試したのさ。
「ひぃぃぃっ!! なんだよ……何なんだよあいつは!?」
ルゥイがペンダントに込めた祈りによって現れた父、フルーヘイム公爵は男達に形式ばかりの忠告をした後、蹂躙を開始した。
始めに公爵を嘗めてかかった一人が、指先から現れた氷のつぶてを当てられ一瞬で凍らされる。
続けて二人組が襲いかかって来るが既に足を凍らされており、公爵が指を鳴らすと同時にその氷が男達の頭までを覆い尽くした。
「か、敵いっこねぇ!」
「来るなァァァっ!!」
その惨状に戦意を失くした悪漢達は我先にと逃げ出そうとするがーー。
「ぐえぇぇえっ!!」
「な、なんだ上から糸みてえなのが……オゴォっ!?」
逃走しようとした者の首にワイヤーが巻き付き、順に宙吊りにされていく。
その集約線上にいたのは、セルティスが最も信頼する侍女の一人だった。
「お嬢様、ご無事ですか!?」
建物の上から直接地面に着地した侍女、ニフィーリアは主人の姿を見つけると真っ先に駆け寄っていく。
「朝食ぶりだね、ニフィーリア。 すまない、駆けっこをしていたら盛大に転んでしまった。」
「どんな転び方をしたら全身血塗れになるんですか……!」
セルティスの安否が確認できると、ニフィーリアは堪えていたはずの涙をポタポタと流してしまっていた。
そんな侍女の姿を見てセルティスは安心させてあげようとニフィーリアの頭を優しく撫でた。
「それじゃちょっと待っていてくださいね?」
目尻を拭うと、セルティスに一言加えてから前に出ていく。
それと同時に公爵も歩みを進めていた。
「……この場に連れてきてくださって感謝しています。 お嬢様にかけられた探知魔術が無効化されていたので……正直手詰まりでした。」
「礼を言われることは何も無いよ。 こっちも、娘の居場所が分かった時点で君が近くにいたから同行させたに過ぎない。」
「それでもです。」
「ふむ……。 あの『北の脳筋狂戦士』の侍女にしてはまともだな……?」
「えっ?」
「いや、何でもない。」
何か仕える当主のとんでもないあだ名を聞いたような気がするがニフィーリアは顔を振って気合を入れ直す。
「さぁ、残りもとっとと片付けようかっ!」
◇
粗方の捕縛が終わり憲兵達や医療班による事後処理が行われているなか、セルティスとフルーヘイム公爵は少し離れた所で言葉を交わす。
「本当にありがとう、君が身体を張ってくれたおかげで娘も侍女も助けることが出来た。」
「礼を言われる程では無いよ、二人共かなりの深手を負ってしまっているしね。」
アニスは受けた傷よりも失った血液量の方が多かったらしい。 だが医療班の応急処置が間に合ったおかげで、しばらく安静にしていればまたすぐに動けるようになるとの事だった。
今回一番重症だったのはルゥイだ。
肩を抉ったナイフがかなり深くまで入り込んでおり、幸い一命は取り留めたものの、傷痕は残るかもしれないとの事だった。
「……君の言う通りだった。 俺がもっと前からあの子の心に寄り添えていたら……こんな事は起きなかったかもしれない。 すべては……俺の責任だ。」
後悔の念を浮かべる男にセルティスは問う。
「きみが今すべきことは本当に自戒なのかな?」
「え……?」
「生物は生きていれば誰だって後悔する瞬間に立ち会う。 けれどその場に止まらず、自ら進んで行かなければ何も始まらないよ? そして今、きみにしかしてあげられないことは何?」
「俺にしか出来ないこと……。」
男は一瞬の思考の後、すぐさま治療院の方へと駆けていく。
恐らく自身にとって最も大切な家族の元へと向かったのだろう。
「まったく、親子共に世話の焼ける……。」
少しばかり悪態をつきながらも少女の口角は上がってしまっている。
ふと見上げた空は暗闇が覆い尽くすなか、星々が爛々と輝いていた。
◇
とある邸の一角。 シャンデリアが室内を照らす豪奢な造りの部屋があった。
天井にも届きそうな大棚、そしてそこに納められている多種多様な本の数々。
それを背に、事務用にしてはシックな造りのテーブルに足を乗せながら、煙草をふかす黒ジャケットの男が一人。
男は体内に煙を充満させ、その副作用に脳を痺れさせながら満足そうに煙を吐いていく。
そしてその男の一挙手一投足に怯える人間が三人座らされていた。
全員が腕を縄で縛られており、共に猿ぐつわを噛まされている。
黒ジャケットはそれを一瞥して椅子から立ち上がり、男達の元へと歩みを進める。
「高名な音楽家がいた。 テヴュールの皇族、先代の王妃が愛していた男の一人だ。 王妃は遊びの多い女だったが……その男だけは真剣に愛していた。 なぜだか分かるか?」
黒ジャケットが拘束を外すと目の前の男に解を促す。
「か、顔が良かったから……?」
男の一人が顔を青くしながらも答える。
「残念、ハズレだ。」
そう返すと同時に撃鉄音が鳴り、男の一人がその場に倒れる。 額からは多量の血が流れ出ていた。
「「……っ!!」」
残された二人は恐怖のあまり叫びだしそうになる。
だが咄嗟に唇を強く噛み、その結果血が滲んだとしても構わなかった。
何故なら目の前の男が無意味な騒音を一番嫌うと知っているから。
「音楽家は幼少期に火事に遭い、顔の半分以上が焼け爛れていた。 救出された時には既に完治は不可能な状態だったそうだ。 人はそんな彼の顔を見て恐れ、蔑み、忌み嫌うようになった。 だが男はその傷と引き換えに突如天賦の才を得た。 頭の中にいくつもの楽譜が浮かぶようになったんだ、そして男は数多の作曲家をも黙らす驚異的な作品の数々を作り上げていった。 ここまで言えば分かりやすいだろう、もう一度解を聞かせろ。」
「お、王妃は才能を欲しがった……?」
その答に黒ジャケットが笑みを浮かべる。
「そうだ。 妃は顔や資産、家柄などと上辺の物ではなくその才能を欲しがった。 彼女は餓えていたのだ……その他を圧倒する『至高の一』にな。」
「え?」
男の額の上でカチッと音がすると、黒ジャケットは躊躇いなく引き金を引く。
バンっと音が鳴ると、男の身体が先程と同様に床に転がる。
「な、なんで……っ!」
「なんで? なんでとはなんだ?」
「せせ正解したのに……こ、殺したじゃないですか……!」
黒ジャケットは言っている意味が分からないという風に男を見つめるが、やがて納得したように笑いだす。
「違う、殺したんじゃない。 試したのさ。」
「た、試す……?」
「この男の才をだ。」
理解が出来ないという表情の男を見て、黒ジャケットは新しく煙草に火をつけながら語りだす。
「良いか、この世に不要な人間などいない。 誰しもが生を受けた時点で役割を与えられている。 それは統治か、戦か、はたまた殺しか。 食、住においては、農耕、建築、調理など思いつくだけで様々な分野がある。 そして人間はその中で自身の才を見出し、研鑽し、高めていくことでいずれ己のみが知りえる領域『至高の一』へと到達していく。」
灰を死体の口元へ落としながら言葉を続ける。
「俺はその過程を見るのが好きだ。 実力を伸ばし突出した物を手にしたその先に、ソイツがさらなる可能性を発掘する事で世界は拡がり、新たなる成長を見せる。 どうだ? 聞くだけで鼓動が高鳴るだろう、最高だ。 もはやこれは人間の本能に根付く義務と言ってもいい。 だがなーー。」
先程まで流暢に語っていたはずの男が突如表情を変え、残った一人を睨みつける。
「だからこそ許せん。 俺直々に教育し、『オモチャ』を与えたうえで最大限の援助をした。 だがお前らは失敗し、なんの成果も得られず今この場にいる。 あの場から逃げられたのも俺の力あってだ。 なら何故失敗したと思う?」
問われた男は震えながら口を開く。
「こ、公爵のガキが魔法に目覚めたから……?」
「違うな、そもそも俺は特別製の錠を二つだけ作った。 お前達に渡したのは三つだったのにな? それは何故か? 試していたんだよ、お前達が気付けるかを。 冷静に分析出来ていればあの魔術を使えないメイドに二つある内の一つをはめることは無かったはずだ。」
「そ、それは……。」
「いくらでも観察し、対策を練る機会はあった。 だがお前らはそれをしなかった。 わかるか? お前らは自分の成長を放棄したんだよ。 怠惰は停滞の主要な一因だ、『至高の一』を目指すという人類の責務を果たさない奴に価値はない。」
「お、お願いします! もう一度だけチャンスをーー。」
言い切る前に男の身体が後ろに倒れる。
引き金を引き終わった黒ジャケットが吸殻を男の口の中に捨て、息を吐く。
ーーああ、まただ。 また誰もいなくなった。
人間は多い。
それこそ、この世に溢れるくらいに。
だが人類が目指すべき『至高の一』を追い求める人間は少ない。
だからこの世界は長い間進歩を見せない。
このまま無為に回っていく世界などいっそ滅べばいい。
「だがーー。」
あの子供は良かった。
北の公爵家の嫡女。
神話の龍の生まれ変わりと目される『光の子』。
「さて、お前はどんな成長を見せてくれる……?」
お目当てのこれからに期待を膨らませ、男は新しい煙草に火をつけた。




