なら俺は。俺が――――最後の枷の一つになろうと、そう思った。
それがきっと、勇者に課された枷なんだと。
「みんな、準備できたか?」
あらためてみんなの様子を見渡す。返事したり頷いたり、あるいはこっちを見てなかったりしてたが、それぞれが支度を終えて俺の声掛けを待ってるのが見て取れた。
「んじゃ、北西神殿に向けて出発!」
●
その城は、荒廃していた。
かつては美しい白亜を誇ったのだろう城壁は薄汚れ、苔と蔦に塗れている。
割れた硝子窓は鉄格子を残したまま放置され、バルコニーや無人の物見の塔にはいつのものか知れない枯れ葉が溜まっていた。
しかし、そこは王城だった。いままでも、そしてこれからも。
「――――稀人が現れた?」
「は、南方および西方神殿より知らせが参りました。神殿および集落周辺のモンスターを退治して回り、いまは北西神殿に向かっているとの由」
外観の荒廃に対し、玉座の間には塵一つない。それはここを玉座と定める者たちの矜持であるかのように。
それでも絨毯や玉座の背後に掲げられた旗には、繕いきれない摩耗による綻びが見られる。
一方で、玉座に深く腰掛けるその人影は一切を気にした様子がなく、ひじ掛けに頬杖をついて沈黙を保っていた。
玉座前の絨毯に跪くのは、物々しい角と獣の頭蓋を組み合わせたような兜に、やはり重厚な鎧を身に着けた大柄な武者である。
「使節を遣わせましょうか。陛下」
「要らぬ」
「しかし……」
「泳がせておけ。冒涜者どもならいずれ尻尾を出す」
宵闇の青から黒へ変じる――この世界にはない――夜空のようなローブの裾を滑らせ、陛下と呼ばれたその人影は静かに立ち上がった。
この世界で唯一の天体から差す光が窓を通し、唯一の王者の姿を照らし出した。
捻じれた角をもつその輪郭が影となり、絨毯と床へ落ちる。
「その時が来れば誅するのみ。……父上のようにな」
それ以上は興味もないという風に踵を返すと、王はその場を後にした。
残された武者は彼の足音が消えるまで跪いていた。絨毯へ突いたままの握りこぶしが、ぎり、と小さく音を立てた。
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