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エピローグ -親子の絆と少女の初恋-

朝、朝食を終えて自室で一息ついていた所にコンコンと扉をノックされる。


「どうぞ。」


「失礼いたします。」


ガチャリと扉を開けて入ってきたのは、紙の束を片手に携えたニフィーリアだった。


「今回の事件の調査報告書です。」


「ああ、ありがとう。」


手渡された書類に目を通しながら「やはりな。」とセルティスは独り言ちる。


今回起きた『西の公爵家』長女誘拐事件。

主犯とされるのはヘラ・スイーズ男爵令嬢。 彼女は今、領地内にある離れの一棟に収容されている。今回の事件は彼女が主導となり、悪漢を引き連れて犯行を行なったのが事実との見方だ。


だがーー。




    ◇




『元はそうではなかった……?』


事件後の公爵との会話でその話は挙がった。


『ああ。 君にも話したと思うが男爵は前から我が家に尽くしてくれていた人でね。 彼は人柄が良く温厚で、娘も他者を常に思いやる性格をしていた。 あの人見知りするルゥイが彼女には逸早く懐いていたんだ。だからこそ俺は彼女を専属侍女にも選んだ。 だが、いつからか男爵が急に顔を見せなくなってな……思えばルゥイの様子がおかしくなったのもその辺りだったかもしれない。』


『ふむ……。』




    ◇




聞いた話の限りでは先日のような犯行に及ぶ人物とは思えない。

それに親子間での不仲を思わせるような言動も無かったとのことだ。


真相を追求するためには男爵家の者への聴取が必須だったのだがーー。


「西の公爵家の兵が男爵邸へ突入した際、邸の者は既に息を引き取っており、死後数ヶ月は経過したと見られています。」


そう、捜査対象の人物は既に全員が亡くなっていた。


これだけなら令嬢が乱心し、身内を虐殺したと考える者がいるかもしれない。

だが書類によると犠牲者たちには抵抗した痕が無く、死因は全て頭に空いた数ミリの穴が原因だと言う。


何らかの魔術による犯行だと推測されるが、邸(・)の(・)人(・)間(・)全(・)て(・)か(・)ら(・)抵(・)抗(・)を(・)受(・)け(・)る(・)こ(・)と(・)な(・)く(・)正(・)確(・)に(・)仕(・)留(・)め(・)る(・)など、素人が出来うる範疇を超えていた。


魔術の素養がないヘラにはなおさら無理がある。


では誰が行ったのか。


死亡推定時刻からヘラが専属になる前には既に殺されていた男爵。

そしてその後のヘラの豹変。

明らかに魔術を使用したような犯行の痕。


この事件の裏には明らかに第三者の介入があったと見るべきだ。


しかも犯行の手口からして、自身がやってみせたと敢えて誇示するような人間が……。


「……ははっ。」


思わず昂ぶる。


元々人間の機微に疎かったセルティスはこの数年間で色んな感情を知った。


喜びも。


怒りも。


哀しみも。


楽しさも。


両親や使用人の皆を通じて知った。


特にニフィーリアやミリアリアには取り繕うことなく自身を曝け出すことが出来た。


そんな信頼出来る者が側にいてくれる喜びを知った。


ーーだからこそ許せないという感情を持った。


ルゥイとヘラ。


仲睦まじい彼女達を都合の良いように利用した。


その家族の命を悪戯に奪い、憎しみによる争いを招いた。


「…………面白いな。」


自分は何もしらずに生きてきた。


だが数多の経験を経て知(・)っ(・)て(・)、識(・)っ(・)た(・)の(・)だ(・)。


だから教えてやらねばならない、その輩に。


「ぼくの内から溢れ出すこの感情を……。」


沸々と煮え滾るような怒りをーー。




    ◇




書類の束に一通り目を通し終えたセルティスは両手を組んで固まった身体を伸ばす。

だが自身の傷の具合が頭から抜けていた為に、脳が思い出せとばかりに激痛を走らせる。


「いづづづ……っ!?」


「何やってるんですかお嬢様!」


ミリアリアが慌てて駆け寄ってくる。


「まだ傷が完治してないんですから安静にしてないと……!」


「すまない、考え事をしていると自分が怪我人だってことをうっかり忘れがちでね……。」


「ダメですよっ! そんなんじゃ治るものも治りませんし……!」


ミリアリアが叱るような姿勢を見せた後、神妙な面持ちで言葉を吐く。


「……この度は申し訳ありませんでした。 お付きの身でありながら……いや、そうでなくてもお嬢様の身を守ることが私の為すべき事だったというのに……!」


頭を下げた際に見えたその表情は悔しくてたまらないというものだった。

きっと自身の代わりに動いた姉への負担も負い目になっているのだろう。


セルティスはそんな彼女の頭に手をやり、優しく撫でる。


「きみに責はないよ。 あの時勝手に動いたのはぼくだ、それにニフィーリアから聞いたよ? 他の従者の制止も聞かず、ずっと捜し回ってくれていたと。 そんな話を聞いて誰がきみを責められると言うんだい?」 


「お嬢様……。」


彼女を安心させようとセルティスが笑みでもって答えた。


「だから自分を責めないで? きみがしてきた行動は、必ず誰かの助けになっていたはずだから……。」


「はい……はい……!」


「それに『知覚誤認』という魔術を使用していたからね。 きみがぼくを見つけられなかったのも無理ないと思うんだ。」


「は……?」


ミリアリアの反応も見ずセルティスは得意気に言葉を続ける。


「驚くと良い、あの場でぼくの存在を認識出来たのはなんとフルーヘイム公爵だけだったんだよ? それに、逸れている間きみや護衛がいつまで経っても見つけられなかったというのならもうその効果は絶大だねっ! いやぁ〜開発のし甲斐があったと思わなーー。」


そこまで喋ってようやく、セルティスはミリアリアが微動だにしていない事に気づく。

そして彼女が今までにないほど怒り狂っている空気を、横にいたニフィーリアの表情でやっと気づき咄嗟にフォローしようとするがーー。


「みみみミリアリアっ! おお落ち着いて話さないかい? 冷静じゃなきゃまともな話し合いも出来ないと思うんだそれに……あっ、そういえば午後のおやつはなんだろうね! ぼくはお腹空いてないから良ければぼくの分もーー。」


「セルティス様」


「は、はいっ……。」


「お(・)覚(・)悟(・)を(・)。」


「ひぃぃっ!?」


ミリアリアの今までとは比べ物にならない本気の怒りを目の当たりにして、セルティスは悲鳴にならない声をあげる。


この時の事は脳に記憶されている一番怖い出来事として、母親の『お話』と並んでランクインする程だったと……後に少女は語った。




    ◇




それから数日後、邸の玄関口に大勢の人が集まった。

フルーヘイム公爵を始めとする西の公爵家の見送りの為である。


「何から何まで世話になった、礼を言わせてくれ。」


「領地内で起きたことだ、手を貸すのは当たり前さ。」


フルーヘイム公爵が頭を下げ、それにクラウスが応じる。


他家であれば色々と複雑な問題が絡んでくるだろうが四家間は代々結束してきた絆がある為、形式上のやり取りはこの程度で済む。


その後親同士が雑談に興じるのを眺めていると、セルティスの裾がくいくいと引っ張られる。

そちらに目線を向けるとやはりか、ルゥイがこちらを見つめていた。


(顔色は大分良くなったみたいだね……。)


事件当時ルゥイとアニスの傷が思った以上に深く、西に運んでの治療は得策ではないと判断したクラウスは、北の公爵邸にて二人を受け入れることにした。


そして意識が目覚めた後、本人の意思でヘラの処遇を聞いた際は落ち込んでいる様子を見せていたが、今は落ち着きを取り戻している。


やはり父親との和解が大きかったのかもしれない。

今まで直接の会話をしてこなかったせいでずれていた認識が元に戻ったのだ。

その後の親子の触れ合いも最初はぎこちなかったが、段々と笑顔が増えていったようにも見える。


「良かった……。」


「……??」


セルティスの口から脈絡のない言葉が吐かれ、それを理解できなかったルゥイは首を傾げる。


「お身体……もう大丈夫……?」


「ああ、すっかり元気さ。」


「ホントに……??」


「本当だよ? きみが懸命に看病してくれたのも大きかったんだ。」


「ありがとう」と言ってセルティスが頭を撫でてあげるとルゥイは気持ちよさそうに頭を預ける。


「ーーそれじゃ、そろそろお暇するとしよう。 今度はこちらが招待をさせてもらうよ。 我が家に出来る最高のもてなしを準備して。」


「ああ、楽しみにしているよ。」


両家の当主達がその場で固い握手を交わす。


「それじゃあルゥイ、あちらにご挨拶して……ルゥイ?」


フルーヘイム公爵が娘にお別れの挨拶を促す。

だがルゥイは何故か頬を赤くしてもじもじするだけで返事をしない。


「ルゥイ?」


「あら、何か忘れ物かしら……?」


その様子を見ていたアイリスが心配そうに頬に手を当てる。


「どうしたんだい? 何か心配事ならーー。」


母と同じく気遣いを見せたセルティスが彼女の元に歩み寄ろうとする。

するとルゥイはその顔を見て何かを決心したようにぐいっとセルティスの前に出ると、そのままーー。



ーーーーちゅっ。



少女の頬にキスをした。


「る、ルゥイ……?」


突然のことに動揺した少女がそちらを見やると。


「ーーしてくれたから……!」


ルゥイが恥ずかしさを消すように小さな声を張り上げる。


「お茶会の時……。 ほっぺにしてくれたから……。 ママとパパもルゥイにちゅーするとき……『愛してる』とか『大好きだよ』って意味でしてるよって言ってたの……。 だから……だからルゥイもーー。」


周りの注目がこれ以上ないくらい最高潮に達した時、彼女に幾度となく助けられてきた少女は羞恥を振り切り、特大級の爆弾を落とす。


「ル(・)ゥ(・)イ(・)も(・)お(・)姉(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)が(・)好(・)き(・)っ(・)!!」


その発言を聞いた周囲の反応は様々だった。


使用人達は色めき立ち、アイリスとミリアリアは「まあまあまあまあっ!!」と何故か目を輝かせ、両方の父親は娘の急成長に脳の処理が追いつかず「ぎぃやぁぁぁっ!? 娘が嫁に行ってしまうぅぅぅ!!」と泡を吹いて倒れる始末。


一人この状況を予見していたニフィーリアは言わんこっちゃないとばかりに頭を振る。


そして年下の女の子から一世一代の告白を受けた当の本人はというとーー。



「ーーふぇ?」



ここにきて何故か普段見られない年相応の姿を晒していた。




これにて第二章完結です。

今後は閑話を挟みながら第三章に向けて物語を進めていきます。


良ければブクマや感想をいただけるとモチベにつながります。

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