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勇者は王妃の『推し』ですわ!  作者: gen.
第二章

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14/43

14. 勇者の調査





「退いてくれないかなあ」


 ブルル、と湯気が立ちそうな鼻息と共に、鋭い蹄が手前の土を掻き――というより最早掘り返し始めている。


「やっぱダメか」

「ブキィイイイイイィ――――!!!!」


 甲高い鳴き声と共に、小山のような毛並みとその鼻脇にぎらつく二本牙の突撃。

 まともにぶつかり合ったらまず無事では済まない、どころか胴は破裂して手足は千切れ飛んでいくだろう。だから俺はその突撃の延長線上で、ごく短い詠唱をした。

 途端、魔猪の鼻先で派手な火花が炸裂する。威力はごく小さいものの一瞬の目つぶしには十分だろうそれに驚いて、魔猪は俺の正面で、ほぼ直角に曲がろうとした。

 巨体が通り過ぎていく――――自身を両断する、刃を呑み込みながら。

 そのまま、尻尾のすぐ上のところで血しぶきと共に刃が抜けると、俺は勢いを殺しきれずに吹っ飛んでくる肉の塊を飛び越え、その巨体が倒れる地響きを聞きながら着地した。

 あ、肉を使えるようにしとけってタクサスに言われるかな。まあ、いいか。


「肉の味、覚えちゃってるもんな。お前」


 俺と遭遇する直前まで、魔猪が貪ってたもの。若い鹿、だったのだろうものの残骸を見ながら俺は血を振り飛ばして、剣を納める。


「義兄さん!今の音――――」


 少しの間を置いて茂みが揺れ、魔猪の残骸が倒れてるのとは別方向からヴィオ達がやってくる。


「これ、でかい猪……じゃない、魔猪?」

「うん。目が赤くなってた。あと鼻こぶからも角が出始めてる」

「あーほんとだ」


 ゼニラが杖の先端で魔猪の残骸を検分する横で、カイドウが残念そうなため息を吐く。


「牡丹鍋とはいかんか」

「ボタン?よくわかんねぇけど、こいつを食うのはおすすめしませんね」


 魔猪の餌だったものに気づいたらしいタクサスが肩を竦めた。


「なんにせよ、ここまでくると魔猪も出るってことだ。カイドウ、タクサス、木に登って目印になりそうなものあるか探してくれないか?」

「あいよ」

「応」


 言うが早いか、近くの樫の木を蹴ってその枝上に飛び上がった二人の姿が枝葉の向こうに消える。毎度ながら身軽だなあ。

 しばらくして、タクサスの声が降ってくる。


「近くにでっかい楠木があります。頭一つ抜けてるんで、解りやすいんじゃないですかね」

「わかった。じゃあとりあえずそれを目印にしよう」

「あいよー」


 巨木となって枝葉を横に大きく広げる木の下は、他の木が育ちにくいからちょっとした広場のような空間が生まれる。人の手の入った森だし、それだけ目立って出てるなら地元の人たちも知ってるだろう。


「カイドウ、どうだ?」

「この先は崖の裾になってる。崖上の段へ行くにはここからだと裾を伝って遠回りをせにゃならんな」


 なるほど。


「二人ともありがとう。降りてきてくれ――――ゼニラ、ヴィオ、魔力感知になにか引っかかるものはある?」

「んー、ここ最近晴れ続きで、この森も水っ気が足りないなあ。今のできる範囲だと特になにもー」

「そっか……ヴィオ?」


 カイドウとタクサスたちが降り立つ音を聞きながら、俺は黙ったまま魔猪の傍らにしゃがみ込んでるヴィオに声をかけた。


「この、感じ……」

「どうした?」

「魔力……魔素?ううん、ちがう気が、する……」


 そのまま魔猪の毛並みへ触れそうになったヴィオの手を、すかさずゼニラの杖が止める。そこではっとしたようにヴィオも我に返ったのか手を引いた。うん。野獣の死骸からは逃れようとする蟲が湧いてることがあるからな。素手はさすがに危ない。


「ありがとう、ゼニラ」

「どーいたしまして、で、どしたの?」

「なんか、魔素の汚染とは違うものをこの魔猪から感じた気がして……それに、この感じ、どこかで、前にも感じたような……」

「今までに遭ったモンスターたちで似たようなのがいるってことか?」

「ううん。もっと最近。その時は多分なんとも思わなかったけど、魔猪からも感じるっていうのは、変だなって、いま気づいたっていうか……」


 考え込みながら呟いていたヴィオは、やがて首を横に振ると「ごめん、今はよくわからない」と締めた。


「……いや、もしかしたらその違和感、大事かもしれない。また感じることがあったらすぐ教えてくれ」

「わかった」


 そもそも今回の調査は、ダンジョンじゃないところから湧き出る瘴気、という異常の調査だ。瘴気が湧き出る原因が、普通のダンジョン――というのも妙だけど――とは違うってこともあり得る。

 俺は不安そうに魔猪の死骸を見下ろすヴィオの肩を叩くと、進もう、と声をかけた。


 北の森は予想以上に広く、そして深い森だった。多分地元の人でも準備せずに最深部まで行ったことはないだろうと思わせるほどに。


「あ、ここがカイドウの言ってた崖か」

「うむ」


 そのまま道なき道を真っすぐに進んでいった俺たちは、途中で行き止まりにあった。赤い岩肌が露出した崖の下は、割れ目を這い上ろうとするように生える蔦と、背の低い樹木が生い茂っている。

 さすがにヴィオたちがこの崖を駆け上がるのは無理だし、回り込むのも時間の無駄だから、全員を風魔法で運ぼうか。


「あ、きゅぴーん」


 そう考えたとき、ゼニラの声が俺の思考を遮った。


「ゼニラ?」

「魔力探知に反応ありー魔法が使われた形跡、はっけーん」

「!どこだ?」

「この岩肌ー……んー、あっち」


 ゼニラの杖が俺たちが向かってる崖の右手側を指した。

 段々の岩が不規則に出っ張ったり引っ込んだりしている崖は、右手に行くほどせり出した部分が大きくなっているようだった。


「よし、行こう」


 そして俺たちは、ゼニラの探知の正確さと、瘴気の危険というものをあらためて思い知ることになる。



「――――っとに、しつこい、ねえ!」


 苛立たし気なタクサスが振り上げたナイフが、その脚を一本釣りしていた緑の縄――いや、縄のように絡まり合ったつる草を断ち切った。


「ゼニラさーん!こいつらボンッといけないんすかねえ!」

「山火事になってもいいならー?」

「よかねえわ!水と火の専門でしょおたく!?」

「火ぃつけたらこいつら絶対暴れるしーそしたら火の粉が飛び散るしーそんで消火に水降らせたら、こいつらも水に飢えてるから回復するーそっちこそなんかないの?ドルイドもどきー」

「もどきは所詮もどきなんですよ、ねぇっ!」


 火炎を纏わせた杖をメイスのように振り回してつる草を撃退するゼニラへ、踏みつぶそうと襲い掛かってくる緑の足を避けながらタクサスが叫ぶ。

 カイドウはヴィオを捕まえようとしたつる草を文字通り千切っては投げ、千切っては投げの大立ち回り中だ。


「カイドウ、ごめん!」

「気にするな!それより浄化を頼むぞ!」

「う、うん!」


 そして俺はといえば――――


「よっ!――頑張れみんな!数は減ってる!」


 ゼニラと同じく、火炎を纏わせた剣で『巨人』の首を両断していた。

 瘴気を帯びたつる草が絡まり合い、巨大な人型となって襲い掛かってくるモンスター、グリーンジャイアント。弱点はタクサスのいう通り火なのだが、これまたゼニラのいう通り今この森は水気が足りていない。だから地道に、再生しないよう火炎斬りするほかなかった。

 それにしても、数が多い!

 結局小一時間ほどかけて全てのジャイアントを細切れにし終わった頃には、全員息が上がっていた。


「く、くそ面倒くさかった……っすね……」

「右におなじ~……」

「みんな大丈夫!?怪我してない?」

「怪我はないな。多少擦った程度だ」

「それも怪我でしょ!診せて。カイドウは一番魔素耐性が低いんだから……!」


 俺は全員の無事を確かめつつ、地面に落ちて蠢いていた最後の一群れに剣を振り下ろした。

 一撃が強力な強敵というより、文字通り体力と気力が持ってかれる攻略が面倒な難敵、といったところだろうか。これは対処法――火炎魔法を纏わせた武器攻撃――がない人間が遭遇したら逃げるしかないだろう。あちらが逃がしてくれれば、だが。

 グリーンジャイアントの残骸からこぼれた、紫色の細かな花弁をつけた花房を摘まみ上げる。


「タクサス」

「はあい?」

「この花、森で見たことあるか?」

「はい?……いや、似たような花はありますが、こんな薄暗いとこに生えるもんじゃねえはずです」

「だよな」


 俺もこの花に似た花を見たことがある。ただそれは農村の、整えられた日の当たる花壇でだ。確か伯爵の城にも似た花が咲いていた。朝方の出発時、城の庭に続くのだろう小道の石柱へ、絡むように咲いていたのを見たんだ。

 俺は花房を捨てると、カイドウの治療に当たってたヴィオに声をかけた。


「ヴィオ、瘴気の濃度はどうだ!?」

「どんどん上がってる!ゼニラのいう通り、この先に発生地があるみたい!」


 治療を終えたヴィオが立ち上がり、崖下の徐々に濃くなる暗がりを睨んだ。


「――――行こう。ヴィオは浄化魔法を、ゼニラは探知を頼む」



 果たして、俺たちはせり出した崖下に隠れた、しかし目に見えるほどの瘴気が湧き出る洞窟の入り口を発見した。

 洞窟の周囲はその入り口を隠すように背の高い雑草が生い茂っていたが、タクサスが低木が切り倒された真新しい痕跡をその合間で発見した。そして、日の差しにくい場所でこの種の雑草の茂り方は不自然だとも。

 誰かが邪魔になる木を切り倒したうえで、植物魔法を使って人為的に茂みを作った可能性がある、ということだ。


「神殿が見つけた発生地点っていうのは、ここのことだろうな」


 確かに並みの神官の一人二人で浄化魔法を掛け合った程度では、ここの瘴気は潜り抜けられないだろう。

 だが、俺たちの仲間は全員その()()から外れてる。


「ヴィオ、引き続き浄化魔法を。ゼニラも明かりを作りつつ、浄化に移行してくれ」

「了解」

「りょーかい」

「俺のことはかまわなくていい」


 一言付け足した時、ヴィオがなにか言いたげに口を開いたのが見えたが、俺は気づかないふりをして手のひらに明かり用の炎を灯した。

 ヴィオはいつも「念のため」といって俺にも浄化魔法をかけたがるが、実際のところ、俺はその必要を感じたことがなかった。

 独りで旅に出たばかりのころ、ダンジョンに単独のまま潜ったことがある。魔素耐性がない人間がやったら自殺行為だろうが、俺は結局そのダンジョンの最下層までたどり着き、そして独りのまま帰ってくることができた。

 師匠の言った通りに。


『お前は体内の魔素が並みはずれている。魔法を自在に扱えるのもそのためだ。おそらく、瘴気にも相当な耐性があるだろう』


 実際は「相当な耐性」どころじゃなかったんだが。師匠がそこまで知っていたのか否かは、今となっては分からない。

 今頃どこで何をしてるのやら。そういえばこういう洞窟を庵代わりにしてたこともあったな。

 最初はそんなことを考える余裕すらあったが、俺は洞窟の途中で立ち止まることになる。


「……これ」

「崩落防止の木組み、ですねえ」


 ここ最近のもんじゃないけど、何百年も昔ってわけでもねえです、とその木目を撫でたタクサスが付け加える。

 明らかな人為的痕跡に俺たちは顔を見合わせつつ、慎重に先へと進む。やがて道は上り坂となり――――光が見えた。

 紫色の怪しい光が、黒い霧めいた瘴気を貫いてその先を照らしている。


「全員警戒」


 あらためて声にしてから、俺は坂道の先へと進んだ。

 その先は、開けた空間だった。


「掘ったねー……土魔法で」


 ゼニラのいう通り、人の手で掘ったにしてはきれいすぎる岩肌が露出した、円柱形の空間。そこには四本の柱と、その柱に護られるように中央に据えられた祭壇らしきものがあり、壇上には――――


「――――指輪……?」


 ヴィオの呟きが俺の耳にも届く。


「……タクサス、罠がないか確認してくれるか」

「ほいほいっと」


 列の前に進み出てきたタクサスが片膝をつき、空間の入り口からその内部構造を確認する。


「んー、ま、だいじょぶでしょ。マジで岩くり抜いただけの空間ですね、こりゃ」

「ここまで瘴気が強いところだ。たどり着く想定をしていなかった可能性もあるな」

「ですねえ」


 眉を寄せたカイドウが周囲を見渡しながら不快げに言うと、肩を竦めたタクサスが立ち上がり、先行してその空間へと足を踏み入れた。そしてあらためて岩肌を確認していく。

 その姿を横目に、俺たちも後に続いて中へと入った。


「ゼニラ、この魔法陣、なにかわかるか?」

「んー……柱、四方の門、呼び寄せ?んで固定して……南の……――――南の瘴気を呼んでる。こいつ」

「瘴気を、呼ぶ……?」


 祭壇を中心に、床に刻み込まれた魔法陣を読み解いたゼニラの声が厳しいものに変わる。


「これ、多分、南のダンジョンの瘴気。どーやってか知らないけど、そいつが呼びよせてる」


 俺たちは顔を見合わせた。瘴気はダンジョンの地中から出てくるもので、それを故意に動かせるなんて聞いたことがない。

 だが実際に、この地下とは程遠い洞窟の奥から瘴気は噴き出しており、その中心には。


「この指輪……」

「ヴィオ?」

「ッこの指輪から、あの感じがする……!」


 ()()は歪な指輪だった。のたうつような輪の台座に据えられているのは、磨き上げられた宝石ではなく、まるでその宝石を砕いたようなひび割れたなにかの貴石の破片だった。

 指輪は一つではなく、三つが折り重なるように置いてあり、そのいずれにも破片の石が据えられている。その破片の一つ一つから、あの紫の昏い光があふれ出ているのだ。


「瘴気とはちがう、嫌な感じ……冷たくて、昏い……」

「……浄化できそうか?」

「わからない、やってみないと。でも……このまま触るのも、危険だと思う」

「よし、ちょっと下がって」

「え」

「そりゃ」


 ばしん、と乾いた音から一拍置いて、ちゃりちゃりちゃりん、と存外澄んだ音が続く。


「に、にに義兄さん!?」

「なにしてんですかあんた!?」

「なにって、叩き落しただけだよ」

「そりゃ見りゃわかりますがね!?」

「義兄さん気分は!?なんか悪寒がしたりとか吐き気がしたりとかない!?」

「ないない」


 やっぱりこの手のものは俺には影響がないらしい。タクサスに怒鳴られ、ヴィオにがくがく揺さぶられたあと、俺は叩き落して床に転がった三つの指輪の前にしゃがみこんだ。


「ヴィオ、ゼニラ、瘴気は?」

「へ、変化ない、みたい」

「多分、そいつを持ち出さないと止まんないんじゃないかなーもう、門が開いちゃってる」


 ってことは、この指輪が門を開く鍵ってことか。


「よし。一旦撤退」

「指輪はどうする?」

「置いてく。持ち出して瘴気の濃さまでついてきちゃったらまずいし。とりあえず先代伯爵に頼まれた調査は終わったしな」


 僧侶であるヴィオが違和感を感じたなら、瘴気の濃ささえクリアできれば複数の神官たちにも調査できることかもしれない。ただ、今はまだその準備が足りない。


「指輪の件は持ち帰って、洞窟のこともまとめて先代に報告、相談する。それから神殿に協力を仰ぐなり、先代と一緒に決めよう。意見は?」

「……この件に伯爵家自体が噛んでるって線は?」

「そのときはそのときだな。伯爵領を脱出して、王都に報告するしかない」


 俺の返事に両手を挙げたタクサスから、ほかの三人へと順繰りに視線を移し、俺は一つ頷いた。


「じゃ、出発だ」



 洞窟を脱出した俺たちが伯爵城に帰り着いた時、辺りはすっかり暗くなっていた。

 先代は俺たちのことを心配して寝ずに待っていてくれたそうだが、森を突っ切って洞窟まで潜った俺たちの惨状――冒険者あるあるだ――をみた執事長がお先にお着替えを、と風呂の準備をしてくれた。そこで俺たちは遠慮なく綺麗さっぱり泥も蜘蛛の巣も洗い流し、用意してもらった真新しい服に着替えて、先代と対面したのだった。


「――――北の森の洞窟に、瘴気を呼びよせる指輪、ですと……!?」


 俺たちの報告を受けた先代は、杖につかまらないと今にも卒倒しそうな勢いで驚いていた。まあ、普通はそうなるよな。そんなものが自分の領地に置かれてたなんて知ったら。


「…………なんと」


 時間にして十秒くらいの絶句を挟んだのち、先代は椅子に寄り掛かるように座り直した。


「俄かには――――申し訳御座いません、信じ難いと、そう思ってしまったのですが。ほかでもない勇者殿たちのお調べになった結果です。信じ難かろうと……それが、事実なのでしょう。しかし、なんという……」


 指輪のはまった右手を額に当てた先代が、緩く首を横へと振る。


「信じられなくて当然だと思います。俺たちも見たことのないものでしたから」

「ですが、事実である。ということは――――我が領地に、瘴気を齎した不届き者がいるということでもあります。これは、驚いている場合などではない、決して看過できぬ事態です」


 俺は頷きながらも、厳しい顔つきになった先代の切り替えの早さに少し驚いていた。普通は証拠を出せとでも言われそうなものなのに。代替わりしたというが、昔は相当な切れ者として知られてたんじゃないだろうか、この人。


「北の森に洞窟があることについては、ご存じでしたか?」

「いいえ……お恥ずかしながら、そのような洞窟については心当たりがございません。南方神殿に調査を依頼した際も、瘴気の発生地点の詳細までは共有を受けなかったもので……――――しかし彼らの方から王都に報告すると、そう告げられて、そのままになっておりました」


 ということは、やっぱり南方神殿はあの洞窟を見つけてたってことになる。

 でも王城にいたとき、そんな話は一度も聞いたことがない。

 俺は仲間たちと目配せをしてから、険しい顔で杖へ重ねた自身の手元を見つめている先代へ切り出した。


「……もしよければ、俺たちで南方神殿側に確認を取りましょうか?」

「!よろしいのですか?しかし、勇者殿には王命が……」


 あ、やっぱりそれもご存じでしたか。口にしてから、はっとした顔になった先代に、俺は笑って手を振った。気にしないでほしいと、伝わるように。


「王様からの頼まれごともあるけど、王妃様からも頼まれてるんです――――困ってる人を助けてあげてくださいって」

「なんと……あの王妃殿下が……」


 先代はしみじみした口調でそう呟くと、あらためて引き締めた表情で俺を見上げた。


「では、お言葉に甘えさせていただきます。勇者殿。南方神殿へ我が領についての報告が如何なる状況になっているのか、ご確認をいただけますか。これは当伯爵家からの正統な依頼として、先の調査も合わせ完了時にあらためてお礼をさせていただければと存じます」


 お礼なんていい、と俺の喉元から出かけた言葉を止めたのも、やっぱり王妃様のあの言葉だった。


「分かりました。それじゃあこの件は確かに、俺たちユーリヒト一行がお受けします」

「ありがとうございます……!」

「…………あの」


 その時だった。控えめに、けれど確かな声が先代へと投げかけられたのは。


「ヴィオ?」

「先代様。失礼を承知でお尋ねします――――一体いつ頃から、体調を崩されてらっしゃいますか?」


 俺の隣にいたヴィオの、真剣な眼差しがそこにはあった。





ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

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