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勇者は王妃の『推し』ですわ!  作者: gen.
第二章

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21. 王妃の『推し活』





 降り積もった雪が音を閉じ込めるように、冬場の噂話というものは、閉ざされた空間へすぐ広まっていくもの。

 王都に広がった『瘴気汚染が広まるのを看過した罪で神官長ドニロドトスが処刑された』という噂は、次第に『瘴気汚染を広めつつあったドニロドトスの悪行を暴いたのは勇者一行だった』という尾鰭がついた。

 噂は噂を呼び、氷柱が雫を滴らせる頃には『悪漢ドニロドトスの罪を暴くため王命を受けた勇者たちがこれを果たし、王都に帰っている』というところまで変容した。

 ファーウェイから直接の報告を聞きながら、わたくしは一つ頷いて見せた。

 暦の上では春を迎えた、まだ雪が融け残る早春の朝のことだった。


「よくやったわ、ファーウェイ」

「いえいえ、わたくしは妃殿下のお書きになった筋書の通りに商売仲間へ耳打ちしただけでして、はい」


 相変わらずへらへらと底の見えない笑みを浮かべるこの男とも、本当に長く深い付き合いになったものだ。

 いまやわたくしが市井に施す工作は、ファーウェイ抜きでは成り立たない。

 もちろん、そんなことはお前も見越したうえで、わたくしに手を貸しているんでしょうけどね?

 まだ朝食が残る胃袋の調子を考えて、エディス謹製のハーブティーだけを飲みながら、わたくしたちは笑みを深くした。

 ファーウェイの報告は、ドニロドトスをモデルにしただろう悪漢を勇者たちが倒す歌劇が昨今の流行りだという話題へ移っていた。

 これで、わたくしたちの準備は整った。

 世論が元神官長ドニロドトスを悪人とみなしているいま、神殿側も安易に神殿寄りの――魔族を敵視し、旧来の教えを推し進める――神官長を送り込んではこないだろう。

 勇者たちの再出発も、ごく自然な形で演出できる。

 あとは雪解けを、そして泥濘む土が固まるのを待てば――――そんなことを思っているうちに日々は飛ぶように過ぎ去り、とうとうその日がやってきた。



「南方平原ネブハより、戦士ファリサの息子ラーシド、参上仕りました」

「タタローナの巌より、ランドーリの嫡男ランドリン、参上した」

「御座の森の連なりより、エルフの弓フィンリアス、ここに」


 三者三様の響きが謁見の間の天井に反響し、降り注ぐ。

 南のネブハからは艶やかな毛並みへ双剣を携えた黒豹の戦士が。ドワーフの王国タタローナの巌からは、戦斧を担いだ屈強な戦士が。そして御座の森に連なる、つまり森の御前の血筋からはエルフの若い――といっても私たちよりはとっくに上なんでしょうけど――弓手が。


「皆、遠路はるばるよく来てくれた。ランドリン殿は円卓会議以来だな。御父上は息災か」

「は!ドワーフは頑強無比にて、此度の鍛冶を終えた後もつつがなく過ごしております」

「それはなによりだ」


 ランドーリ――たしか巌の御館の本名だったはず――ということは、この膝まで届きそうな長いひげの持ち主がドワーフ王族直系の、第一王子。

 ドワーフは数百年生きると聞いたことがあるけれど、一体この王子はいくつなのかしら。

 陛下とランドリンの穏やかなやりとりを聞きながら、わたくしはそんなことを考えていた。

 廷臣や王城を警備する第一騎士団の騎士たちの中には、彼らのような他種族を目にしたこともない者もいるだろう。その好奇と緊張を含んだ視線に晒されながらも、三名の戦士たちは堂々としてすこしも臆する様子がない。

 立派なものね。


「早速だが、そなたたちにも紹介しておこう。今回の旅のきっかけとなった予知を齎した我が妻――――ベルグリンデだ」

「ご機嫌よう。ベルグリンデ・ヴェルフ・エリネッド・オブ・グウィンアルトです。気高き戦士たちを我らの城へお迎えできたことを光栄に思います。出立の日まで、どうぞゆっくり過ごされてね」


 陛下の紹介を受け、わたくしも胸に手をあてながら礼儀を示す。

 戦士たちも体をこちらへ向け、再び礼を見せた。

 その時、ラーシドと名乗った黒豹の戦士が、一際深い礼を見せたのをわたくしは見逃さなかったわ。ネブハは女性が強く兵士として当たり前に戦うから、女性を尊ぶ国だと聞いたのは本当だったみたいね。

 それに対し、フィンリアスと名乗ったエルフの戦士は始終緩やかな笑みを絶やしていない。共通語も流暢だし温和そうに見えるけど、長命種特有の余裕の現れ――この旅も長い生の一章に過ぎないということかしら。ふふ、穿って見過ぎているかしらね。でもエルフは本名を身内にしか明かさないのでしょう?そこを指摘しないだけ大目に見てほしいわ。

 とにもかくにも、これで勇者たちの新たなパーティーメンバー、旅の監督役が揃った。

 続いて、ランドリンからは炎の浄化を宿した各種の武器が、フィンリアスからは水の浄化を宿したミスリルの鎖帷子が提出された。

 陛下は謁見の間の脇に控えていた勇者たちを呼び寄せると、その場で各々の武器と防具を取らせた。

 武器も鎖帷子も、彼らの体形や手にぴったりと寄り添ってるように見えた。当の本人たちの驚き様を見る限り、これは正しかったようね。

 円卓会議の最後、勇者一行の面々に合った武具のサイズを知るために、巌の御館が渋々森の御前へ話しかけて酒樽を要求されてた、という陛下の話も嘘じゃないみたい。

 この機会に、ランドリンとフィンリアスが仲良くなってくれたら、なんて思うのはさすがに高望みがすぎるかしら。


「さて、我が妻はああ言っていたが、そなたたちには早速やってもらわねばならないことがある」


 場所を移そう、と陛下が立ち上がった。わたくしもそれに続く。

 何事かと顔を見合わせる戦士と勇者たち、別に心配するようなことじゃないわよ。


「――――シシリの女王より贈られた馬たちだ。出立の日までに、各自騎乗する馬を選び、慣れておくこと」


 陛下が彼らを連れて行った先は、城内の騎乗訓練場。そこには毛艶も体格も申し分ない軍馬たちが八頭、大人しく繋がれてその時を待っていた。


「でっか……」

「軍馬だからな」


 お前は俺の前に乗れ、とカイドウが笑いながらゼニラに話しかけている。


「に、義兄さん、私……」

「うん、ヴィオは俺と一緒の方がよさそうだな」

「じゃー俺ぁ一人で……っと……」


 飄々と頭の後ろで手を組んでいたタクサスが、ふと気づいたように戦士たちの方へ振り返った。


「……乗れます?」

「戦士に対する侮辱か?」

「問題ない」


 グルル、と唸ったのはラーシド。さらりと流したのはフィンリアス。

 そこで一人、沈黙を保ってる人物にその場の全員が注目する。


「~~~~ッええい、岩山では馬など乗らん!」

「……じゃ、ドワーフの旦那は俺と相乗りってことで」


 むさくるしくてすみませんねえ、と両手を挙げるタクサスへランドリンは唸りつつも明確に拒否もしなかったので、なし崩しにそのペアは決定した。


「じゃ、あとは誰がどの子にするかだな。みんな、喧嘩しちゃだめだぞ」

「子っていう面構えじゃねえでしょ……」


 ブルル、と鼻息を漏らす面々を見ながら勇者が朗らかな声を上げる。

 残った三頭?ありがたくグウィンアルト王室がいただくわ。



 そこからは中々に大変な日々だった。

 ランドリンが男の前になど座れるかといってタクサスの後ろに座ったら振り落とされたり、軍馬の高さに怯えるヴィオレットを勇者が宥めたり。

 ラーシドも故郷の馬とは勝手が違うのか、中々に苦戦していたわね。一番安定していたのは意外にもゼニラを乗せたカイドウ。やっぱりさらりと乗りこなしていたのはフィンリアス。

 カイドウって、わたくしに対する態度とかもそうだけど豪放に振舞ってるようでどこか学をもってるというか品があるのよね。謎だわ。

 わたくしは忙しい陛下に代わって訓練場へ出向いては、そんな彼らを見守ったり侍女たちに指示して体をふくものや飲み物を用意させたりしながら過ごしていた。

 やがてスノーフレークが小さな白い振り鐘を咲かせ、アーモンドの花が薄紅の花弁を開くころ。なんとか騎乗姿が様になって来た一行が、再び旅立つ日がやって来た。


「――――これは、難敵を倒す旅ではない」


 朝日が薔薇窓から差し込む謁見の間に、陛下の厳粛な声が響き渡る。


「永きに渡る断絶を終わらせ過去のものとし、一つの世界を、未来を救う旅である」


 広間の中央を貫く絨毯の上に並び立つのは、勇者ユーリヒトを始めとした彼の旅の仲間たち……と、いうにはまだ早そうな三名もいるけれど。それはそれ。

 ミスリルの鎖帷子を各々の装束の下に身に着け、ドワーフ謹製の剣や杖を携えた彼らの姿は壮観というほかなかった。

 謁見の間は水を打ったように静まり返り、誰もが勇者たちの堂々たる姿に見惚れ、あるいは気圧されている。


「一人一人の双肩に、世界の未来がかかっている。そのことを努々忘れぬように。エゼルレッド・アプ・カドヴァン・オブ・グウィンアルトの名、そして円卓会議の名において、そなたたちをここに送り出す。旅路に光明神の加護あらんことを」

「再びの旅路に創世の光明神の加護がありますように……あなたたちの慈悲が世界の、そしてあなたたち自身の援けとなりますように。ベルグリンデ・ヴェルフ・エリネッド・オブ・グウィンアルトの名において、旅路の無事を祈ります」


 わたくしたちの祈りを織り交ぜた宣言に、一つ頷いた勇者が進み出た。

 いつか見たときのように、彼の右手が、自身の左胸に当てられる。


「お二方の言葉の通りに、誓って、みな無事に戻ります」


 わたくしはその言葉に、胸が熱くなるのを感じた。わたくしも陛下も勇者も、再びこの場に集い、けれどあの時のままのわたくしたちではない。

 陛下が深くうなずき、手を彼らの頭上、その先の扉へと差し伸べた。


「行くがいい。救世の勇者たち」


 重苦しい音を立てて、謁見の間と廊下を隔てる扉が開かれていく。

 各々礼を見せて踵を返した勇者一行が退出すると、陛下がわたくしの方を見る。


「行くか」

「ええ」


 差し出された陛下の腕をとって、行く先はもちろん、正門前広場が見えるバルコニー。

 ああ、この時をどれほど待ち詫びたことか。

 角笛の音が高らかに鳴り響き、鳥たちが飛び立っていく。正門前広場の車留めに繋がれていた各々の馬に跨り――あら、後ろに乗るのが上手くなったわねランドリン――騎士たちが居並ぶ道の中央を、勇者たちの隊列が、勇者ユーリヒトを先頭にして進んでいく。


「……立派になったものだ」

「特訓の成果です」


 くすくすと笑い合いながら、わたくしたちは跳ね橋を渡る彼らを見送る。

 でもね、今回はこれだけじゃなくてよ、勇者。

 城門を潜った彼らが坂道――――城下町と城の境に降りた途端、城ではなく城下町の方からラッパの音が鳴り響き、次いで爆竹の音や人々の歓声が聞こえた。

 このバルコニーにいても解かるほどの「勇者万歳」「救世の一行万歳」の大合唱。

 そうよ。わたくしは、この瞬間を待ち望んでいたの!

 ……まあ、爆竹はちょっとやりすぎだけど。訓練された馬たちは暴れる様子もなく、ただ群衆に勇者たちが一度足を止めて、やがてごくゆっくりと進み始めた姿が見えた。

 人垣へ呑まれていくように、彼らの姿が遠ざかっていく。

 わかった?いまや世間は完全に勇者(あなた)たちの味方よ。王都を出るのはちょっと苦労するかもしれないけど、そこは許してね。


「…………あれも、君の仕込みか?」

「さあ、どうでしょう」


 勇者の素晴らしさに、みなが気づいただけなのでは?なんて白々しくいうわたくしに、陛下がふ、と目を細める。

 そして再び、勇者たちが去っていった方へとその薄青い瞳を向けた。


「ともあれ、我々の務めはひと段落だな」

「あら――――まだまだでしてよ、あなた」


 しみじみとした声の陛下に寄り添いながら、私はこちらへ振り返った瞳に向かってにっこり笑って見せた。

 内務大臣が宰相に任命されて、後任の大臣も決まったことで閣僚の穴は埋まったけれど、神殿側はまだ明確な動きを見せていない。どんな人間が派遣されてくるのか、しっかりと調査しなくちゃね。

 それに三千年に渡る信仰、いえ、偏見についても対応が必要よ。

 神殿側の動きで注目すべきは神官長だけじゃない。円卓会議が開かれた北方神殿はともかくとして、ほかの神殿の神殿長がどんな考えをもってるのかも、ちゃんと見極める必要があるわ。

 また瘴気を必要悪だなんていう害虫が出てきたら、きちんと駆除しなくちゃね?

 なにせ、今回勇者が救いに行ったのは人間の宿敵、魔族じゃない。『要の一族』という同胞なのだという認識へ、世論を動かす工作が欠かせないわ。

 異端だなんだと言われないように、地道に小さなところから、種をまいて大木を育てるように、意識を形成させていかなくてはいけないの。

 急ぎ過ぎてはだめ。でも、勇者たちの旅にも間に合わせなくてはだめ。


「表世界にある偏見から、わたくしたちが『要の一族』を守ること――いいえ、彼らが祝福されるような世界を作ることで、勇者たちの旅とその成果を後押ししなくてはいけませんわ」


 そして今度こそ、陛下にもそのお力を貸してもらわなくちゃ。

 逃がしませんよ、と陛下の左腕に載せていた右手を滑らせて、わたくしは右腕でがっちり夫の腕を固定した。

 するとその目を瞬かせた陛下が……ああ、あなた、そんな風にも笑えたのね。

 心底面白がるように、くつくつと笑って、わたくしへと身を傾けてきた。


「まったく……君の野心は底なしだな」

「当然です。だって――――勇者はわたくしの『推し』ですもの!」


 胸を張って、堂々と。

 ……あら?前にもこんなやり取り、しなかったかしら。

 そんなことを考えているわたくしに、ふと影が差した。


「そうだったな。しかし……」


 陛下の声が聞こえたかと思うと、あれほど確かに捕まえたと思っていた陛下の左腕がするりとわたくしの腕から逃げ去って、わたくしの左肩に回された。

 その勢いのまま抱き寄せられて目を瞬かせるわたくしに向かい、陛下は薄っすらと笑みを刷いた顔を向けるなり、不意に耳元へその唇を寄せてきた。


「その『推し』へ少なからず嫉妬してしまう男がいることは、忘れないように」

「っ!!」


 わざとらしい声の低さへ飛び上がりそうになったわたくしを面白がるように、また陛下はくつくつと笑う。

 なんなのこの男。こんな悪ふざけする――悪ふざけよね?――人だったかしら。

 思わず睨みつけたわたくしの髪を撫でて――今日は正装して結い上げているから、そっと、なぞるように――陛下は「行こう」とわたくしを促した。

 頬の熱を冷ましたいから、まだ風に当たっていたいところだけれど、いい加減ドレスも窮屈だし、大人しくまた差し出された腕に従ったわ。

 空は晴れていて、勇者は旅立って、夫はわたくしの隣で健やかに笑っている。

 まるで完璧としか言いようのない春の日。


(……だけど、わたくしは知ってる)


 いま、運命が大きく動き始めた。

 わたくしの予知で見たものとは、あらゆる人、物、意識が異なった形で滑り出した。

 だからこそ、あの運命の瞬間。裏世界の勇者たる魔王と、表世界の勇者であるユーリヒトの邂逅がどう転ぶのかは、まったくの未知になりつつある。


(流れ出した運命は、止められない)


 だけど、変えることはできる。変えてみせる。

 勇者が世界を救うなら――――わたくしはわたくしの『推し活』で、勇者を救ってみせるのだ。





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