32. 勇者の旅路・その二
「――――そ、そんなことが信じられるか!!」
と、言われましても。
のんびり歩いて町中まで戻った俺たちは、一先ず一番の避難所だろう教会へ行ってもう大丈夫ですよ、と報告することにした。運よく中に町長さんもいたので、俺が叩き斬ってしまった結果できた大地の裂け目やら、野牛の死体の後始末なんかを説明しようとしたのだが。
冒頭に戻る。
「ま、百聞は一見にしかずってことで」
もう外も明るくなってきたし、鐘楼に登れば見えるでしょ?とタクサスが肩を竦めて見せる。
「だ、だがあの伝令たちは必ず町のどこかには掠めると!そう言ったんだぞ!!」
「しかし、現に何時までたっても建物が壊れる音は聞こえないし地響きも来ない。そう思っていたのではないか?」
「うッ……」
俺の後ろにいたカイドウの指摘に、言葉を詰まらせた町長さんが「でも」「しかし」と左右に目をうろつかせている。
まあ確かめるには外に出なくちゃいけないし、万が一俺たちが嘘ついてたら今度こそ避難してるどころじゃないから、町長さんの気持ちも解らなくはない。
あの宿屋の女将さんたちも含め、教会内を埋め尽くす人々が全員町長さんの背中へ注目していた。
あ、そうだ。
「外に出るのが怖いなら、空飛んで確かめますか?」
『やめておけ・なさい・あげて』
みんな、そんな声を揃えなくても。
飛ぶ、の意味が解らなかったようで硬直した町長さんの顔が冷や汗で濡れそぼっていく。うーんこのままだと埒が明かないような、と思っていた時だった。
俺たちの背後で、扉の開く音が聞こえたのは。
「町長殿」
「あッあなた方は――――」
唸り声に近い低い声に、町長がはっとした顔になる。みんなから遅れて振り返ると、そこには早朝の光を背にした狼族の獣人たちが三人、立っていた。装備品やその背後に見える馬なんかから、彼らがあの時フィンリアスの言っていた『群れの進行を逸らそうとしていた戦士』なんだということが解った。
町長の反応からして、牙嵐の襲来を警告してくれたのも彼らなんだろう。俺?俺は先頭見るのに忙しかったから、はっきりとは見てないんだよね。
彼らの代表と思われる戦士が一歩進み出ると、俺たちの方を眺めながらきっぱりとした口調でこう言った。
「彼ら――いや、この方々の仰ることは真実だ」
「な、な、なんですとォ!?」
「我らからすれば驚異的な御業だが、この方々の真相を知れば納得もできよう」
あ、それは。
「真相……?」
この小僧っこの?と言わんばかりの目線が後頭部に刺さるのが解る。
できればそのままで、いてほしいんだけど。
「この方々は、我らが白角の女王も認められし救世の英雄――――勇者殿の御一行だ」
そこから先は、まあまあ大変な騒ぎだった。正直、牙嵐よりずっと。
狼の戦士たちの言葉で町長さんは顎が外れそうなくらい驚いた顔をしてたし、かと思うと頭が膝にぶつかるんじゃないかって勢いで下げて謝られたし。俺たちとしては暴れた後の後処理さえしてもらえれば十分だったんだけど、教会を飛び出した町の人々が、他の避難所にいた人たちにも『勇者が来て町を救った』と言って回ってしまったらしく、教会前の広場にどんどん人が詰めかけてちょっと身動きができなくなった。
女将さんが「通りで立派な馬に乗ってると思った」と言っちゃったから、町の人や子供たちがアステルたちを見に行こうとするのをなんとか止めたり――大人しいといっても軍馬だ――ほかの冒険者たちから吟遊詩人が語ってた物語は本当なのかと質問攻めにあったり。
そして外が明るくなり町の外に転がる野牛たちがはっきり見えるようになると、町の大人たちは総出で繰り出して野牛の死体を持ち帰り捌き出した。ちなみに俺の割った地面のそばのは焦げたりしてて使い物にならなかったらしい。
あとはもう、教会前広場で野牛尽くしの大宴会だ。急ごしらえの宴席の中央にどんどん料理と酒が運び込まれ、町中がお祭り騒ぎになった。
俺たちはというと、町長さんが用意させた一番立派な椅子に座らされて、町長さんの切り分けた野牛たちの焼き肉をこれでもかというほど皿に盛りつけられていた。焼き肉のほかには内臓の煮込みや詰め物、野菜の入ったパイ、果物なんかも山ほど。
俺は焼き肉をつまむのもほどほどに、町の人全員と挨拶したんじゃないかってぐらい挨拶の行列対応に追われた。あの両替屋のおじさんも来て感涙してたな。ヴィオ以外のみんなはほとんど俺任せにして、料理を楽しんでた。ずるい。フィンリアスは女将さん謹製の果実酒を呑んでただけだけど。
やがて行列が途切れたころ、町の人たちがリュートなんかを取り出してきて演奏が始まり、誰ともなく広場で踊りが始まった。
「……ふう」
「お疲れ様、義兄さん」
はいこれ、と、ハーブと何か柑橘の輪切りが入った水を隣のヴィオが差し出してくる。ヴィオも俺の義妹ってことが吟遊詩人伝手で知れ渡ってたらしく、結構な質問攻めにあってたのに疲れた様子はあんまりない。
僧侶は人の話を聞くことも修行にあるって前に言ってたから、そういうことなんだろうか。
「ありがと、ヴィオ」
もらった水で喉を潤すと、焼き肉の脂っこさが流れ落ちていくのが解った。
「……感謝されるって、大変だな」
「ね。こんなことになるんて……あ、でも、シーサーペントの大鍋作った時もこんなじゃなかった?」
「あー、そうだったかも」
ただ、あの頃の俺たちははっきりした勇者一行、という自覚も薄く――師匠にお前は勇者だって言われてただけだし――漁師のおじさんたちと肩組んで歌うたったりしてた。こんな立派な席じゃなくて、鍋という鍋を持ち出してきた町の人たちと一緒に、それを囲んで。
そんなことを思っていたら、町の人たち、か冒険者たちの円舞を見てたヴィオが、ぽつりと言った。
「あの時とは違って、被害が出る前に食い止められて、よかったね」
「……そうだな」
シーサーペント退治のときは、俺たちが湖畔の町に着いた時点で、もう町の船は何隻か沈められた後だった。亡くなってた人も、行方が分からなくなった人も、いっぱいいた。
だから俺は――――俺たちは、困ってる町の人たちを助けようと思って、シーサーペントと戦ったんだ。それで退治した。それだけだった。
それだけだったから、大鍋づくり以外のお礼は全部断って、俺たちはすぐに旅立った。
妃殿下から叱られた今思うと、あのとき置いてきてしまった感謝の気持ちってやつを、今度は受け取れたんだろうか。
「大変だったけど、なんか……こういう、ものなのかもな」
「うん?」
「感謝の気持ちをちゃんともらうってこと」
「……そうだよ、義兄さん」
隣でヴィオの笑う気配がしたと思うと、俺の後ろの方から声がした。
「なんだお前は、今までこうした感謝を受け取ることもなかったのか」
呆れた顔で立ってたのはラーシドだ。片手にグラスを二つ、もう片方の手にはあの野苺酒の瓶がある。
「礼儀知らずめ。いいか、凱旋した戦士が礼を受けることは義務だ。そして――――」
突き出されたグラスの片方を思わず受け取ると、ラーシドは止める間もなくそこになみなみと真っ赤な酒を注ぎ入れた。
「戦士同士は酒を酌み交わすものだ」
「俺、あんま呑めない……」
「一瓶ぐらいは付き合え」
「い、一杯じゃだめ?」
だめだ、と言い切られてしまった。まずい。と思ったら、俺の肩越しにヴィオがグラスを出してきた。
「わ、私もほしいです!……だめ、ですか?」
「……女性の杯を空にするのはネブハの男ではない」
持つべきものは偉大な義妹。ここだけの話、ヴィオは俺よりずっと酒に強かったりする。
「あー、私ものむー」
口の周りについたパイの食べかすをとってたゼニラからもグラスが突き出され、ラーシドは黙々とグラスへ酒を注いで回ったのだった。
そんなこんなで宴の夜が更けていき、次の日の朝。
俺たちは女将さんが用意してくれたテールスープの麦粥と朝採れのサラダをまだご馳走が残ってそうな腹に詰め込み、出発の準備に入った。
「もう行っちまうのかい?もっとゆっくりしてきゃいいのに」
「ありがとうございます。ちょっと先を急ぐ旅なんです」
「そうなのかい、それじゃあ―――」
仕方ないね、と女将さんは言おうとしたんだと思う。多分。
記帳台の前に並んでた俺たちの背後で扉が開いたかと思うと、町長さんと、ほかにも見るからに裕福そうな人たち――だめだ、挨拶されたと思うけど名前は思い出せない――が入ってきた。
「おはようございます勇者様!昨晩は楽しまれましたかな!?」
「はい、すごい楽しかったです」
「それは何よりです!実はわたくしども町内組合の寄合で、あの日を勇者様のご来訪記念日に設定し、記念の銅像を建てようという話になりまして!」
「え」
銅像?俺たちの?
「つきましては勇者様がたには今しばらくこの町で旅の疲れを癒していただき、その間に銅像のポーズなどを」
町長さんと俺の間にいるみんなの顔が、けっこう分かりやすく渋くなってる。
えーっと、こういう時は、感謝の気持ちは受け取らなきゃいけないから、だから。
「お気持ちだけ受け取っておきます……」
絞り出した答えにタクサスがこっそり親指立てるのが見えた。合ってたらしい。
でも町長さんは全然めげなかった。というか俺の返事を聞いてたのかも怪しかった。
「ですのでこちらの宿より快適な我が家へ――――」
その時、扉の向こうで鐘の鳴る音がした。鐘楼とかのそれじゃなく、もっと小さな、牛につけたりするようなそれを、一斉に鳴らしたような音が。
途端、町長さんははっとした顔で振り返った。自分たちも入ってきた扉。今まさに開かれたそこを。
「邪魔をする。勇者殿御一行が滞在されているのはこちらか」
でももう、宿屋の入り口は俺たちと町長さんたちで一杯だったのを見てか、町長さんから頭一つ分背の高い声の主は、その場に立ち止まったまま俺の方を真っすぐ見てこう言った。
昨日、いつの間にかいなくなっていた、あの狼の戦士の人。
「先日は正式なご挨拶を欠いた無礼をお許しください。シシリの戦士マクティレ、貴殿らを我が王都にお招きするため、白角の女王イングリディア陛下より遣わされました」
鐘が鳴る。それは俺たちの先頭を行く、マクティレさんの軍馬に着けられた鈴なりの釣鐘の音だ。かなりの音のはずなのに、不思議とうるさいと感じることもない。俺たちを街道から外れさせ、未踏の草原へと導いていく音だった。
「ね、ねえ義兄さん……シシリの女王様って……」
「うん。円卓会議で会ったよ。静かで、綺麗で、でも師匠みたいな感じだった」
「お養父さん?」
「うーん、なんでもお見通し、嘘はだめ、みたいな」
お見通し具合だとあの『森の御前』って呼ばれてたエルフの王様もそうなんだけど。あの王様よりもっとこう、土のにおいがするというか、人に近い感じがした。賢者――――そんな風に呼ばれることもあった師匠を思い出すような。
ヴィオがそうなんだ、と呟いてまた前を見る。
やがて幾つ目かの丘を越えた頃、最初に感じたのはにおいだった。脂を含んだ煙のにおい、獣のにおい。次に音が聞こえてきた。マクティレさんの釣鐘の音にもまけない、何かを叩くような、空気が弾けるような音。
その音の正体が、風にはためく色とりどりの三角旗の連なりだと知ったのは、目の前が一気に開けた時だった。
馬を止めたマクティレさんが振り返り、俺たちに告げる。
「シシリへようこそ」
そこは、あちこちを旅してきた俺でも見たことのない光景だった。
のんびりと草をはむ毛の長い羊っぽい家畜がたくさんいて、それらを見守るヘラジカ族だろう獣人の牧人。かと思えば馬を駆っている狼族の巡回兵がいて、火を焚いて何かを煮込んでいるトナカイ族の料理人っぽい人もいる。
彼らが囲んでいるのは三角旗を立てた円い天幕で、それは奥に行くほど大きく成っているようだった。まるで天幕の屋根で出来た、緩やかな山みたいだ。
アステルがブルル、と心なしか嬉しそうに鼻を鳴らす。そっか、お前はここが故郷だもんな。
アステルの横に、みんなが次々と並んでいく。ヒュウ、と口笛を吹いたのはタクサスかな。
「こちらへ、勇者殿」
マクティレさんの釣鐘がまた鳴り始めた。俺たちは彼を先頭に、三角旗の連なるロープの下を潜り抜け、天幕群の中心へと向かって進み始める。
俺たちに気づいた巡回兵はその馬を止めてじっとこちらを見つめてから頭を下げてきた。牧人や料理人たちも、俺たちに気づくとその手を止めて、袖を合わせるように礼をしてくる。
どうやら、俺たちのことはすでに知れ渡ってるようだった。もしくは、マクティレさんが連れてきた訪問者は、みんなこうして礼をされるのかもしれない。
「な、なんか、大変なところに来ちゃったんじゃない?」
「そうかな。うーん、そうかも?」
「そ、そうかもって義兄さん……」
王都や町での歓迎ムードとは違った静けさに、緊張するヴィオの囁き声が鐘の音に交じる。
いや、俺もシシリに来るの初めてだし、女王様としか会ったことないしなあ。その女王様とだって個人的に話したわけでもないし。
そんなことを思ってるうちに、天幕の色や扉の形がどんどん豪華になっていくのが解った。すれ違う人たちも、重厚な装備を身に着けた兵士に変わっていく。
不意に、馬の走る音と何かが空を切る音、乾いた木に軽いものがぶつかったような、キツツキが何度も幹を叩いたような音が連続して聞こえた。
「構え、止め!」
太い声が青空に響く。その途端、全ての音が止む。
シャン、と最後の一鳴りをしてマクティレさんが馬から降りたので、俺たちもそれに倣った。
辿り着いたのは、ぽっかりと開けた空間。馬に乗った狼族の戦士たちが、弓を下ろしてこちらを見ている。一際巨大な天幕を囲うような蹄の跡と、離れたところにある板に突き立った矢からして、走りながら射る訓練でもしてたんだろうか。
「申し上げます!勇者殿御一行をお連れいたしました!」
両手を合わせて礼をしながら声を上げたマクティレさんが、俺たちの反応を待たずに脇へと退く。背の高い彼と馬がいなくなったことで、より開けた視界に――――鮮やかな赤の天幕前、居並ぶヘラジカ族やトナカイ族の人々に囲まれた、布張りの屋根と、その下に座っている見覚えのある角の後ろ姿が飛び込んできた。
「久しいな」
緩やかな草原を渡る風のような声。あの円卓会議で聞いた厳しい声とは、また違う、少し笑っているような。
「そなたらはどうにも、旅路を戦場に変える星の許へあるようだ。あるいは戦場がそなたたちを呼ぶのか……」
衣擦れの音とともに立ち上がったその人の頭上で、象牙色の――鹿の角みたいに細く波打つ台座から吊られた琥珀の玉や、銀のコインのような飾りがちゃり、と音をたてる。布地の影から姿を見せたのは。
「いずれにせよ、此度の働きも見事であった。そなたらに世界を預けた一人として誇らしく思うぞ、勇者たちよ」
シシリの女王、イングリディア陛下。
俺は彼女に向かい、まず頭を下げた。そのまま後ろを見ると、みんなもそれぞれに礼の姿勢を取ってる。よかった。
「お久しぶりです女王陛下。お招きいただきありがとうございます」
「よい、面を上げよ。最北の地、魔界門へ通るにはいずれこの草原を抜けることになっていたはず。そして我らもこの時節はこの地で過ごすゆえ、そなたたちへ然るべき礼を果たしたまでのこと」
言われた通りに顔を上げた俺たちを見渡して、女王陛下は笑みを深めた。
「今宵は豪勢に歓待の宴を催す――――と言いたいところだが、昨晩は相当な騒ぎであったのだろう?滋養に良いものを作らせよう。まずは休め。戦士には休息が必要だ」
「ありがとうございます。陛下」
やっぱり、昨日の大宴会のことも筒抜けだったらしい。
な?なんでもお見通しってかんじだろ、と隣のヴィオに目配せしようとしたけど、ヴィオは緊張でそれどころじゃないっぽかった。
「マクティレ、客人たちを天幕へ案内せよ」
「は!――――こちらへどうぞ。馬たちは我らにお任せください。お荷物は後で運ばせます」
というわけで、またちょっとの間お別れみたいだなアステル。でも草原の風でご機嫌みたいだし、大丈夫か。
武器だけは回収して、町を出るとき山ほどもらった食糧袋なんかは全部載せたままにする。
するとマクティレさんとは別の狼族の兵らしき人たちが進み出てきたので、彼らに手綱を渡した。
彼らに引かれていくアステルたちを見送り、女王陛下に再度頭を下げると俺たちはマクティレさんの先導のもと、今夜の宿になるのだろう天幕へと向かった。背後で、再び号令とともに響き出した蹄の音を聞きながら。
俺たちの天幕は一つを二人で使うという、かなり贅沢な間取りになっていた。部屋割りは町での宿のときと同じ、俺とラーシド、ゼニラとヴィオ、カイドウとフィンリアス、タクサスとランドリン。マクティレさんが出ていってしばらくすると、駆けこむようにヴィオたちが入ってきた。そのあとに続いてカイドウたちやタクサスたちも俺たちの天幕に集まり、結局全員が揃った。
天幕の中は柱を囲うように、椅子にも寝台にもできるのだろう――でもなんていうのかは分からない――弧を描く長椅子のようなものが配置されており、それぞれが好きな場所に座る。
「き、緊張したぁ…………!!」
俺の隣に座ったヴィオが、ようやく呼吸ができる、といわんばかりに呟いた。
「まさかいきなり女王陛下御自らお出迎えってのは、確かに緊張しますよねぇ」
そう言う割に、円卓会議で一度会ってるタクサスの声に緊張は欠片も見えないし、俺とは反対隣のゼニラは相変わらず足をぷらぷらさせてたので、こっちは全然緊張してないっぽい。ヴィオの様子を微笑まし気にみてるカイドウはいわずもがな。
「シシリはモンスターと常に戦い続ける国。円卓会議のお姿も凛々しくあられたが、本来は大分穏やかなお人柄のようだな」
ランドリンは自分の長いひげを撫でながらしみじみと口を開く。かと思えば、反対方向に座っているフィンリアスが小首をかしげた。
「どうだろうか。賢女と名高き御方ではあるが、あの射術訓練を見られるご様子はただ聡明なだけの女性とは思えなかった」
「なんだと?」
「あーあーそこ、これから荷物運びに人がくるんですからね」
また始まりそうになったやり取りにタクサスが釘を刺す。
ふと、俺は対面席で腕を組んで黙ったままのラーシドの様子が気になった。
「ラーシド?どうかしたか」
「……あのような」
ぽつり、と呟きが落ちる。俺の一声のせいか、その場の全員の視線がラーシドへ集まる。
「あのような御方がこの北の果てにおられるとは……!あの物腰、相当にできる御方とお見受けした!それでありながらその武をひけらかすでもなく知略をもって王国を治められ我らを歓待されるお姿のなんと優雅なことか!」
「あ、なんか火ィついてますね」
「おい!お前たちはあのお姿を見て何の感銘も受けなかったというのか!?」
ほっときましょ、とタクサスが事も無げに言い放つ。そういえばネブハは女の人を大事に、というか尊敬する国だって昨日――いやもう一昨日か――歩きながら聞いたような。
でもごめん。俺そこまでは感動してない。いやすごい人だっていうのは解るんだけど。
「ま、とりあえず陛下の仰せの通り休憩ってことで」
あ、ちょっと待って。俺ラーシドと同じ天幕で。行き場所なくて。おーい。
解散解散、と腰を上げたタクサスに続いてランドリンやカイドウ、フィンリアスたちが出ていく。ゼニラに引っ張られてヴィオまで。
そして残された俺は、ラーシドの『いかに女王陛下が素晴らしかったか』演説を一人で、夕食の報せがくるまで拝聴するハメになったのだった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
下の☆☆☆☆☆から評価をいただけますと大変励みになります。ぜひお願いいたします!




