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勇者は王妃の『推し』ですわ!  作者: gen.
第四章

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31. 勇者の旅路・その一





 王都を出発してから一か月。俺たち一行は北の最果て、魔界門を目指して軍馬を駆っていた。

 いつもの風魔法での移動は俺の集中力頼みなところと、もう一つの欠点がある。それは強度によって飛んでる間の向かい風の影響が変わる、というものだ。高速で飛べば飛ぶほど当然向かい風も強くなるし、その冷たさから全身――俺の場合は特に目を――守るため強めに魔法をかけなくちゃいけない。

 いつものヴィオ、ゼニラ、カイドウにタクサスと俺、くらいならなんとかなってたが、そこにラーシド、ランドリン、フィンリアスの三人が加わった今、強度と速度と集中力、全部を維持できるかは正直やってみなきゃわからない、というレベルだった。


(アステルもらえて、ほんとよかったな)


 俺が選んだのは濃い灰色のたてがみに、灰色の斑模様の毛並み、けれど額に白い(アステル)がある一頭。最初は大人しかったけど、慣れたら結構やんちゃだということが解った。いまでは頼もしい旅の仲間だ。

 春の草花が咲き乱れるのを横目に、快晴の中風を切って走るのは本当に気持ちがいい。俺はだけど。


「ヴィオ、大丈夫か?」

「うん。義兄さん」


 前に座ってるヴィオも、最初はその高さに怖がってたけどアステルが大人しく――最初はな――してくれてたのもあって、すっかりその高さと速さに慣れていた。

 本当は一直線に北へ向かえればよかったんだけど、中つ国から魔界門に向かう直線状には大きな山と麓に危険なダンジョンがあって、俺たちはそれを迂回するように北西のルートをたどっていた。

 今はちょうど右手にその大山脈が見えている丘陵地帯を駆けているところだ。このルートは円卓会議の時、北方神殿に行くのにも使ったから、よく覚えてる。あの時は馬車に乗ってたけど、あれもあれで結構大変だったなあ。

 そういえばあの時道の脇に積み上げた死体、どうなってるかな。さすがにもう動物と虫たちの餌になってるか。でも寒い時期だったしな。


「どうかなあ……」

「?なにが?」

「あ、えーと……みんなの腹の減り具合、どうかなって」


 さすがにあの時の死体処理のことを考えてた、とヴィオにいうのは俺でもしない。

 ヴィオは野盗を撃退するときだって、死んだ奴は俺やゼニラへきちんと火葬するよう頼んでくるぐらいだ。罪深い肉体を離れた魂が、せめて光明神の御許で清浄に至りますように、と祈って。


「おなか……私はまだ大丈夫だけど」

「いま飯の話をしたか!?」

「うるさーい」


 すぐそばを走っていたカイドウが耳ざとく聞きつけて並走してくる。前に乗ってるゼニラは迷惑そうに耳をふさいでるが、それも知らん顔で「昼飯ならこの先に宿場町があったろう」と続けた。

 ちなみにカイドウの馬は真っ黒なたてがみに象牙色の毛並みで、額に三つの黒い斑点がある牝馬だ。それを見たカイドウが「お前はトモエだな!」と言ってたので俺もトモエと呼んでる。意味はよく解らない。


「じゃあ今日はそこに泊まろうか、しばらく野宿が続いてたし。補給もしよう」

「だいさんせーい!」

「おいおい手を離すな」


 雪も解けた春の真っただ中だから、アステル達の餌には困らないけど、俺たちの飯ばかりはそうもいかない。干し肉も残り少ないし。


「みんな!この先の宿場町で昼飯だ。今日はそこに泊まって、補給もする!」


 後ろを振り返ると、ラーシドやフィンリアス、タクサスたちが頷くのがみえた。ランドリンは見えなかったけど、文句は聞こえてこないし多分大丈夫だろ。


「果実酒があればいいんだが」


 白馬に乗ったフィンリアスがそういって俺たちを軽やかに追い抜かしていく。ちなみに馬の名前は秘密なんだそうだ。あ、タクサスのうしろから「もっと速く走れ」ってランドリンの声が。

 ラーシドはそれに呆れたような顔をしながらも、俺たちから少し距離を取った位置のまま走ってる。多分俺たち全員の様子を見れる位置にいたいんだろう。


「よし、じゃあ宿場町目指して、あらためて出発!」

「もう走ってますがねー」



「えーと、宿屋、の前に両替両替……」


 この町にはたしかあったはず。

 陛下から渡された旅の路銀は、実質路()といっていいほど金貨の量が多かった。陛下も「旅路には銀の方がいいとは思うが」と苦笑しながら渡してくれたので、多分誰かにそうしろって言われたんだと思う。うん、多分。

 アステルから降りた俺たちは、手綱を引きながら辺りを見渡していた。

 さすがダンジョンが近い宿場町だけあって、行き交う人々も冒険者然とした旅人が多い。その中でどデカい馬を引いた俺たちの姿はかなり目立ってた。

 そんな中、恰幅のいい女将さんが俺たちの姿を見つけて手招きしてきた。


「そこの旅人さん方!馬がいるならうちの厩舎が一番だよ!」

「ありがとう。でも先に両替がしたくて……」

「それならゾロゾロ行かないで、うちに預けて行っといでな!この道まっすぐ行って左に曲がったところに看板が出てるからさ!」

「って、ことらしいけど」

「飯は食えるか?」

「あったり前だよ。うちの羊焼き肉はそこらとは違うんだから!」

「果実酒はあるかな」

「当然!林檎に葡萄に蜂蜜酒、今時期は野苺やスミレの酒だってあるよ!」


 カイドウやフィンリアスの問いかけにも打てば響く太鼓のような元気な声が返ってくる。

 ラーシドは黙ったままだし、タクサスも笑って肩を竦めるだけ。ランドリンは――――


「腹いっぱい食えるなら文句はない」


 じゃ、決まりだな。


「――――いい子にしてるんだぞ、アステル……って、こら、舐めないの」


 油断するとすぐこれだ。顔を舐める癖がついちゃったんだよな。ヴィオも最初やられたときはびっくりして固まってたっけ。

 俺は女将さんの宿屋の厩舎にアステルを繋ぐと、宿の記帳や食堂の席とりなんかはみんなに任せて、女将さんの教えてくれた両替屋へ行くことにした。

 歩き出すと、数歩後ろから雑踏に紛れそうな、けれど俺の耳にはもう慣れた足音がする。


「そんな離れてないでさ、行くなら一緒に行こうよ。ラーシド」

「……俺はお前の監視役だ」

「真面目だなあ」


 両替しにいくだけなんだけどなあと思いつつ、俺としても別に手をつなぎたいとかいう訳でもないので、好きにさせておく。

 中つ国の金貨は、大陸に出回ってる貨幣の中でもかなり質のいいものだ。

 両替屋のおじさんは張り切って、この辺りでも流通してる銀貨に換算してくれた。うん、ぼったくられてるわけでもなさそう。


「しかしこの金貨、現国王様のものでございますね。お客様も中つ国からおいでで?」

「あ、はい」

「然様でしたか!実は去年の冬前中つ国の国王様がこの町を通られましてな、手前どもも遠目ながらその馬車列を拝見したのですが、いやあ立派なものでございました」

「ああ、そうだったんですか」


 知ってます。というかその馬車に俺も乗ってました。というわけにもいかず、しばらく盛り上がるおじさんの雑談に付き合って、解放された時には俺も大分腹が減っていた。


「お腹すいた……」

「無駄な時間を使い過ぎなんだ、お前は」


 ラーシドの容赦のない声が飛んでくる。


「無駄ってほど無駄でもなかったよ」

「なに?」

「中つ国からの商隊が来なくなったとか、街道にモンスターが出たとか、そういう話題出てなかったから。この町、特に困ってることはなさそう」

「……だったらなんだ」


 宿屋の方へ戻る道すがら、唸るような声が続く。


「魔獣が出ていれば、魔獣退治にでも繰り出したというのか。お前は」

「うん」

「!?」


 立ち止まって振り返ると、理解できないものを見る目でラーシドがこっちを見ていた。

 けれど驚きを顔に出したのはほんのわずかで、すぐに眉間に皺を寄せて睨みつけてくる。


「お前は、世界を救う使命を帯びている身だぞ……!」

「ここも『世界』だよ。ラーシド」

「ッ……」


 まあ、俺の旅ってそんなだから。

 すぐ分かってほしいとは言わないけど、付き合わされるのは覚悟しておいてね。



 なんてことを言ったせいだろうか。

 夜半、俺たちは叩き鳴らされる半鐘の音で目が覚めた。

 飛び起きて剣を片手に部屋の窓を開くと、鐘楼に登って声を張り上げている人の姿が松明に照らされているのが見えた。同じ部屋のラーシドは俺が寝る前と同じ、寝台に座って壁に背を預けたままの姿勢で、目だけを外に向けていた。


牙嵐(きばあらし)だ――――!!牙嵐がくるぞ――――!!」

「うわ、この時間に?」

「!おい!」


 なんて言ってられる状況でもない。牙嵐(きばあらし)とはモンスターを含む動物たちの群れが大規模な暴走状態になって集落を襲う動物災害の一種だ。春は繁殖期で興奮したモンスターとか、それに襲われた草食動物の群れが暴走しやすい。ここは中つ国からずいぶん北の方だから、もしかしたら冬越えで飢えた魔狼にでも襲われたかな。

 俺は窓縁を掴んで屋根の上に飛び出すと、そのままそこを登った。追いかけてくるラーシドの物音を聞きながら屋根の天辺まで行くと、そこにはすでにフィンリアスが立って夜風に髪をなびかせていた。同じ部屋だったカイドウの姿は見えない。


「フィンリアス、エルフの目で状況は見える?」

「……まだずいぶん遠い。野牛だな――――並走してる戦士が見える。狼の獣人だ。弓で群れを逸らそうとしている」


 彼らが知らせてくれたのだろうよ、と言う言葉で締めたフィンリアスは弓を片手に振り返った。


「あの進路なら直撃は免れるだろう。住民たちが避難する時間も十分にある」

「だが、西側端の漆喰と木の家、それに畑は潰れる」


 カイドウの声がした。他の建物の屋根から飛び移ってきたカイドウは、どうやらフィンリアスに聞いた方角にあるものを確かめに行ってたらしい。


「おや、皆さんお集まりで」

「タクサス」

「こっちは女将さん方が避難誘導してたんで、俺たちは大丈夫だからって先に行ってもらってましたよ」

「ああ、それでいい」


 ランタンを片手に登ってきたタクサスが顎で宿前の道を指す。

 そちらを見れば、ちょうど女将さんたちが他の宿泊客を連れて鐘楼のある教会のほうへ遠ざかっていくのが見えた。うん。石造りの教会なら、大抵の動物の突進にも耐えられる。


「おい!なにをごちゃごちゃ喋っとるんだ!!」


 怒鳴り声の方を見ると、入り口前で屋根には上れなかったんだろうランドリンが、ヴィオやゼニラと一緒にこっちを見上げてた。

 俺はしゃがんで、ランドリンたちにも聞こえるよう声を張り上げた。


「野牛の群れがくる!直撃はしないけど、町はずれの建物と畑はだめになるみたいだ」

「何ィ!?」

「じゃーやっちゃうのー?」

「うん!」

「な、何ィイ!?」


 ゼニラのマイペースな声に即答すると、ランドリンの驚く声が続いた。

 俺たち、ワイバーンの群れも退治したことがあるし、群れの対処は割と慣れてるんだよね。


「俺が大体の進行方向逸らすから、カイドウ、フィンリアス、タクサス、ランドリン、畑前で逸れた奴らの処理頼む!」

「応!」

「了解」

「あいよー」

「ええい、仕方ないっ!」

「ゼニラは明かりで視野確保!ヴィオはカイドウたちの補助に回ってくれ!」

「はーい」

「わかった!」

「ッおい!何を勝手に――――」

「ラーシドは俺と一緒、だろ?」


 言葉を詰まらせたラーシドが目を見開く。あ、夜の中だと普段緑の目がちょっと金色っぽく見えるんだ。変わってるな。

 それでも、すぐ顔を顰めたラーシドは唸るように続けた。


「馬を出してる時間はないぞ……!」

「飛んでくから大丈夫」

「飛ぶ……!?」


 まぁ珍しいですよね、とタクサスの声。タクサスも慣れるまで時間かかったもんな。

 ともあれ、俺が精神を集中させれば、それに応えた風の精霊たちが集まり出す。さすがに八人同時は初めてだから、ちょっと本気で軽い詠唱も付ける。

 フィンリアスの言葉の通りなら時間の余裕はあるはずだ。前面の向かい風を防ぐ強度は少し緩めてもいいだろう。


「うぉおお!?なッなんだ!?」

「大丈夫。義兄さんの魔法です」


 まずはランドリンたちを呼び寄せる。宥めるのはヴィオに任せて、つぎは俺たち。


「待て――――」


 ない。

 ラーシドの声は聞こえなかったふりで、俺はみんなと一緒に夜空に向かって飛び出した。

 ほんとは夜空を飛ぶなって師匠に言われてるんだけど。町の灯りすれすれに飛ぶからいいよな。うん。

 俺はフィンリアスに方角を確かめると――ちなみにフィンリアスは涼しい顔をしてたから飛んだ経験があるのかもしれない――そちらの方へ一直線に飛んでいく。

 両替屋の看板の上を通り過ぎ、いくつかの小規模な鐘楼や松明を尻目に飛ぶことしばし。ゼニラの火炎魔法が頭上で煌々と燃える火球を作り出し、俺はそれを松明代わりにさらに飛び、町の外に設けられた農地、と少し離れたところへたどり着くことができた。

 ここまでくると、地響きの音が近づいてくるのが解る。


「あと五、六分もすれば先頭が見える……ってとこですかね」


 地面から耳を放したタクサスの言葉に頷き、俺は農地の傍を流れる小川と、緩やかに波打つ丘の方を見遣った。


「このまま西の方に先頭を逸らす。林は見えないから、多分大丈夫」

「ああ、林はない。丘が続いている」


 フィンリアスの太鼓判ももらったことだし。


「じゃ、あと頼んだ!」

「義兄さん、気を付けて!」

「うん!」


 俺はやっぱりラーシドの声を待たず――ごめん――二人で浮き上がると、月明りにきらめく小川の向こうへと飛んだ。

 小川は多分農地の用水にもなってるだろうから、これは吹き飛ばせない。

 でも、それ以外なら、ちょっと地形が変わっても大丈夫だろ。多分。


「――――正気か」


 急に振り回すように飛ばしちゃったから酔ったかなと思ったけど、降り立ったラーシドの声はしっかりしていた。

 俺たちの足の裏から、振動が伝わってくる。


「うん。覚えといて、ラーシド」


 俺は三歩ほど後ろにいるラーシドへ振り返った。


()()()できるんだ」

「ッ……」


 だからこれからも、俺はそうするだろう。抜き放った長剣は、さすがドワーフの王様謹製なだけあって軽すぎず重すぎず、手にしっくりと馴染む。

 俺はそこへ呼び寄せる。炎の精霊たちを。本来ここにいない彼らが大気を熱し、艶やかな真新しい刃の真上で踊り始める。

 狼族の戦士のものだろう遠吠えが聞こえる。地響きは、すぐそこまで迫っていた。月明りの中でも、波打つ黒い塊、いや帯状の波のようなものが迫りつつあるのが目で見える。相当大きな群れだ。


「そこで見てて。危ないから、俺の前には出ないで」

「――――」


 俺は火炎の渦に取り巻かれる剣の切っ先を、右斜め上に向け構えた。

 並走しているという狼族の戦士たちを巻き込むわけにはいかない。

 彼らの姿も見えるまで、群れを引き付ける必要がある。角度にも、気を付けて。

 月明りが野牛の角を照らし出した。

 

 ――――いまだ。


 跳躍する。体を捻りながら。その頂点に合わせて放った斬撃が、炎の波となって大地に斜めの傷をつける。大地を砕く音と立ちのぼる炎の壁、それに伴う爆風が辺りを照らし出し、草花を薙ぎ倒していく。それに驚き、また吹き飛ばされた先頭の数匹も見えた。

 間髪入れず、左下を向いた切っ先を上へ跳ね上げ、今度は左斜めにもう一発。大きく開いた斜めの線が二本結ばれ、炎の壁となって群れの流れを押し曲げていく。


「やっぱだめかー」


 そして俺はというと、勢いその群れのど真ん中に落ちそうだったところを風魔法で急停止し、ラーシドのいる方へと取って返したのだった。

 ラーシドは炎の壁との距離をとった位置で、険しい顔のまま立っていた。

 混乱したまま突っ込んできたか後続に圧し飛ばされたか、その足元には二体の野牛が転がっている。こういう壁でも止められない個体、あるいは群れからはぐれる個体がいるので、後詰めにカイドウたちを残したんだけど。あっちはどうなってるかな。

 炎の壁で明るい分、遠くの方はちょっと見えにくい。ゼニラの明かりが大粒の真珠みたいに光ってるのは見えるけど。


「おい」

「ん?」

「ヒゲが焦げかけた。飛ぶときといい、何をするかは先に言え」

「あ、ごめん」


 爆風の熱のせいだろう。でもラーシドならもしもの時もかわせると思ったんだ。実際、ヒゲつやつやなままだしさ。

 憮然としたラーシドが、手にした短く曲がった双剣を鞘へ収める。


「……お前は、まっとうじゃない」

「よく言われる」


 ほんと、それはよく言われてきたし、怒られても来た。

 背後ではまだ地鳴りのような音が続いてる、喋りにくいし聞きにくいから、戻ろうよ、と言おうとした時だった。

 ラーシドがくるりと俺に背中を向けた。


「だが、戦士だ」

「!」


 戦士。勇者とか、剣士とかは言われ慣れてるけど。

 それはきっと、ラーシドにとって特別な響きなんだろうってことは、俺でも解った。


「ん――じゃ、飛ばすね」

「ッおい!!」


 先に言ったから怒らないでよ。ラーシドと一緒に飛び上がった俺は、そのまま遠くに見えるゼニラたちの方へと飛んでいったのだった。



「俺は三頭仕留めたぞエルフ!」

「私は五頭だ」

「なにィ!?」

「またやってるよ……エルフ衆は弓なんだから仕方ない――っと、おかえりなさい」

「ただいまー」


 なんだか賑やかなところに戻ってきちゃったな。戻ってくる途中に見えた矢の刺さった野牛はフィンリアスか。さすがだな。でも間近に迫った野牛をあの斧でぶちのめしたっていうランドリンもすごいな。


「お帰りなさい義兄さん!怪我は」

「ただいま、ヴィオ。ない。大丈夫」

「ラーシドさん、は……」

「ない」


 あ、ラーシドのヒゲが焦げたらヴィオに治してもらえばよかったのか。

 そんなことを考えてると、また逸れ個体の足音が聞こえてきた。

 調節してるから燃え広がりはしないけど――――まだしばらく炎の壁は消せそうにないな、と思いつつ、俺は抜いたままの剣を片手に、音の方へと振り返る。

 結局、炎の壁を消せたのは、月が大きく傾き、東の彼方の夜空の裾が青くなり始めた頃だった。


「――――フウ、ハア、俺は、十頭だ……!」

「口にしない方がいいこともありそうだな」

「ええい、くそッ!はっきり言え!!」

「やーすごいすごい。おかげさんで楽できましたわ。ほんと」

「まったくだ!」


 戻ってくると肩で息をしているランドリンと、相変わらず涼しい顔のフィンリアス、の後ろで手を叩いてるタクサスとうなずいてるカイドウが見えた。

 ラーシドはゼニラやヴィオの前で仁王立ちしてて我関せずの顔をしている。


「みんな、お疲れ!」

「義兄さんも、お疲れ様」

「おつー」


 これで被害は出さずに済んだみたいだ。

 あとはあちこちに散らばってる野牛の死体が腐る前に処理する必要があるけど、まあその辺は町の人に任せて大丈夫だろう。


「じゃ、戻ろっか」


 もう急ぎの用もないし、飛ぶ必要もなさそうだな。そう思って俺が踵を返した時、すぐそばで草を踏む静かな足音がした。


「ラーシド?」

「……戦士は凱旋時、肩を並べるものだ」


 そう言って隣に立ったラーシドの視線は、町の方に向けられていたけど。


「――――そうなんだ」

「そんなことも知らんのか」

「うん。教えてよ、ネブハのこと。俺、あっちまでは行ったことないんだ」


 多分初めて、ラーシドから()に向けられた言葉なんだと思ったら、なんだか無性に嬉しくなった。

 そして俺たちはラーシドからネブハのことを色々と教わりながら、白み始めた空の下を町に向かって歩き出したのだった。


 



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